幕間4:亀岡ダンジョンでの蝶の羽ばたきが、世界のダンジョンに旋風を巻き起こすか?(4)
(東風浜大吾視点)
「……ふぅ」
支部長級ウェブ会議を終えて、執務机の椅子に大きくもたれ掛かる。会議はやはり肩が凝る、支部長という立場ともなれば腹黒な者やくせ者も多いからな……言質を取られぬよう立ち回るのは、存外気を使うものだ。全く、気が休まらんよ。
世の多くの者たちと同じく、私も会議はハッキリ言って嫌いなのだが……1ヶ月に最低1回は、支部長級会議を開催するよう国より義務付けられている。ゆえに、こうして仕方なく行っているわけだ。最近流行りのウェブ会議システムが構築できていなければ、もっと面倒なことになっていただろう。
しかし、やらねばならぬならせめて有意義な会議となるよう、しっかりと考え準備すべきであろう。その努力をせずして、未来に繋がらぬ非難だけを行っても仕方あるまい。無駄だ無駄だと喚くだけでは、その時間は本当に無駄な時間で終わってしまうのだから……。
……とまあ、そう考えつつ通算5回目の支部長級会議を終えたわけだが。今回の会議では、随分と面白い報告が上がってきた。
「3月に入ってから、特に近畿支部の伸長が著しいな」
全ての支部で、収益は確実に上がってきている。ダンジョン一般開放から2ヶ月半が経過し、一般探索者の人数とレベルが少しずつ向上してきているのだろう。未だ黒字転換にはほど遠いが、十分期待できる傾向である。
その中でも、近畿支部は収益の伸び幅が圧倒的に大きい。ある迷宮開発局の収益が異様に大きく伸びた結果、近畿支部の収益そのものにも多大な影響を与えているのだ。
「亀岡迷宮開発局か……ある日を境にして、1日当たりに換金される魔石の総数が大幅に伸びているな。最近は、特殊なドロップ品も多数オークションに出されているようだ。
しかも、ご丁寧にも値崩れしないギリギリの数が出されている。これは、あえて小出しにしていると見て間違い無いだろうな」
近畿支部に属する各迷宮開発局の、3月前半の収益速報値とその内訳概要が記載された資料を眺める。他支部が2月の収支報告のみを出す中、精度はそれなりとはいえ近畿支部はここまでの資料をまとめてきた。ほんの数日しか時間が無かったにも関わらず、だ。
その中で亀岡迷宮開発局は、3月前半だけで前月の22.7倍という驚異的な収益を上げていることが書かれていた。しかも、ここには特殊なドロップ品をオークションにかけるに当たっての、事務手数料が入っていない。ここから3月後半に向けて、収益が更に伸びていくのは間違いないだろう。
その亀岡迷宮開発局で換金されている魔石は、ホーンラビットとブラックバット、そしてゴブリンの魔石が大半を占める。それらの魔石は単価が安く、1つ1つの魔石から生まれる利益は決して多くないが……亀岡の場合、その数が非常に多い。特にゴブリンの魔石など、換金数が計1800個を超えた週もあるくらいだ。
探索者の能力が最も高い横浜ダンジョンでさえ、モンスター出現率の関係からこれほどの数の魔石が換金されることはまず無い。ならば、一体どこで魔石を得ているのか。
……ほぼ確実に、第4層であろうな。あのモンスター軍団を殲滅して得た魔石であれば、飛び抜けた個数にも納得せざるを得まい。行きと帰りに毎日殲滅し続ければ、週1800個など容易に到達できるだろう。
まあ、その探索者が大量の魔石をどのようにして持ち帰っているのか、という疑問が新たに湧いてくるわけだが……魔法の収納袋をどこかで手に入れたのだろうか? 亀岡迷宮開発局長の権藤氏は、自衛隊時代に得た収納袋を全功績を投げうってまで入手したと聞くが……さすがに、そのような希少品を簡単に貸すわけがないか。
「多くの魔石を持ち運びできる術を持ち、モンスターの大群を安定して殲滅できる実力を兼ね備えた探索者。使い魔を得たという探索者や、ゴブリンジェネラルの特異個体を倒したという探索者と同一人物なのだろうか? そこまで詳しい内容は、この資料には記載されていないが……そうでもなければ、これほどの成果は出せないだろう」
年明けにダンジョンを一般開放してから、およそ2ヶ月半。いくつかのダンジョンにおいて、飛び抜けた実績を上げるエース級探索者が現れ始めた。彼ら彼女らの尽力もあって、ダンジョンよりもたらされる収益は日々着実に上がってきている。
一部の国政者に邪魔されたせいで、諸外国と比べて出遅れた感は確かに否めないが……ふむ、まだ十分に間に合うな。最悪は、私自身が動けばよい。
「………」
肩を回しながら椅子から立ち上がり、ガラスでできた全面窓の前に立つ。日本の首都・東京の中心に建つ、超高層タワービルの最上階……そこから、眼下に広がる東京の街並みを見渡した。
失われた30年を経たとは到底思えないほど、発展しきった街並みは実に壮観だ。一度焼け野原になっているがゆえ、歴史の重みはあまり感じられぬが……幸いにも、それは京都という街が担ってくれている。東京は東京の良さを、磨き上げていけばよい。
「………」
大きすぎる力を持て余し、何者にもなれないどころか疎まれてさえいた私が……今や、一組織の長としての立場を得て国のために貢献できている。実に素晴らしいことだ。
それもこれも、全ては現代世界にダンジョンを創造した、超越者たる存在のおかげだな。彼ら彼女らには、感謝せねばなるまい。
「………」
ふと、自分の両手を見る。幾度も剣を振り続けてできたタコが、右手にも左手にもびっしりとひしめいていた。できることなら、今後も私がこの力を振るわずに済めばよいのだがな。
「……期待しているぞ、若き探索者たちよ」
私も、今年で68歳になる。まだまだ老け込むつもりは毛頭ないが、いつまで第一線で働き続けられるか分からないうえ、私の命を虎視眈々と狙う者が居ることも知っている。
まあ、私はどうせ天国には行けぬ身だ。それだけのことをしでかしてきている。ならば贖罪でも懺悔でもなく、明日への希望を紡ぐことで"私"という存在が生きた証を立てようではないか。
◇
(灰賀保乃華視点)
――シュ〜、ガシャン、シュ〜、ガシャン、シュ〜、ガシャン……
――パサリ
――パチンッ、パチンッ
「……ふぅ」
終わったばかりの支部長級会議の資料を印刷して、表紙と議事録を付けて製本して、ホチキス留めしてっと……よし、後はこれを棚にしまえば、今日の仕事はおしまいね。
でも、人の世はデジタル時代だというのに、なぜ紙で資料を保管しておく必要があるのかしらね? 後から改竄されるのを防ぐためかしら、それなら会議風景をレコーディングすればいいと思うのだけれど……ああ、それも都合良く編集できてしまうから、ダメなのかもしれないわね。人の世って、ホント複雑で面倒なのね。
「……でも、ちょっとだけ楽しくなってきたかも」
最近、仕事が早く終わって帰れることも増えてきたわ。最初は中々うまくいかなかったけど、1年も経てば案外慣れるものなのね。
……ホント、東風浜もモンスター使いが荒いんだから。ホントのホントに困ったものね。
「………」
こうして、今はちゃんと人の姿をしている私だけれども。本当の私は"鬼炎妃"という種族名の、いわゆる変異モンスターなのよね。
灰賀保乃華という名前も、言ってしまえば人間風の偽名。変異モンスターとしてダンジョン内で生を受けた私は、たまたまやってきた東風浜と戦って敗北し……私の全てを東風浜に奪われ、灰賀保乃華という人間名と"フレイア"というモンスター名を押し付けられた。私は、一切そんなことを望んでいなかったのに……無理矢理使い魔にさせられた。
絶対に、許さない。許さない赦さない釈さない宥さない聴さないゆるさないユルサナイゼッタイニユルサナイ!!
――ゴオォォォ!!
「……あら、炎はさすがにマズいわね」
――シュゥゥゥゥゥ……
無意識のうちに背中から噴き出た炎を、急いで引っ込める。
……やっぱりダメね、東風浜への恨み辛み怒りを思い返し始めると、どうしても負の感情が抑えられなくなってしまうわ。今一瞬、漏れた魔力が発火して私の背中から炎が出てたわね。
幸い、私が着ている服は全部耐火性能の高い特注品だから、燃えて穴が開いたりはしなかったけど……火災報知器も反応しなかったのは不幸中の幸いだったわねぇ。これ、何度か誤検知させて東風浜に怒られてるのよ、私。
まあ、それはともかく。
「………」
今はジッと耐えるのよ、私。まるで隙が見当たらない東風浜の気が緩んで、確実に仕留めるチャンスが訪れるまで……それまで、真面目な秘書を続けるのよ。
「……うふふ。それじゃあ、保管棚へ置きに行きましょうかね」
手元の書類には引火しなかったから、そのまま保管棚へ持っていくことにする。ちょっと端っこが黒焦げになっちゃったけど、御愛嬌ってことで許してちょうだいね。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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