4−13:後への布石
「……ですが、まずは先に報告したいことがありまして」
「もしかして、第5層のあの違和感です?」
「ん? ああ、そうだ。あまり良くない雰囲気だったから、先に報告しておこうと思ってさ」
権藤さんと報告のやり取りをしていると、九十九さんがいい感じに合いの手を入れてくれた。第5層のあの違和感、報告しない手は無いからな……。
「……ふむ? 一体どうしたというのだ?」
険しい顔をする権藤さんに、第5層で感じた嫌な気配について説明する。ヒナタとアキの様子からして、そこそこの強さを持つ特殊モンスターが現れる可能性がある、とも付け加えた。
「あの異様な雰囲気……ヘルズラビットと戦った時のことを思い出すのです。あの時の雰囲気によく似ているのです」
「でも、第5層に出てくるモンスターって3種類しかいないわよね?」
そう。朱音さんの言う通り、第5層にはブルースライムとゴブリンとグレイウルフしか出現しない。出てくる可能性があるとすれば、そのどれかの特殊個体だけなのだ。
「ラージスライムか、ホブゴブリンか、はたまたグレイウルフの特殊個体か……その3択か」
前者2体なら、前に戦ったことがあるので対応可能だ。油断は禁物だが、どちらもそこまで手強くない。
だが、グレイウルフの特殊個体となればこれまで出くわしたことが無い。ネットにも情報が一切出回っていないので、相当レアなモンスターなのだろう。あるいはモン◯ンのラー◯ャンのように、目撃者が軒並み天に召されてしまうほど攻撃性が強いモンスターなのか……まあ、さすがにそれはないか。
「………」
冗談は抜きにして、グレイウルフの特殊個体が超重殻甲虫より強いとはさすがに考えにくい。これまでの特殊モンスターの傾向から言って、本体の強さはゴブリンジェネラルと同等か、ちょっと強いくらいのレベルに収まるのではないだろうか。
むしろ、グレイウルフの特殊個体であれば……。
「……グレイウルフを引き連れて、数で攻めてくるタイプかもな」
群れの利点をまるで活かせていないグレイウルフが、組織立って行動してきたらそれだけで厄介な存在となる。爬人隊長という例もあるし、グレイウルフの特殊個体もそんな感じの能力を持っているんじゃないだろうか?
「とりあえず、他の探索者の方たちへの注意を権藤さんからお願いします。第4層を突破できる新人探索者が、そうそういるとは思えませんが……」
「分かった、報告ありがとう。
……ふむ、これは何かに使えそうだな」
何やら、権藤さんが悪い顔をしている。基本は善性の人なので、あまり無茶はしないと思うが……まあ、程々にしてやってくださいね?
「ところで、君たちは明日はダンジョンに来るのか?」
「ええ、そのつもりです」
「はい、私も」
権藤さんに聞かれて、俺と帯刀さんはすぐに返事をする。俺たちに関しては専業探索者なので、ダンジョンへ潜るにあたっての時間的制約はあまり無い。特に俺は自営業扱いなので、やろうと思えば休み無しで延々ダンジョンに潜り続けることもできる。
「ごめんなさいです、明日は仕事の日なのです……」
「ごめんなさい、実は私も……」
だが、朱音さんと九十九さんは本業が別にあり、兼業探索者としてダンジョンに潜っている。そのために、探索者としての活動にはある程度制限がかかってしまうのだ。
そして2人とも、明日は都合が付かないようだ。
「そうか……となると、やはり明後日か?」
「明後日なら空いてますよ」
「私もオッケーなのです」
「平日は全て探索に充てる予定なので、私も問題ありません」
明後日なら全員大丈夫そうだが……ああ、全員に聞いたということはもしかして。
「遂に、動画配信に挑戦するんですね?」
「おう、さっきアスチューブで、亀岡ダンジョンチャンネルというのを開設してみたんだ。もっと日本の探索者人口を増やしていこう、という東京本部の意向もあって、まずは宣伝がてらチャンネル開設から始めてみようと局長級会議で決まってな」
「ああ、あの世界的動画投稿サイトの……」
日本国内で言えば、スマイル動画やチックタックなども一定のシェアを持ってはいるが……やはり、アスチューブが一番有名な動画投稿サイトとなるだろう。ダンジョン探索系の動画も、その多くがアスチューブにてアップされている。
……まあ、95%くらいはアメリカの探索者が上げている動画だけどな。アメリカ以外の国の探索者が上げているのは残りの7割くらいで、あとはプロパガンダ的な動画とフェイク動画ばかりだ。アメリカ探索者業界全体が、いかに活況を呈しているかがよく分かる状況になっている。
加えて、アメリカでダンジョンが一般開放されてから、既に3年ほどが経過している。その間に無数のダンジョン探索系動画がアップされており、界隈は日本も含めてもはやレッドオーシャンと化しているようだ。
そんなダンジョン探索系チャンネルで、他と比べて1歩抜きん出るためには……。
「その動画配信を、ぜひともライブ配信でやりたい、と。そう考えているわけだ。できれば、恩田パーティの力を借りたいと考えている」
「なるほど」
やはり、そうなるだろうな。
……現状、ダンジョン内から直接ライブ配信を行った例は公表されたことがない。何をどうやっても、ダンジョンゲートを跨いで通信することができないからだ。それができれば、まさに世界初の快挙達成となるわけだ。
ただ、これを誰かの個人チャンネルで配信するのは、荷が重すぎることに最近気が付いた。確かに有名にはなれるのだろうが、何の後ろ盾も無い状態でそれをしてしまえば……最悪、有名税で食い潰されることになるだろう。実家の太さという意味で、それに耐えられるのは朱音さんくらいだろうな。
ならば、その快挙達成を迷宮開発局の公式チャンネルでやってしまえばいい。迷宮開発局をワンクッション置くことで、風除けとリスク分散を図るわけだ。
「条件は?」
「正式な契約書は別途用意するが、こちらから提示する条件は大まかに3つ。
1つ目は、配信に必要な資機材は全て亀岡迷宮開発局で用意すること。亀岡ダンジョンチャンネルで配信を行ってもらう以上、資機材はこちらで責任を持って準備させてもらう。
2つ目は、もし機材が壊れたとしても、亀岡迷宮開発局は恩田パーティに損害賠償を一切請求しないこと。これは、恩田パーティなら不慮の事故以外で資機材を壊すことは無いと信頼できるからこそ、付けている条件になる。
そして3つ目は、配信で得た利益を迷宮開発局と恩田パーティで折半することだ。
……この条件でどうだろうか?」
権藤さんに確認されたが、正直俺は破格の条件だと思っている。撮影用の道具を準備しなくて済むし、故障しても開発局がその損失分を負担してくれる。
そのうえで、迷宮開発局にも利益があった方が当然いい。無償の関係など長続きしないし、責任ある仕事もなされないからな。
なので、3つ目の条件は妥当……どころか、むしろ俺たちに有利すぎるまであるだろう。イニシャルコストもランニングコストも0で動画配信ができ、しかも利益の半分がこちらに入るというのは条件としてかなり恵まれていると思う。
……ただ、追加で2つほど確認しておかないといけないことがあるな。
「まず1つ、条件を追加させてください。パーティメンバー本人が望まない限り、動画配信への参加、及び顔出しはNGでお願いします。個人情報の保護についても、迷宮開発局にご協力をお願いしたいです」
「む、確かにそれが抜けてしまっていたな。大変申し訳ない、その条件も追加しよう。希望があれば、マスクなどの顔を隠せる道具も追加支給させてもらうがどうか?」
「はい、ぜひお願いします」
パーティとして動くとなると、個人情報漏洩を完全にシャットアウトすることは正直なところ難しい。動画配信への参加意思確認、顔出しOKかどうかの確認は必須だろう。あくまでもパーティとしての参加ではなく、個人参加という形をとりたいと俺は考えている。
……俺はまあ、ヒナタのこともあるので既にある程度覚悟はできている。そも、俺が出ないと企画が成立しないので、参加はマストだ。だが、メンバーにまでそれを強制するつもりは一切無い。
「あと、この話は藍梨さん――ダンジョンシーカーズとして承知されているのでしょうか?」
そして、帯刀さんは今日からダンジョンシーカーズの社員として、ダンジョンに潜っている。配信内容からして業務の一部に入り込んでくるので、会社としての考えをきちんと確認しておかなければならない。藍梨さんが運営している会社なら、その辺は想定しているとは思うが……。
「久我藍梨殿に確認したところ、社員個人の判断で決めてもいいとのことだった。就業規則に定められていない内容まで、会社で縛るつもりは無いとな。当然、そこで得た利益も個人の懐に全て入れていいそうだ。
……ただし、契約内容に含まれていない以上は全て自己責任の範疇になる、とも言っていたがな」
「なるほど、分かりました」
自分の勝手なイメージだが、すごくアメリカっぽい考え方であるように思う。藍梨さんなら確かに言いそうだな。会社としては一切関知しないから、何があっても全て自分で対処しろ、ということなのだろう。
よし、条件面の確認はこの辺でいいかな。あとはメンバーの意思確認だ。
「皆、どうする?」
「私は少し、検討する時間をください。ちょっとすぐには決められませんので……」
「すみません、私も少し時間が欲しいのです」
帯刀さんと九十九さんは、考える時間が欲しいとのことだった。そりゃそうだよな、さすがにすぐ決められることじゃないよな……。
今回の配信が最初で最後というわけでもないし、意志が固まってから途中参加でも、俺としてはなんら問題無い。
「あ、私は参加も顔出しもOKよ?」
「……へ?」
なんと、朱音さんはOKの返答だった。
「アキのこともあるし、そこは恩田さんと立場は同じでしょ」
「まあ、確かにな」
「それにね……お父様からの要請で、ダンジョン犯罪撲滅キャンペーンのキャンペーンガールをする予定なのよ、私」
「キャンペーンガール?」
そういえば、新法施行と同時にそういうキャンペーンを打つ予定だって団十郎さんが言ってたな……なるほど、そこでどうせ顔出しするならってことか。
「これは、団十郎さんとも調整が必要か?」
「あ、それならお父様には、明日までにお話しておくわね。撮影は明後日決行でいいのかしら?」
そういえば、日取りはまだ決まってなかったな。権藤さんのこれまでの口ぶりからして、なるべく早く撮影したがっているようにも思えたが……確認しておこう。
「権藤さん、急ですが明後日までに撮影機材は揃いますか?」
「ん? ああ、局長用に支給されているスマホを使えば、今すぐにでも撮影できるぞ。最初はそれで十分だろう」
なるほど、局長用スマホがあるのか……仕方ないよな、この前の不良探索者騒動の時みたいに緊急呼び出しがあるかもしれないのだから。
「よし、それでは権藤局長も撮影に来てください。その方が、チャンネルとしての面目も立つでしょう?」
「ん!? い、いや、俺は……だがしかし、確かに恩田探索者の言う通りか……?」
権藤さんが珍しく悩んでいる。権藤さんはリーダー気質ではあるものの、目立つのはあまり好きではないのだろう。明らかに縁の下の力持ち、という感じだものな。
「……よし、分かった。明後日は特に会議も無いから、俺も撮影に同行しよう。亀岡ダンジョンチャンネルの配信に、職員が誰も出ないというのも問題だからな」
「では、よろしくお願いいたします」
ただ、俺が最後に付け加えた一言が効いたらしい。最終的には、権藤さんも来ることが決まった。
「………」
さて、明後日は視聴者の皆さんからどんな反応が返ってくるのだろうか。楽しみであり、不安でもあり……まあ、もしかしたら同接数が全然伸びない可能性もあるしな。
あまり気負わず、いつも通りに振る舞うとしよう。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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