幕間4:亀岡ダンジョンでの蝶の羽ばたきが、世界のダンジョンに旋風を巻き起こすか?(1)
(権藤重治視点)
「ああ、心配しましたよ皆さん! 中々戻ってこられないから……」
換金カウンターに座っていると、表の方からそんな声が聞こえてきた。どうやら、恩田探索者のパーティが戻ってきたらしい。
……ふと時計を見ると、時刻は既に午後7時を回っている。いつもは午後5時くらいには帰ってきていたのだが、今日は何かあったのだろうか。
まあ、恩田探索者が妙なことに巻き込まれるのはいつものことだ。今日もまた、その巻き込まれ体質が発動してしまったのだろう。周りにいる者からすれば、たまったものではないだろうがな……。
「ああ、権藤局長。お疲れ様です」
じっとカウンターで待っていると、予想通りの4人パーティ……使い魔も合わせると6人パーティが、換金スペースに入ってくる。その先頭を切って入ってきた恩田探索者が、俺を見て開口一番そう言った。
……恩田探索者は、場を相当に弁える男だ。そんな男があえてこう言うということは、局長としての俺に報告したいことがあるのだろう。
「……会議室の方がいいか?」
「ええ、ぜひ。余人にはあまり聞かせたくない内容ですので」
「分かった。今日はもう誰も来ないと思うが、誰か代わりに換金対応を頼む」
「了解しました」
たまたまその場に居た者に換金カウンターへ付いてもらい、裏手にある会議室へ6人を誘導する。さて、今日はどんなトンデモ話を聞かせて貰えるのだろうな。
そうして、会議室で全員が席に付いたところで……今更ながら、気が付いた。
「むっ、おい久我探索者、その血はどうした? 怪我を負ったようだが、大丈夫なのか?」
「へ? あ、え、そ、そうでした」
久我探索者の衣服が、血で真っ赤に染まっている。パッと見た限りでも、明らかに生命に関わるような出血量のはずだが……当の久我探索者はケロッとしている。自分が血だらけなことを今思い出したかのように、俺が問い掛けるまではごく自然体だった。
「探索中に、モンスターにやられて怪我をしてしまいまして。幸いにもポーションで治すことはできたんですが、衣服に付いた血はどうしようも無かったのでこのまま戻ってきたんです」
「そうか……」
あたふたする久我探索者に代わって答える恩田探索者だが、サラッと"ポーション"と言ったな。つまり、そこに座る九十九探索者と帯刀探索者は、ポーションの存在を既に知っているということか。
それを裏付けるかのように、九十九探索者も帯刀探索者も驚いた様子が全く無い。やはり、恩田探索者がポーションを持っていることは2人も承知済みであるらしい。
……ふむふむ、なるほどな。
2人とも、ようこそ恩田沼へ。今この瞬間、君たちも恩田ストーリーの共演者となったわけだ。俺と澄川だけで抱えるには重いと思っていたのだ、君たちは絶対に逃がさんぞ。
……とまあ、それはともかく。恩田探索者の説明には、少し腑に落ちない部分があるな。
「しかし、久我探索者にそこまでの大怪我を負わせるモンスターか。おそらくは特殊個体と戦ったのだろうが、仲間が重傷を負うまで戦うなぞ恩田探索者らしくない。一体何があった?」
調子に乗る時もあるようだが、基本的に恩田探索者は慎重な男だ。強敵相手に蛮勇を発揮するほど、愚かな人間ではない。そんな恩田探索者の仲間が、命に関わるであろう大怪我を負う……正直、違和感しか無い。
そして違和感があるならば、何かしらの理由がそこにはあるはず。仮にも局長という役職に就いている以上、俺はちゃんと確認しなければならないのだ。
「……その説明をする前に、まずはこちらを見て頂ければ。"アイテムボックス・取出"」
そう言って、恩田探索者はアイテムボックスから2つの物を机の上に取り出す。1つはやけに大きく真っ赤な魔石で、もう1つは王冠のような何かだった。
件のモンスターがドロップした物のようだが……。
「アイテムボックスで見てみましたら、"千鬼王の大魔石"と"千鬼王の王冠"という名前の品だそうです。どちらも、ゴブリンジェネラルの特殊個体がドロップしました」
「なに?」
第10層の階層ボス、ゴブリンジェネラルに特殊個体がいるだと? その名前が千鬼王ということは、"ゴブリンキング"とでも呼ぶべきモンスターが出現したってことか?
「……ふむ、それは非常に興味深い話だ。恩田探索者、もう少し詳しい説明を頼む」
「はい、実は――」
◇
「……なるほど、な」
恩田探索者から、より詳細な説明を聞いた……王冠や大魔石といった現物がここに無ければ、にわかには信じられない内容だったがな。
まさか、戦闘開始直後に退路を断たれるとは。ゴブリンジェネラル戦はいつでも撤退可能なので、恩田パーティはとんだ初見潰しに遭ってしまったわけだ。
「他のモンスターに特殊個体がいることは割と知られていたが、まさかゴブリンジェネラルにも特殊個体がいたとはな。さすがに俺も初耳だった」
「そのゴブリンキングの出現条件ですが、おそらくはゴブリンジェネラルを全世界にて一定数倒すことだと思われます。『全世界ニテ、百万ト葬ッタ』というようなセリフを、当のゴブリンキングが出現時に言っていましたので」
「そうか。しかし、全世界のゴブリンジェネラル討伐数か……計測不能、回避不能ではないか」
日本で第10層を突破している一般探索者がいるのは、横浜ダンジョンなどのごく限られたダンジョンのみになる。ゆえに、日本国内だけなら計測も十分可能なのだが……さすがに、海外動向の詳細までは分からないのが本音だ。
海外では早期にダンジョンが一般開放された国が多く、つられて第10層突破者も非常に多いと聞く。加えて、国によるダンジョンの管理があまり厳格でない場所もあり、その情報には確実に不足がある。国威発揚のために成果を盛っていたり、ブラフやフェイクを含ませて情報の真偽を分かりにくくしている国もあるだろう。
……そうなると、次なるゴブリンキングの出現時期が全く読めないのだ。全世界における1日当たりのゴブリンジェネラル討伐数は、今後も少しずつ増えていくという予想だけはできるがな。
そも、100万体ごとにゴブリンキングが現れるという確証も無い。実は10万体ごとかもしれないし、50万体ごとかもしれない。世界のどこかで既に出現していて、相対した探索者からの情報が何らかの理由でもたらされなかったかもしれないのだ。
……これは、早急に局長級会議へ上げる必要があるな。
「権藤さん、こちらからも1つ聞いてもいいですか?」
「うん? ああ、なんだ?」
「なぜ、第10層の情報がほとんど出回っていないのでしょうか? それさえ知っていれば、第10層の様子がおかしいことにも気付けて、ゴブリンキング戦に強制突入することも無かったと思うのですが……」
「それなんだがなぁ。我々元自衛官からすると、以前からの謎なんだ」
「謎?」
少なくとも、今日ダンジョンに挑む前から恩田探索者も気付いていたのだろう。初心探索者がインターネット等で情報を集めようとした時に、なぜか第4層と第10層の情報だけは極端に集まりにくい、ということに。
「俺が現役だった頃、何度か第10層の攻略動画の撮影を試みたことがある。だが、撮影する度になぜか第10層の映像だけが消えてしまったり、ビデオカメラそのものが故障してしまったりで1度もうまくいった試しが無いんだよ」
「そうだったんですか……あの、例えば紙媒体とか、口頭伝達とか他の手段ではどうですか?」
当然、それも試したことがある。俺と同じように第10層へ到達していた隊員とは、普通に会話できたんだが……。
「これも不思議なんだがな。第10層に1度も到達していない者に情報を渡そうとしても、なんだかんだで殆どダメになるんだよ。認めた報告書が悉く燃えて灰になったり、情報を喋ろうとしたら騒音やら緊急出動やらで遮られたり……今日の朝も恩田探索者に伝えようとしてみたんだけどな、重要なことだけがなぜか頭からスッポリと抜け落ちてしまった」
口を開く直前までは覚えていたのだが、いざ喋る段階になると何故か"ゴブリンジェネラル"とか"森の中の崩れた砦"とか、そういうキーになりそうな言葉が頭に全く思い浮かばなくなってしまったのだ。そして、そのことに俺は違和感すら抱くことができなかった。
恩田探索者が俺と話し終えて、ゲートに入っていってからふと我に返ったくらいだ。以前から、これは探索者に掛けられた呪いなんじゃないかと元自衛官内では恐れられていた。
「今でも"情報封鎖の呪い"なんて呼ばれてるな。本当に何をやっても伝えられなかったから、神様的な何かが力ずくで止めてるんじゃないか?」
「やはり、そうなんですね……」
俺自身は、特定の宗教を深く信仰しているわけじゃないけどな。それでも神様の存在を信じたくなるくらいには、この不可思議な現象は絶対に起こるものなのだ。
「……ふむ、積もる話もまだまだあるが時間が時間だ。今日はここまでにして、また時間がある時に詳しく話を聞かせてもらおうかな」
「了解です。ところで、この王冠はどうしますか?」
「どうもこうも、当然だがそれは恩田パーティの所有物だ。オークションで売るなり、自ら使い道を探るなり、自由にすべきだろう」
恩田探索者なら、悪いようにはしないだろうからな。そこは信頼しているつもりだ。
「分かりました。それでは、こいつは一旦アイテムボックスに収めさせて頂きますね。
……"アイテムボックス・収納"」
王冠がパッと目の前から消える。アイテムボックスの中に入ったか、それが次に出てくるのは一体いつのことになるのだろうな?
「それで、こちらの大魔石なんですが……」
「……いや、言わずとも分かる。ヒナタが食べたがっているのだろう? ずっと目線がそちらに釘付けだものな?」
「きぃっ! きぃっ!」
「……ぱぁ」
面白いのは、アキが大魔石にまるで興味を示していないことだ。使い魔にも魔石の好みがあるのかもしれないな。
「朱音さん、九十九さん、帯刀さん。申し訳ないんだけど、ゴブリンキングの大魔石は俺が貰ってもいいか? 俺の取り分から少し分けるからさ」
「恩田さんに大魔石を渡すのは賛成ですし、それでも私は4等分で良いと思うのです。むしろ、4等分でも私たちは貰い過ぎだと思うのです」
「右に同じよ。特に私は色々と貰い過ぎだから、配分は全て恩田さんに任せるわ」
「私も同じです。あれだけ貴重なスキルスクロールを頂きましたので……」
ふむ、すんなりと決まったか。報酬の配分に関してはよく揉めるのだが、恩田パーティの雰囲気はかなり良いようだな。
「……分かった。それじゃあ、ありがたく頂戴するよ。ヒナタ、それ食べてもいいぞ」
「きぃっ!」
恩田探索者の合図で、ヒナタが大魔石に飛び付く。よほど待ち侘びていたのだろう、物凄い勢いで齧り付き始めた。
「そうだ。今のうちに、換金もお願いしてよろしいですかね?」
「おう、任せな。袋は持ってきてるし、机の上に出していいぞ」
「それでは……"アイテムボックス・取出"」
瞬間、机の上に大量のアイテムが出現する。相変わらずすごい量だな……本当に、恩田探索者のアイテムボックスは規格外だ。
一般的な探索者なら、持ち帰るアイテムは選別する必要がある。運べる量には限度があるからだ。それをまるっと無視できるだけでも、恩田探索者の存在価値は計り知れないものがある。
なんせ、亀岡ダンジョンは恩田以前と以後で収益が桁違いに変わってるからな。今では、亀岡ダンジョンの収益のおよそ9割に何らかの形で恩田探索者が関わっている。月単位では2ヶ月連続で赤字だったが、このまま行けば黒字ダンジョンに仲間入りできそうだな。
「ちょっと待ってな。今換金してくるから……」
収納袋に入れて運ぶ途中、ふと一覧を見ると小鬼強者の大魔石が2個入っていることに気がついた。そうか、ゴブリンの特殊個体も倒してたんだな、恩田パーティは……。
……それほどの実力があるだけに、実に残念だ。恩田探索者はともかくとして、他の3人は事情があって長時間の探索ができないからな。
第15層くらいまでは、効率よく進めば日帰り探索も可能だが……それより深く潜ろうとすると、ダンジョン内での寝泊まりが必要になる。恩田探索者以外の3人には、それが難しいのだ。特に、帯刀探索者にはな。
もっとも、そのことには恩田探索者も気付いているはず。何かしら対策方法を考えていると思うが、果たして良い案を見出すことができるのだろうか。少しだけ、期待して見ていこう。
さて、計算計算。なぜかラッシュビートルの魔石が175個もあるし、他のと合わせて20万は余裕で超えそうだな……。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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