幕間4:亀岡ダンジョンでの蝶の羽ばたきが、世界のダンジョンに旋風を巻き起こすか?(6)
(帯刀雪華視点)
今日は、3月最後の月曜日。恩田さんが休養日とのことなので、私も合わせて休養日とすることにしました。第4層を突破するには、私と九十九さんだけではまだ少し不安がありますから……。
私の実力がそのような感じなので、寄生してしまっているようで申し訳なく恩田さんには何度か成果配分について、相談させて頂いたのですが……いつも、私に有利な条件のまま流されてしまいます。恩田さん曰く『悪意が無いならそれでいいさ』とのことでしたが、ただそれだけのことで私は今の扱いを受け入れてもいいものなのでしょうか……?
大変ありがたいことなのは確かですが、ご厚意に無条件で甘えてしまっているようで、非常に申し訳ない気持ちになってしまいます。早めに実力を付けて、第4層くらいは余裕で突破できるようにならなければいけませんね。
「………」
今日はお母さんの大好物であるリンゴを持って、近所では一番大きな病院へと向かいます。前回はちょうど眠っていたので、あまり話すことはできませんでしたが……今日はどうでしょうか?
「ああ、よく来たね雪華……」
私が病室に入ると、お母さんがベッドから体を起こそうとします。でも、まだうまく力が入らないのか、プルプルと震えるばかりで起き上がることができません。
どうにか、右手だけは少し上げることができたみたいですが……それでも、最初に比べれば遥かに良くなりました。
「お母さん、あまり無理しちゃダメよ。ちゃんと寝てないと」
「ううん、今はだいぶ体も楽になってきたから……動かせる時にできるだけ体を動かしておかないと、いつか本当に動けなくなっちゃうわ。
雪華こそ、そんな頻繁にお見舞いに来なくても大丈夫よ?」
ベッドの上で、お母さんが微笑みます。前から変わらない、おっとりとした優しい笑み……でも、今は少しだけその笑顔に、影が差しているように私には見えます。
「……本当にごめんね、雪華には無理を掛けて」
「ううん、気にしないで。お母さんは何も悪くないんだから」
ベッド脇にある椅子に座り、お母さんの右手をそっと握ります。ほんのり温かい手には、ほんの少しだけ力が込められていました。
……なぜ、このようなことになってしまったのか。それは、今から1ヶ月ほど前に遡ります。
お父さんが運転する車が、飲酒運転の車と正面衝突してしまったのです。
お父さんもお母さんも、シートベルトはちゃんと付けていました。片側一車線で中央分離帯の無い道路だったので、センターラインをはみ出さないようやや左寄りを走っていました。走行スピードも、前後の流れに合わせてはいましたけど、法定速度から大きく逸脱してはいません。
でも、飲酒運転の車は猛スピードで暴走した挙げ句にセンターラインを逸脱し、お父さんが運転する車に真正面から突っ込んできました。その一連の状況が、奇跡的に無傷だったドライブレコーダーに全て映像として残っていました。その時の、お父さんとお母さんが感じたであろう恐怖を考えると……胸が張り裂けそうです。
車に乗っていたお父さんとお母さん、そして相手のドライバーは救急車で病院に搬送されましたが……命が助かったのは、お母さんだけ。そのお母さんも、事故の衝撃で両足を挟まれてしまい……そのまま、失ってしまっています。
そして、相手のドライバーは天涯孤独の身だったみたいで、親族の方はおらず……また、車も任意保険には入っていませんでした。
一瞬にして、私たち家族を取り巻く環境が変わったのです。
「あ〜!! おねえちゃんだ〜!!」
「おねえちゃんだ〜!!」
お母さんのお見舞いに行ったその足で、保育園に迎えに行きます。すると、大きく歳の離れた双子の弟と妹が無邪気に私の元へと駆け寄ってきました。
「ふふっ、2人ともいい子にしてた?」
「「してた〜〜!!」」
私にとても懐いてくれている、可愛い可愛い私の弟妹……。
私の足元に立ち、ニコニコと私を見上げる2人をその場で屈んでそっと抱き寄せます。
「ふぁ、おねえちゃん、あったかい」
「あったかい〜」
「ふふ、2人もあったかいわ」
私の腕の中で、2人がもぞもぞと身動ぎしています。そうして私を見上げると、パッと笑顔を花開かせました。
……この純真無垢な笑顔を、私は絶対に守らなければなりません。決して曇らせてはいけないのです。
だから、私は大学進学をスッパリと諦めました。就職活動の時期もとうの昔に過ぎていたので、ちょうど一般開放されたばかりのダンジョンに潜る探索者となって、お金を稼ぐことにしました。探索者になれる最低年齢が18歳で、本当に良かったと思います。
危険なことは、重々承知の上でした。あまり心配をかけたくなかったから、お母さんにも弟妹にも私が探索者になったことは黙っています。保育園の先生にだけは、お迎えが遅くなる可能性もあったのでキチンと伝えましたが、事情を知っていたので黙認してくれました。皆さんも大変なお仕事をされているというのに、本当に感謝しかありません。
そんな中で始めたダンジョン探索者稼業でしたが、私は本当に良い出会いに恵まれました。
まずは私の境遇を知って、いつも一緒にダンジョン探索をしてくださる九十九彩夏さん変に同情してお金を渡すのではなく、私が自分で稼げるよう協力してくださる姿勢が、私にとっては本当にありがたいです。
容姿や言動は子供っぽいのに、不思議と包容力がある人……私に兄姉は居ないので、彩夏さんのことは本当の姉のように慕っています。
次に、久我朱音さん。性格はちょっと変な人ですけど、決して悪い人ではありません。そして、武器の扱いの巧さは私より圧倒的に上です。探索者になったのは私よりも後みたいですが、今の私より強いのは間違いありません。
あれだけ長くて大きいソードスピアを軽々と振り回して、モンスターの急所を的確に突く技量は一朝一夕で身に付くものじゃないと思います。決して口には出しませんが、密かに師として仰いでいたりします……やっぱり、ちょっと変な人だけど。
そして、恩田高良さん。常識外れの行動を繰り返しておきながら、本人は飄々としているとびきりの変人さん。根は常識人なのに行動は変人という、1度関わると2度と忘れられない強烈な印象を残す人です。
アイテムボックスというだけでも反則級なのに、そこから何気なくポーションが出てきたり、強力な魔法を連発してもまるで魔力が尽きなかったり……。恩田さんが持っている盾は毎回形がグネグネと変わるし、モンスターを検知するセンサーみたいな魔法を常に発動させているし、第4層のモンスター軍団を全滅させるのが普通だと勘違いしているし……とにかく、その行動1つ1つが常人の枠を遥かに超えています。
あと、察しが良い人でもあります。私の事情にそれとなく気が付いていても、あえて詳細を聞かずに1人の探索者として扱ってくれます。金銭欲が薄いのか、明らかに自分が一番活躍していても平等分配にこだわったりします。
朱音さん以上に変わった人ですが、恩田さんも決して悪い人ではありません。そう断言できるくらいに、信頼できる人だと思います。
本当に、皆さんに出会えて良かったと思います。
「ただいま〜!!」
「ただいま〜!!」
扉を開けると、弟と妹が我先にと家の中へ駆け込んでいきます。
向かった先は、洗面所。何も言わなくても真っ先に手を洗いに行く辺り、賢くて可愛い自慢の弟妹ですね。私も手を洗って、食事の用意をしなければ。
「2人とも、ちょっと待っててね。今ご飯の用意をするから……」
――ピンポ~ン!
手を洗って台所に向かおうとしたところで、インターホンが鳴りました。今日は、特に宅配の方などが来る予定は無かったのですが……どなたでしょうか?
「あ〜、だれかきた〜?」
「だれかきた〜?」
「そうね……だれかしら?」
インターホン越しに、玄関先の人物を確認します。
……ジーパンにサングラス、タンクトップに上着というどこかアメリカンな格好をした美人さんが、黒服のムキムキな方々に囲まれて玄関先に立っていました。えっ、何これコワイ、というか薄着ですが寒くないのでしょうか? 3月下旬とは言っても、今日みたいに気温1桁まで冷え込む日もあるのですが……。
「すみません。こちらは帯刀さんのお宅で、お間違いないでしょうか?」
「は、はい、そうですけど……」
私がインターホン越しにそう返すと、アメリカンな美人さんはサングラスを取りました。
……あれ? この人、どこかで見たことがあるような……というか、周りの黒服の人もどこかで……?
「私は、久我藍梨と申します。帯刀雪華さんに、ご相談があって参りました――」
◇
(マーク・グレンヴィル視点)
――ササササササ!!
「おいマーク、デススコーピオンがそっちに行ったぞ!」
「おっしゃ、任せろ!」
砂に覆われた大地を軽快に走り抜けて、巨大なクソッタレサソリ野郎がこちらに迫ってくる。コイツは尻尾に持つ毒も厄介だが、一番厄介なのはその機動力だろうな。
なんせ、ここ第21層はサラサラ崩れる砂場がどこまでも続いてやがる。こっちは足を取られて走るどころじゃねぇってのに、あっちはそんなの知ったことかと言わんばかりに、砂場の上を我が物顔で駆け抜けてきやがるんだ。サソリ野郎は地の利を最大限に活かしてくるが、こちらは常にデバフがかかったような状態ってこった。
まあ、だからこその戦い方ってのもあるわけだがな!
「お前が強えのは認めてやる。だがな、俺の方がもっと強えんだよ」
――ブンッ!
――サッ!
サソリ野郎が振り下ろしてきた尻尾毒針攻撃を、半身になってギリギリでかわす。
「それを分からせてやる!」
――ガシッ!
――ザザ!?
そして逆に、サソリ野郎の尻尾を全身で抱え込んだ。サソリ野郎は懸命に尻尾を引き抜こうとしてるがな、残念ながらパワーはこっちの方が上なんだよ。
【バトルレスラー】の俺にとって、パワーで負けるとはすなわち死を意味するからな。だから俺は、パワーで負けてなんざいられないんだよ!
「……うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
――ブォンッ! ブォンッ! ブォンッ!
――ザザザザッ!?
そのまま、サソリ野郎を思い切りぶん回す。デカブツをジャイアントスイングした時の、デカブツが風を切る音……うーん、最高にクールだな! 俺ぁこの音が、この世で一番好きなんだよ!
足場が脆いって? そんなの、ノリに乗った俺にとっちゃあ関係ねぇよ!
「らぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
――ブォンッ!
――ドスンッ!
勢いが付いたところで、回転方向を変えてサソリ野郎を思い切り地面に叩き付ける。地面が砂で柔らけぇから、それだけじゃ大したダメージにはならんがよ……。
別に、俺は1人で戦ってるわけじゃねぇからな。
「"フリージングランス"!」
――キィンッ!
仰向けで弱点の腹を見せるサソリ野郎に向けて、相方の1人が氷の魔法を唱える。サソリ野郎は氷の攻撃に弱いからな、この一撃でジ・エンドだ。
――ヒュッ!
――ドスッ!
――ザッ……!?
空から降ってきたどデカい氷槍が、サソリ野郎のドテッ腹を派手に貫く。その一撃でサソリ野郎はやられて、魔石になって地面に落ちた。
……他のモンスターはいねぇな。よし、俺たちの勝ちだ。
「おうジェニファー、グッドタイミングだなぁ?」
「当然よ、私を誰だと思ってるの?」
澄ました顔でそう言うジェニファーだが、そりゃ表の顔だ。裏の顔は、そりゃ可愛らしい女なんだぜ。
惜しむらくは、その顔は俺しか知らねぇってことだけどな!
「そんなことより、モンスターは居ないのね?」
「おう、近くには居なさそうだ」
砂だらけの風景を眺めながら、ジェニファーに伝える。この【気配察知】ってスキルは便利だな、近くにモンスターがいりゃあすぐに分かる。
これで、何度奇襲攻撃を防いだことか。今じゃあ無くてはならない、俺たちにとっての必須スキルになっている。
「羨ましいなあ、マーク」
「あん? レナルドの【鑑定】の方が、よっぽど役立つだろうが。戦闘でも、それ以外でもよぉ」
「【鑑定】で奇襲は防げないさ」
「【気配察知】じゃあ、モンスターの弱点は分かんねぇぞ」
「はいはいストップ、延々続けるのは時間の無駄だからやめなさい」
んだよジェニファー。レナルドのインテリジェンスはなぁ、勉強嫌いな俺にゃあ決して持てねぇもんなんだよ。
ま、代わりに俺にゃあ有り余るパワーがあるけどな!
……ここはダンジョン第21層、砂漠地帯。ニードルカクタスやらデススコーピオンやら、ヤバいモンスターがわんさか出てくるエリアだ。
この砂漠地帯を抜けた先に、ピラミッドって建物がある。そこに出てくる半透明のモンスターに、この前は手も足も出なかったがな……。
「今回は頼りにしてるぜ、ジェニファー、レナルド」
「ええ、私に任せなさい」
「ご期待に沿えるよう、頑張りますよ」
今回は、対抗策を準備してやってきた。前人未踏のその先へ、俺たちが一番乗りを目指すってわけだ。楽しみだねぇ。
皆さま、いつも本小説をお読みくださいまして、ありがとうございます。長く続いた幕間も終わりまして、キリ良く新年度から新章を開始いたします。
2025年度も、本小説をどうかよろしくお願いいたします。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。