幕間4:亀岡ダンジョンでの蝶の羽ばたきが、世界のダンジョンに旋風を巻き起こすか?(5)
(久我藍梨視点)
「……ダンジョン関連法が、ようやく施行に漕ぎ着けそうなのですか?」
「うむ、どうやらそうらしい」
夜遅くに帰宅したお父さまとの会話の中で、ふと法律関係の話が出てきた。府警において、お父さまはダンジョン犯罪に対応する部の長だから……そういう情報については耳が早いのだろう。
日本はダンジョンこそ一般開放されているものの、ダンジョン関連の法律が今まで整備されていなかった。ダンジョンが現れてから約3年、一般開放されてから約2ヶ月半も経ってようやくこれか、というのが私の正直な感想になる。
……まあ、そんな状況なものだから三店方式などという、法律上グレー極まりない体制を取らざるを得なかったわけだ。仮にも独立行政法人の職員が、である。そういう歪だった部分も、今回のダンジョン関連法の施行で解消されるのだろう。
「法律名は"迷宮関連基本法"、施行は4月1日になるそうだが……私としては何を今更、といった感じだな。既にダンジョンが一般開放されていて、その中で悪質な犯罪も起きているというのに暢気なものだな、とは思う。
だが、この法律の施行をもって探索者は正式な職業人の地位を得ることになるだろう。ダンジョンもこれまでは遊技場に準じた扱いをされていたが、これからはれっきとした仕事場としての扱いになるそうだ。あまりに特殊な環境ゆえ、色々と特別扱いではあるみたいだがな」
「そうですか……しかし、どうしてこうも法律の整備が遅れたのでしょうか?」
「ふむ……これは噂だがな。東風浜大吾氏の暗躍によってダンジョン一般開放が大きく早まり、体制に無理が生じたことで法律の草案を精査するのが遅くなってしまったそうだ。本来は今年の3月20日をもって、新法の施行と同時にダンジョンを一般開放する手筈だったらしいぞ」
「なるほど……」
東風浜大吾氏……迷宮探索開発機構の東京本部長であり、色々と黒い噂が絶えない人物だな。嘘か本当か分からないが、あの美人秘書は東風浜大吾氏のお気に入りで、度々手を出されているなんて話もある。
……まあ、その辺の話は置いておこう。相応の権力は持っているのだろうが、どうせ私からは距離の遠い人物だからな。気にし過ぎても仕方あるまい。
「しかし、これで私の事業も次のステップに進めそうです」
「む、遂に動き出すのか?」
「はい。元々構想はありましたが、今回の新法制定が追い風となりそうです」
これは、探索者が職業扱いされなければ実現できないことだ。ダンジョンから有用な物、価値ある物が産出することを知っていれば、誰しもが考え付くことだろうとは思う。
「会社が探索者を雇用し、ダンジョン産品の売却によって利益を上げる。探索者は、安定した給与と社会的立場を得ることができる。
社名は"ダンジョン・シーカーズ"で既に申請済み、問題が無ければ実現まで漕ぎ着けそうです」
「……こう言うのもなんだが、藍梨の名付けはいつも米国っぽいな。というより、米国にもそういう名前の会社があるのではないか?」
ダンジョン開放は向こうの方が早かったからな、とお父さまが重ねて言うが……その辺りの調査は、もちろん抜かり無く行っている。海外進出は今のところ全く考えていないが、急に変な言い掛かりを付けられても困るからな。
「いえ、ありそうで不思議と無い名前でした。似た名前、似た業態の"ラビリンス・エクスプローラーズ"や"ダンジョン・アタッカーズ"といった会社は、アメリカやイギリスにありましたが」
「ふむ、そうか。同じ名前の会社は無くとも、考えることは海外も一緒というわけか」
「常人を超えた探索者の力を利用して、ダンジョン内外を警備する業務も行っているようですが……そちらの評判はあまり良くないようです。探索者という存在があまりにも強すぎて、まるで制御が利いていないとか」
アメリカでは、なんとライフル弾を生身で受け止めた探索者が居たらしい。そいつが無差別に暴れた結果、誰も止められないまま3桁を優に超える人間が命を落としたという。
もちろん、これは日本も他人事ではない。確実に同じような問題が出てくる。それを止めるためには、信頼できる強い探索者を会社で抱え込む必要があるだろう。
……恩田殿のパーティメンバーに声をかけてみるか? 朱音と九十九彩夏氏は、副業で探索者をしているから……声をかけるなら恩田殿本人か、あるいは帯刀雪華氏になるか。
「まあ、私が言うまでもないとは思うが、武瑠にはちゃんと相談しておくんだぞ。そちらの運営は、全て武瑠に任せているからな」
「はい、そのつもりです」
武瑠お兄さまは、我ら久我家の長男かつ長子だ。しっかりと根を張った大樹のような、安定感と安心感のある人だ。私にとっては自慢のお兄さまである。
お兄さまが居てくれるお陰で、私はノビノビと新しい事業を考案し実行に移せるのだ。本当に、お兄さまには感謝してもしきれないな。
「さて、早速新事業立ち上げのための資料を作りに、会社へ戻ります。それではお父さま、ごきげんよう」
「こんな時間からか、無理だけはするんじゃないぞ? まあ、藍梨に限ってそんなことは無いだろうけどな」
さすが、お父さまはよく分かっていらっしゃる。
私は新事業を立ち上げて、軌道に乗るまで試行錯誤をするのが大好きなのだ。その時だけは疲労も何も一切感じず、全身全霊を込めて楽しく関わることができる。
そして今こそ、私はそのブーストがかかった状態である。今の私の辞書に"不可能"という言葉は存在しないのだ。
……もっとも、自分の考え方が異端であることは、自分なりに理解はしているつもりだ。陽向や周りを自分勝手に振り回したりしないよう、十分に気を付けなければな……。
◇
(久我武瑠視点)
「………」
朝早くに藍梨から提出された、新事業立ち上げに関する資料を眺める。さすがは我が自慢の妹、資料は分かりやすくまとめられているな。
……そして、この事業に懸ける藍梨の熱量が半端ではない。徹夜で資料を仕上げて俺に提出したあと、出社してきた陽向を引き連れてそのまま亀岡ダンジョンへと行ったらしい。寝てから行けと伝える暇も無いほどの、驚異的な早業だった。
……フォローは、陽向に任せよう。彼ならうまくやってくれるはずだ。
「………」
それにしても、ダンジョン・シーカーズか……社名を見ただけでどのような業態を目指しているのか、ハッキリと分かるのが藍梨の名付けの特徴でもある。今回のこれは、明らかにダンジョン探索者に関連した事業展開を意図しているな。
……ダンジョン、か。迷宮関連基本法が本会議入りしたからか、最近はどこもダンジョン関連の話題ばかりだものな。俺も注視してはいるものの、今はあまりピンときていないのが事実ではある。
しかし、藍梨の直感は非常に鋭い。その先見の明は、俺なんぞ遥かに超えている。そんな藍梨が、ダンジョンに強い興味を示したのであれば……まあ、将来ほぼ間違いなく化ける分野なのだろうな。
「………」
そんな妹の気まぐれに振り回されて、気付けば俺は計8社を束ねる久我ホールディングスの代表取締役社長なんてのをやっている。思えば、随分と遠くまで来たものだな……。
……いや、それは違うか。この立場に至るまでに100の努力が必要だったとして、俺自身の力で為したことなど1もあれば多い方だろう。残りは全て、藍梨の功績だ。
結局のところ、俺は凡庸な人間だ。藍梨のように0から革新的な事業を立ち上げて、次々と軌道に乗せていくような離れ業など決して真似することはできない。飽きっぽい藍梨が手放した事業を引き継いで、適した人財に経営を任せつつ緩やかな成長軌道へともっていくことは俺でもなんとかできるけどな……。
俺、一応は久我家の長子で長男なのにな。妹の方が遥かに優秀だなんて、ホント泣けてくるよ……。
まあ、だからといって俺が藍梨になれるわけでもなし。俺は俺、藍梨は藍梨だ。自慢の妹に頼りにしてもらえるよう、精進を怠らないようにしなければな。
そうそう、妹と言えば朱音も最近ダンジョンに入り浸りらしいな。しかも奇跡の秘薬として有名なポーションを、ダンジョンから持ち帰ることにも成功したとか。
……母さん、なぜか自分には使わなかったらしいけどな。俺が生まれて38年、母さんとは相当長い時間を一緒に過ごしてきたが……あの人の思考パターンは、俺でも未だに理解できない部分がある。一部の人に、影で"宇宙人"と囁かれるのも納得だな。
まあ、それはともかく。
学生時代に色々あって、ずっと男嫌いだった朱音だが……最近はなんと、特定の男性宅に何度も泊まり込んでいるのだとか。
しかも、父さんもその人のことをすごく気に入っているらしい。人を見る目が確かな父さんが、手放しで褒める男性……一体どんな人なんだろうな? 朱音とはよく一緒にダンジョンへ潜っているらしいから、ダンジョン探索者なのは間違いないのだが。
というより、朱音が探索者になってから3週間も経っていないと思うのだが……恋仲になるにしても、少々早すぎやしないだろうか? よほど相性が良かったのか、仲が大きく進展するような出来事があったのか……。
「………」
まあ、兄として1度会っておかなければな。父さんが認めている手前、変な人ではないとは思っているけどな。
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