4−1:新年度の始まり、新たな生活の始まり……?
読者の皆さま、いつも本小説をお読みくださいまして、ありがとうございます。2025年度も、どうぞよろしくお願いいたします。
「……ぅん?」
……唐突に眩しさを感じて、掛け布団を持ち上げながら体を起こす。寝ぼけ眼を擦りつつ辺りを眺めると、カーテンの隙間からやんわりと光が差し込んできているのが見えた。どうやらその光で目が覚めたらしい。
徐々に前職時代の癖が抜けてきて、目覚ましが鳴る前に目覚めることは最近減ってきていたが……今日は、先に目が覚めたようだな。
――パタパタッ!
「きぃ! きぃ!」
「おはよう、ヒナタ」
「きぃ〜♪」
左肩に飛び乗ってきたヒナタを撫でつつ、用意していたラッシュビートルの魔石を取り出して食べさせる。以前は手強く感じたラッシュビートルも、今やヒナタの給仕係にしか見えなくなっていた。
……さて、今日は4月1日。エイプリルフールであると同時に、新たな年度の始まりを告げる日だ。今日は様々なことが変わる区切りの日だから、その特別感が俺の目を冴えさせたのかもしれないな。
……もっとも、そんな日でも俺はいつも通りなんだけどな。昨日は月曜日で、ダンジョン探索をお休みした日だったから……今日からまた、再始動だ。
「ふぁぁ……」
布団の上で、大きく伸びをして……ふと、テーブルの上に目をやる。
「……ようやく届いたな」
そこには、"第二級陸上特殊無線技士"と書かれた真新しい免許証が置かれていた。無線従事者免許証……昨日、郵便送付されてきたものだ。
取得難易度がそこそこなわりに、現実でも非常に有用な資格であるが……【資格マスター】のギフトを通して発現する効果は、ダンジョン探索をするうえでも非常に有用なものとなっている。
☆
資格名:第二級陸上特殊無線技士
効果:頭頂を中心とした半径5メートル以内にある無線機について、ダンジョン第15層まで電波が届くようになる
☆
無線機と書いてあるが、いわゆるガラケーやスマートフォンも日本の法律上は無線機扱いとなる。【資格マスター】のギフト効果は日本の法律に基づいているパターンが多いので、スマホもこの効果の対象内となるだろう。一応、ダンジョンに入った時に試してみようかな。
ただ、まさかこんなにも早く第10層へたどり着けるとは思ってもいなかったので、二陸特でも今はやや力不足になりかけている。
……頑張って、第一級陸上無線技術士を取るか? こちらは階層制限が無いので、取ってしまえばどこでもスマホ使い放題だ。その分取得難易度も桁違いに高いが、頑張って勉強してみようかな。
ちなみに、ちょうど一昨日の探索で【資格マスター】のギフトランクが4へと上がった。ゴブリンキング戦で相当量のギフト経験値が貯まっていたのだろう、他のモンスターを倒していたらわりとすぐにギフトランクが上がった。これで、資格を4つまで【資格マスター】にセットすることができるようになった。
聞けば、他のパーティメンバー3人ともギフトランクが上がったそうだ。ラッキーバタフライよりはギフト経験値が少なかったみたいだが、それでもギフトレベルアップには十分な量だったんだろうな。
「"セット・第二級陸上特殊無線技士"」
【資格マスター】の空き枠に、第二級陸上特殊無線技士を付ける。
「"起動"」
そして、二陸特の効果を起動させてみる。免許取得前は、起動させた途端凄まじい勢いで魔力が減っていたが……今回は、全くそんなことは無かった。むしろ魔力自然回復量の方が勝っているくらいだ。
これで、ダンジョンの中でスマホが問題無く通じれば……いよいよ権藤さんに相談だな。
◇
「……ん? あれ?」
ヒナタが入ったリュックを背負い、午前9時きっかりに亀岡ダンジョンバリケード内へ入ると……一昨日とは、少し様子が違うことに気付いた。換金カウンターとの仕切りが綺麗に取り払われていて、『亀岡迷宮開発局 買取カウンターはこちらです』と書かれた看板が堂々と掲げられている。
……そういえば、ニュースでもやってたっけな。"迷宮関連基本法"だっけか、これまで遊技場扱いだったダンジョンが法的に整備されて、探索者の社会的地位も明確化されたとか。この変化は、法整備が進んだ影響だろうか?
「おう、恩田探索者か」
「あ、権藤さん。お疲れ様です」
ちょうど権藤さんが通りかかったので、ついでに聞いてみることにした。
「どうしたんですか、これは?」
「恩田探索者なら知っていると思うが、今日から迷宮関連基本法が施行されてな。変な建前がようやく要らなくなったってわけだ」
「へえ……」
まあ、これまでが明らかに変な状況だったもんな。それが解消されて一区切りってところか。これも新年度になった影響の1つか。
「ああ、それともう1つ「恩田さん♪」……っと、朝からお熱いねぇ、お2人さんは」
俺の左腕に絡まるように、朱音さんがぎゅっと抱きついてきた。朱音さんが持つ2つの柔らかいものが、俺の二の腕付近に当たるが……これはワザと当ててるんだろうな。そこを指摘すると、前に藪蛇になったので言わないが。
タイミング的に同じ電車で来ているはずだが、これがしたくてワザと時間調整をしているらしい。
「朱音さん、おはよう」
「おはようございます、恩田さん♪」
「ぱぁ……」
俺に引っ付く朱音さんは、鼻歌でも歌い出しそうなくらいにご機嫌だ。底抜けの笑顔をこちらに向けてきている。
……ゴブリンキング戦後、数日の間に勃発した俺と朱音さんの人生をかけた究極の攻防戦。その結果は、双方が勝者になれたとだけ言っておこう。
ちなみに、アキは既に朱音さんの頭の上に乗っている。朱音さんの行動に呆れた視線を向けるのも、ここ最近の定番パターンとなりつつある。
「恩田さん、おはようございます」
「おはようございます、なのです!」
続けて、九十九さんと帯刀さんが亀岡ダンジョンバリケードに入ってくる。この4人が、現状の亀岡ダンジョンにおけるトップパーティになるわけだ。
そんな俺たちだが、最深到達階層は今のところまだ第11層だ。ゴブリンキング戦以来、俺たちはいかに早く第10層にたどり着いて、ゴブリンジェネラルを倒すかのタイムアタックをしている。第11層だけは様子見程度に立ち入ったが、それ以上の探索はあえて止めているのだ。
……色々と理由はあるが、その1つにポーションが全く手に入らなかったことがある。手持ちの残りが小瓶半分では、誰かに何かあった時にちょっと不安だったのだ。
それゆえに、ずっとラッキーバタフライを探していたのだが……あれから1回も見つからない。ゴブリンキング戦をこなした日から約3週間、計17回のダンジョン探索の中でも1度も見つけることができなかった。まだ初心探索者だった時、短い期間に連続してラッキーバタフライを倒すことができたのはビギナーズラックとしか言えないほど幸運なことだったようだ。
最後にラッキーバタフライを見かけたのは、ソロ探索で別ダンジョンに侵入して4人組を助けた時だったか。見るからに緊急事態で消耗度外視の戦闘を仕掛けたのと、第4層ゆえ長居できなかったのでラッキーバタフライを倒さずにその場を離れてしまったが……今思えば、随分ともったいないことをしたと思う。
そういえば、あの時の4人組はちゃんと逃げられたのだろうか。どこの誰だったのかは結局確認できず、倒れていた男性の安否も分からないままだ。少しモヤモヤするが、生きていることを信じるしかないか。
「……ん?」
あれ? なんか、帯刀さんの格好がいつもと違うな?
「帯刀さん、その格好はどうしたんだ?」
「あ、これですか? すみません、一昨日の探索でご一緒した際に、お伝えするのを失念しておりました」
長袖長ズボンに上着を羽織っているが、全体的に紺と灰色を基調とした落ち着きのあるデザインだ。暗めであまり目立たない配色なのは、ダンジョン内でモンスターに見つかりにくくするためだろうか?
その服をクルンと見せると、帯刀さんが照れくさそうに笑った。
「私、帯刀雪華は、本日より久我藍梨さんが立ち上げた会社"ダンジョン・シーカーズ"のスタッフとなりました。なので、本日はその報告も兼ねて制服を着用してきました」
「えっ、姉さまの会社?」
「はい」
へえ、藍梨さんが立ち上げた会社に帯刀さんが入ったのか。その社名からして、"探索者をサラリーマンとして雇い入れ、ダンジョンに派遣する"というコンセプトがよく分かる。これも、迷宮関連基本法の制定が大きな影響を与えたって感じか。
……しかし、そうなると帯刀さんの立場が大きく変わるな。いわゆるフリーの探索者から、企業に所属する探索者へと変わったわけだが……これ、今までと同じ対応で良いのだろうか?
「帯刀さん。立場が大きく変わったわけだが、今後対応が必要なことはあるかい?」
なんと表現していいか分からなかったので、だいぶ変な言葉選びになってしまったが……帯刀さんなら、多分通じるはずだ。
「いえ、これまで通りで構いません。私の仕事は、ダンジョンを探索してドロップ品を集め、換金……いえ、今日からは買い取りをしてもらってお金を稼ぐことです。それは、今までと変わりありません。違うのは、その稼ぎを会社に納める代わりに給与や福利厚生を受けられる点だけです。
その辺りの調整は、既に権藤局長と藍梨さんの間で済んでいるそうです」
「うむ、帯刀探索者の言ったことに間違いは無いぞ。新法の制定により、企業との提携や契約を各局独自に行えるようになってな。ダンジョン・シーカーズさんとは、地元企業ということもあって真っ先に提携を結ばせてもらった。
必要な対応はこちらで行うから、恩田探索者が何か特別な対応をする必要は今のところ無いな」
「そうですか」
それなら一安心だな。
3月も終わりに差しかかった時期に、18歳の子が探索者をしていたのにはのっぴきならない事情があったのだろうが……帯刀さんが無事就職できてよかったよ。
「あ、そうだ。権藤局長、昨日ようやく二陸特の免許証が届きました」
「おお、ついにか」
「前に少しだけ話していましたが、今日ちょっとだけ試したいと思っています。時間は、多分午前11時ぐらいになると思いますが……」
「うむ、今日は特に会議予定も無いからな。いつでも構わないぞ?」
「ありがとうございます」
さて、うまくいくといいな。
「よし、今日も頑張ってダンジョン探索だ。装備に着替えたら、外ダンジョンゲートの前に集合してくれ!」
「「「了解 (なのです)!」」」
「きぃっ!」
「ぱぁっ!」
ヒナタをケージから出しながら、本日最初の号令をかける。俺の言葉に、5人全員が元気に返事を返してくれた。
……今日の目標は、午前11時より前に第10層へ到達することだ。これまでの最速は午前11時2分だが、前回の探索で新しいショートカットを思い付いたので、もう少しタイムを縮められそうだ。
さて、今日も安全に留意しつつダンジョン探索に赴くとしますか。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。