幕間4:亀岡ダンジョンでの蝶の羽ばたきが、世界のダンジョンに旋風を巻き起こすか?(3)
(三条美咲視点)
「はぁっ!」
――ズバッ!
「「ギャッ!?」」
鶴舞ダンジョン第3層にて、目前に蔓延るゴブリン2体を一刀のもとにまとめて斬り捨てる。ゴブリンはたちまち魔石へと変化し、その場にコロンと転がった。
「………」
刀を構えたまま、辺りを見回す。ブラックバットが音も無く忍び寄ってきている場合があるので、絶対に気を抜くことはできない。
音を聞きつつ、右、左……どうやら、モンスターはいないようだ。
「……ふぅ」
――キンッ
……残心を解き、刀を鞘に納めます。
長い長いダンジョン探索、ずっと張り詰めていては気が持ちません。完全に気を抜くのは論外ですが、必要以上に緊張するのも逆に危険ですから……。
「三条さん、近くにもうモンスターは居ないみたいよ」
「よっし、問題無く倒せたみたいだな!」
夜科さんと海堂さんが、私のところへ戻ってきます。その手には、ゴブリンの魔石が1個ずつ握られていました。
私も、魔石を2つ拾って自身のリュックに収めますが……少々重くなってきましたね。この部屋はモンスターの出現率が他より高いので、ここまでに拾った魔石の数もかなり多くなってきています。
「……そろそろ魔石が一杯になってきましたか。夜科さん、海堂さん、一旦地上に戻りましょうか」
「「了解です」」
3人それぞれがリュックを背負い、ダンジョンの入り口に向けて歩き始めます。午前9時に今日の探索を始めてから、そろそろ2時間半が経過しようとしていますから……一度リュックを空にして、また午後から再度探索ですね。
「………」
ふと、先日の第4層での出来事を思い出します。
私たちがダンジョン探索を始めたのは、2週間ほど前のことです。幼馴染の2人と許嫁の萱人さんの4人でパーティを結成し、第3層までは特段苦労せず踏破することができました。ゴブリンと戦うことにも、意外と躊躇はありませんでしたね。
ただ、そこまでの戦いに余裕がありましたので、恥ずかしながら私も少し調子に乗ってしまいました。勢いでそのまま突破できるのではないかと考え、臨んだ第4層攻略でしたが……その甘すぎる目論見は、粉微塵に打ち砕かれてしまいました。
前も後ろも右も左も、モンスター、モンスター、モンスター……優に200体を超えるモンスターに囲まれ、不意を打たれた萱人さんが倒れてしまいました。そうして逃げ出すチャンスを逸した私たちは、ジリ貧に追い込まれてしまいました。あとはただ、終わりの時を怯えて待つのみ……。
そこに現れたのが、あの謎のオジサマでした。囲みの一角を激しい炎攻撃で落とし、派手な音が鳴る【雷魔法】を連発してモンスターの注意を引きつけていきます。ゴブリンの攻撃を全く意に介さず、返す刀の魔法攻撃で次々と打ち倒していきました。
その隙に、私たちはその場から逃げ出すことができましたが……謎のオジサマの正体は、今もなお分からないままです。
なにせ、鶴舞ダンジョンゲートから出てこられなかったのですから。猪崎局長などは『ダンジョンそのものが意思を持って形をなし、貴女方を助けたのではないでしょうか?』などと真剣な表情でおっしゃっておりましたが……まさか、そんなはずはありません。
「………」
もしまた、あのオジサマにお会いすることができたならば。その時は、私の全力でもってお礼させて頂かなければなりません。
なにせ、私は三条の娘。かつて名家と謳われ、今なおその血脈を受け継ぐ家の娘なのですから。
「ああ、三条美咲さん。お疲れ様です」
「猪崎局長、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「お疲れさんっす」
お昼休憩も兼ねて地上に戻りますと、鶴舞ダンジョンの猪崎局長が話しかけてこられました。
猪崎局長は、かつて陸上自衛隊・迷宮探索部隊に所属し、【癒し手】のギフトを持つ一流の男性探索者です。誰に対しても敬語で話し、優しく接する天使のような方です。私が尊敬する方の1人でもありますね。
最深到達階層は第23層で、2体目のボスモンスターをパーティで討伐した実績を持っておられます。以前、第4層で頭に深手を負った萱人さんを、後遺症が残らないよう治療してくださった方でもありますね。
「三条美咲さん、お昼休憩前で申し訳ないのですが……少し、お時間を頂けますか?」
「? はい、私は構いませんが……」
なんでしょうか? 猪崎局長は楽しげな笑顔を浮かべておられるので、良いお話で間違い無さそうですが……。
「あ、この場で結構ですよ。特段、隠すようなことではありませんので。
さて……三条美咲さんは、"探索者留学制度"というものに興味はございませんか?」
「……探索者留学制度、ですか?」
「ええ、そうです」
初耳ではありますが、なんとなく内容が伝わってくるような制度名ですね。
「もしかして、他のダンジョンを体験探索させて頂けるのですか?」
「ええ、その通りです」
なるほど、それはとても魅力的なお話だと思います。なにせ、私の武器はこの日本刀……日本国の法律上、ダンジョンバリケードの外を持ち歩くことは決して叶いません。
その運搬問題を迷宮探索開発機構が解決してくださり、併せて他ダンジョンの探索に挑戦させて頂ける制度なのでしょう。とても良い制度だと、私は思います。
「制度の特性上、大変お金がかかるので使用できる回数は限られておりますが……三条美咲さんさえよろしければ、私から横浜ダンジョンの持永局長に持ち掛けてみようと考えております」
「横浜ダンジョンですか!」
さすがの私も、横浜ダンジョンがどのような場所かは存じております。一般探索者の人数・能力共に日本一のダンジョンであり、同時にダンジョン攻略の最前線とも呼ばれている場所ですね。
特に嘉納尚毅さんと菅沼遥花さんのコンビは、日本最高の一般探索者パーティとして有名です。もうすぐ第20層に到達するのではないか、という噂もありますね。私が尊敬する方々でもあります。
……しかし、疑問が残ります。
「なぜ、私にお話を頂けたのでしょうか? 鶴舞ダンジョンには、もっと実績のある方が多くいらっしゃると思うのですが……?」
鶴舞ダンジョンにも、第10層を突破した探索者パーティの方々が居られます。鶴舞ダンジョンとしての面目を立てるのでしたら、私よりもそちらの皆さまが行かれた方が良いでしょう。
そのような方々を差し置いて、未だ第4層の突破さえおぼつかない私が横浜ダンジョンに行く意味などあるのでしょうか……?
「ここ鶴舞ダンジョンは、日本で三指に入るほど探索者のレベルが高いダンジョンです。しかし、それでもやはり横浜ダンジョンには敵いません。それは素直に認めなければなりません。
……そして私が見た中では、三条美咲さんは最も探索者の才能があります。今はまだ開花前ですが、潜在能力が一番高いのが貴女なのです。貴女には、日本一のダンジョンでぜひそれを伸ばして頂きたい。そう、私は考えております」
「………」
……少しだけ、悩みます。
確かに、最近の私は壁に当たったまま足踏みをしています。そろそろ探索者として、大きく飛躍していかなければなりません。その意味では、猪崎局長からのご提案はまさに渡りに舟であると言えるでしょう。
ですがそれは、海堂さんと夜科さんを置いていく、ということに他なりません。私たち3人は、固い絆で結ばれた幼馴染……離れ離れになるなど、今まで考えたこともありませんでした。
果たして、私はどうすべきなのでしょうか……?
「三条さん、これはチャンスだと思います。絶対に行くべきです」
「おう、海堂の言う通りだな。萱人さんが復帰するまで、まだ時間がかかるんだろう?」
「……ええ」
「なら、帰ってきた時にびっくりするぐらいレベルアップした姿を見せてやればいい。俺はそう思いますよ、三条さん」
第4層で大怪我を負った萱人さんは、まだダンジョン探索には復帰していません。精密検査でも異常は見つからなかったのですが、大事をとってしばらくは療養に専念してもらっています。本人から聞きましたが、現在は本業を休職し京都の実家へ帰省しているそうです。
萱人さんのお父様が府警の重職を担っておられる方で、ダンジョン犯罪を捜査する部署の長を務めておられるとのこと。それもあって萱人さんは探索者に興味を持ち、本業の傍らダンジョンに潜っていたそうですが……果たして、こちらへ戻ってきてからも探索者を続けられるのでしょうか? 萱人さんは、まだまだやる気を失ってはおられないようですが……。
……そんな萱人さんを驚かせる、ですか。ふふっ、それはとても面白そうですね。
「……分かりました。猪崎局長、そのお話ですがお受けしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、ぜひ私からもお願いします、三条美咲さん」
横浜ダンジョン、日本一のダンジョン……果たして、どのような場所なのでしょうか? とても楽しみです。
「……とはいえ、すぐに出発するわけではありません。武具輸送のための専門業者の手配に、銃刀法に抵触しないために必要な申請もありますので……おそらく、出発は早くても4月中旬頃になるかと思われます」
「分かりました。それまでは、3人でダンジョン探索に邁進させて頂きますね」
「はい、よろしくお願いします」
◇
(猪崎保志視点)
「……ふぅ、なんとか三条美咲さんに了承を頂けましたね」
今回の留学、実は持永局長には既に了承を頂いておりました。あとは三条美咲さんから了承を頂ければ、成立する状態だったのです。
局長としての役割をまた1つ果たすことができ、一安心しました。鶴舞迷宮開発局長として、鶴舞ダンジョンの更なる発展は至上目的ですからね。
……三条美咲さん。旧名家出身の次女の方で、リーダーとして優れた素質を持っておられます。しかし経験不足は否めず、殻を破ることができておりません。
きっかけさえあれば、三条美咲さんがリーダーとして大きく成長するであろうことは分かっていたのですが……今回の探索者留学制度が、そのきっかけになるであろうと私は考えております。
「亀岡ダンジョンで、ゴブリンキング討伐を果たした探索者パーティ……そのリーダーの男性も、同時期に横浜ダンジョンへ留学するそうですからね」
聞けば、横浜ダンジョンの持永局長から亀岡ダンジョンの権藤局長へ、留学のお誘いがあったのだとか。権藤局長は少し考えてからそのお話を了承し、リーダーの男性もメンバーと話し合った末に、留学を了承したそうです。時期も、三条美咲さんと同じ4月中旬頃となりそうなのだとか。
まさに神様が誂えたかのような、絶妙なタイミングです。
「………」
……こうしていますと、やはり私には局長という立場がしっくりきますね。現場に近く、かつそれなりの権限を持ち、さりとて表舞台に出ることはほぼ無い。迷宮開発局長とは、まさに縁の下の力持ちという言葉が相応しい立場なのです。
そのような立場で私は、探索者の皆さんがより高みに羽ばたいていくための一助となりたい。常日頃より、そう考えておりますね。
「猪崎局長! 負傷者発生です!」
「おやおや、無理をしてしまったのですかね。
……負傷者の状況は?」
「頭をゴブリンに棍棒で殴られてしまい、意識がありません!」
「分かった、案内してくれ」
……さて。今日も探索者の皆さんの命を繋ぐ仕事に、精を出しますかね。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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