幕間4:亀岡ダンジョンでの蝶の羽ばたきが、世界のダンジョンに旋風を巻き起こすか?(2)
(嘉納尚毅視点)
「へえ。亀岡ダンジョンに第10層突破者が現れた、と」
「……そうだ、かのダンジョンでは初となるらしい。これで第10層突破者がいるダンジョンは、日本国内で4箇所になったわけだ」
横浜ダンジョンの長である持永局長に、『探索前に少し話したいことがある』と連絡をもらったので局長室に来てみれば……その内容は"他ダンジョンで第10層を突破した探索者が現れた"というものだった。なぜに俺たちへ伝えたのかは分からないが、まあすごいことだとは思う。
なんせ、第10層を乗り越えられる探索者パーティは結構少ない。横浜ダンジョンでも、大体80組に1組くらいの割合だろうか。元々の探索者数が圧倒的に多く、かつ持永局長の方針で探索者間の情報交換が活発な横浜ダンジョンでさえこれだからな。探索者数の少ない他ダンジョンなら、割合はもっと少なくなるだろう。
そんな状況で第10層を突破するというのは、並大抵のことじゃない。先陣を切った俺たちも、あの時は相当に苦労したしな。
……あれ? そういえば。
「ところで、亀岡ダンジョンってどこですか?」
「……京都駅から電車で20分ほど、北西に行った所にあるらしい。私もそれ以上は詳しく知らぬ」
「京都駅の北西、ねぇ……」
京都駅はさすがに分かるが、亀岡はあまりピンと来ないな。どんな場所なんだ?
「……ふーん、なるほどね」
「遥花?」
「海外観光客に人気のトロッコ列車に、保津川を下る観光船。桜や紅葉のシーズンはすごい人出なんだって。あ、サッカースタジアムもあるそうよ」
「へえ、そうなのか」
遥花がスマホで調べてくれたが、スタジアムを除けば自然豊かな観光地ってわけか。そんなところにダンジョンがあるんだな。
まあ、京都駅から電車で20分なら、探索者の人数もそこそこ多そうだが……。
「ちなみに、亀岡ダンジョンの所属探索者の人数は下から数えた方が早いそうよ」
「へ? なんで?」
「私もそこは疑問ね。立地はそこそこ良いはずなんだけど……強いて理由を挙げるなら、最寄り駅を通る鉄道路線が1本しか無いうえに、混雑で有名な路線だってことくらいかしらね?
……観光客の多さが、ダンジョンにとってはマイナス要素になってるのかしら。好き好んで人混みの中に行きたいと思う人は、ほとんど居ないからね」
だよなぁ。人が集まるってことは、それだけ良い場所だってことだが……それも、人が多過ぎたら本末転倒だ。せっかくの良さが失われちまう。
まあ、最近オーバーツーリズムって言葉を聞くようになったが……つまりはそういうことなのかねぇ。
「しかし、持永局長。第10層突破者が新たに現れたことは分かりましたが……それだけが、私たちを呼んだ理由ではありませんよね?」
「……うむ、そうだ」
うん? 珍しいな、滅多にポーカーフェイスを崩さない持永局長が、そんな渋い顔をするなんて。
「……昨日の緊急局長級会議で、亀岡ダンジョンの権藤局長から報告と共有があった。亀岡ダンジョンの第10層突破者が戦ったのは、ゴブリンジェネラルの変異種だったそうだ」
「「なっ!?」」
おいおいマジかよ、ゴブリンジェネラルにも変異種が居るのか!
いや、確かに小鬼強者……小鬼と呼ぶにはデカいヤツだが、そういう変異種とは戦ったことがある。だがあれは、元が弱いモンスターだからこそ変異種もそれなりの強さに収まっている。
その前提が、大きく崩れた。かなりヤバいヤツが出てきたんじゃないか?
「……権藤局長が、当該探索者から詳しく話を聞いてくれているそうでな。その内容をほとんど話してくれた。第10層を突破できるような優秀な探索者を、不慮の事故で絶対に失いたくないそうだ」
「そんなに強いヤツなんですか、その変異種は?」
ゴブリンジェネラルの変異種だから、ゴブリンキングとかそんな感じか? ジェネラルはゴリゴリの物理型だったが、本当にゴブリンキングなら魔法くらいは使ってきそうだ。
持永局長の、次の言葉を待つ。
「……【火魔法】と【地魔法】を自在に操り、生半可な物理攻撃を弾くバリアを纏う変異種。正式名称は"千鬼王"、通称は"ゴブリンキング"というらしい。戦闘の舞台は巨大建造物の中にある部屋で、ジェネラルが使う【鼓舞】や【仲間呼び】をキングも使ってきたそうだ」
なるほど、千鬼王……やはりゴブリンキングか。バリアは全身鎧の代わりだろう、ジェネラルもなんだかんだで結構守りが固いしな。
しかし、キングの【仲間呼び】はちょっと怖いな。まさかゴブリンジェネラルが呼ばれて出てくる、なんてことはないだろうが……。
「……ちなみに、キングの【仲間呼び】でゴブリンジェネラルが出てきたそうだ。小鬼強者が2体呼ばれるパターンもあったらしい。そのゴブリンジェネラルも【仲間呼び】を使ってくるから、危うく部屋がゴブリンだらけになるところだったそうだ。
まあ、そうなる前に速攻でジェネラルを落としたと、その探索者は言っていたそうだがな」
「「はっ?」」
これには、俺と遥花が揃って驚いてしまった。
ジェネラルの【仲間呼び】のクールタイムは、およそ5分という検証結果が既に出ている。検証大好きな探索者パーティが横浜ダンジョンに居て、その結果が共有されているわけだ。その"5分"という数字を目安として、ゴブリンジェネラルの討伐目標タイムは5分に設定されている。
そして、俺たちのジェネラル討伐平均タイムは4分08秒。【仲間呼び】1回で十分に収まるが、その1回で小鬼強者が出てきてしまうと、ジェネラルを倒すのに5分弱かかる時もある。それだけ小鬼強者は面倒な相手だし、ジェネラルもジェネラルで相当タフなモンスターなのは間違いない。
だが、持永局長の言い方から察するに……件の探索者は、キングがその場に居る状態で小鬼強者2体を5分以内に落とし、さらにジェネラルをも5分以内に仕留めている。状況が違うので単純な比較はできないが、俺たちに勝るとも劣らない実力を持つパーティなのは間違いないだろう。
「どんなパーティなんですかね?」
「……探索者としては4人パーティだ。だが、実質的には6人パーティだろうな」
「あ〜、なんとなく分かりました」
遥花が納得したように頷くが、俺にはサッパリ分からない。情報集めはほぼ遥花に任せっきりだからな……良くないのは分かってるんだが、俺が下手に動いても悪い結果にしかならないからなぁ。
「すまん遥花、俺にも教えてくれ」
「了解よ、尚毅。少し前に、他ダンジョンで使い魔を得た探索者が居るって話があったの覚えてる?」
「あ〜、確かにそんな話もあったな」
いっとき、横浜ダンジョン中がその話題で持ちきりだった。何人かはダンジョンを隅から隅まで探したらしいが、結局何も見つからなかったと嘆いてたな。
……ということは、もしかしなくてもそのパーティが?
「ふふ、尚毅も気が付いたみたいね。そう、そのパーティには使い魔持ちが2人も居るのよ」
「おいおい、マジかよ」
そりゃ強いに決まってるわな。状況によっては探索者よりも強いらしいし、連携さえ取れればゴブリンジェネラルなんざ目じゃないだろうな。
「……コホン、話を戻すぞ。ゴブリンキング戦は厄介なことに、戦いが始まった後は逃げられなかったそうだ。なんでも、退路を扉で塞がれたらしい。
強敵モンスターと、どちらかが倒れるまで徹底的にやり合う。探索者としては一番嫌なシチュエーションだろうな」
「「………」」
そんな状況でも、そのパーティはゴブリンキングを倒しきったってのか……ふっ、そうか。
「俺たちが日本で一番先を行っていると、そう自負してたんだがな。どうやら、日本という国は俺が思っていたよりも、存外広いものであるらしい」
「ええ、そうね。私たちも負けてられないわ!」
よし、そうと決まれば今日もダンジョン探索だ! 第20層の日本最速突破は俺たちが貰う、誰にも渡さないぜ!
「……そういえば、ゴブリンキングの攻撃で最も強力だったのが倒れ際の攻撃だったそうだ。当該探索者は"ファイナルアタック"と呼んでいるそうだが、ゴブリンキングのそれは巨大隕石を落とす魔法だったらしい」
「巨大隕石ですか、それは面白そうですね!
尚毅、ダンジョンに入ったら早速試してみてもいいかしら?」
おっ、遥花もやる気満々だな。だが、巨大隕石か……さすがに、入り口でぶっ放すのはマズくないか?
「第15層くらいまで待ちだな。他の探索者を巻き込みかねないし、なんか自爆魔法の臭いがプンプンしてきた」
「うっ、確かにそうね……そうするわ」
前にニュースか何かで見たが、現実の隕石ってのは高熱と衝撃波を広範囲に撒き散らすものであるらしい。それと同じ影響を及ぼすのなら、自分たちの魔法で自分たちがやられないように身を守る方法も考えておかないとな。
……つか、そのゴブリンキングと戦った探索者って、どうやって巨大隕石から身を守ったんだろうな?
「ま、どういう条件でゴブリンキングが出てくるのかは分からないが、出てきたら絶対に仕留めてやる!」
「……その意気だ、嘉納。全世界のゴブリンジェネラル討伐数が100万体になれば、ゴブリンキングが出てくるらしいぞ」
「ははっ、そうか。それならゴブリンキングが怒って出てくるくらいに、ゴブリンジェネラルを徹底的に狩りまくってやるか!
それじゃあ持永局長、早速探索に行ってくるぜ!」
最近ダンジョン探索がマンネリ化してたが、久々に張りのある探索ができそうだな。
◇
(持永昭視点)
「……ふむ、さすがは我らが横浜ダンジョンのエース。全く狼狽えておらんかったな」
意気揚々と局長室を出ていく2人の背中を見送った後、ふと独りごちる。
他の探索者から刺激を受けて、ポジティブな感情に変換し探索者として邁進できる……それができるからこそ、2人は横浜ダンジョンのエース探索者たり得るのだろう。本当に、私は良い人財に恵まれたものだ。
「……さて」
昨日の緊急局長級会議を改めて思い返す。真っ先に発言権を得た権藤局長が、やけに緊張した様子でゴブリンキングについて話していたが……私は、その姿に少しだけ違和感を覚えた。
「……あれは、全てを話し尽くしてはいないな。なんとなくだが、そんな気がする」
ゴブリンキングがどんな攻撃をしてくるのか、どんな特徴を持っているのか、という部分についてはちゃんと話してくれたのだろう。探索者の安全を考えれば、その部分の報告は決して手抜きできないからだ。
だが、それとは無関係な部分……例えば、ゴブリンキングのドロップ品については一切触れなかった。ゴブリンキングからどんな物を入手できたのか、その探索者からある程度は聞いているはずなのだが……よほど、表に出したくない情報があるのだろうか。
「……ふぅむ。先方が受けてくれるかは分からないが、ダメで元々だ。留学を打診してみるか?」
迷宮探索開発機構には、"探索者留学制度"という制度がある。探索者の別ダンジョン体験支援制度、とでも言うべき制度だ。
……ほとんどの探索者は、最初に所属したダンジョンから離れることが無い。探索時間確保のためにも居住地から近い方がいい、と考える探索者が多いことも理由としてはあるが……それ以上に、武器・防具を他ダンジョンへ運搬するのに大変な手間がかかるからだ。
特に、武器の運搬には苦労するだろう。大半の武器は持ち歩くと銃刀法や軽犯罪法に抵触する恐れがあるため、道中で絶対に使えないよう厳重な封印を施したうえで、専門の業者に運搬を依頼する必要がある。そこまでしてダンジョンを移りたい探索者はまず居ないので、結果的に最初のダンジョンへ通い続ける探索者が多いわけだ。
そのことを、ヤツは……東風浜大吾は察していたらしい。時の政権に脅しを掛け、"各ダンジョン間の武具運搬は、銃刀法における正当な理由にあたる"と半ば強引に認めさせたうえで探索者留学制度を創設した。
武具運搬やその手配、探索者本人が移動するための交通費負担、更には宿泊先の手配も全て機構の東京本部が行い、特定の探索者に短期間だけ別のダンジョンへ来てもらう制度だ。両ダンジョン局長の承認と探索者本人の了承が必要だが、探索者としての見識を広げるのに有意義な、とても良い制度だと思う。
……ヤツが発案した、というただ1点を除けばな。
「………」
……東風浜、大吾。
貴様にはいつか、報いを受けさせてやる。せいぜい、首を洗って待っているがいい。
「……ふぅ。さて、手配を進めるか」
件の探索者が所属する亀岡ダンジョンに、局長業務用携帯電話から電話を掛ける。さて、今日は権藤局長は在席しているだろうか。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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