3−98:VSゴブリンキング(5)
「"パワーゲイン!" "クイックネス"! "マジックガード"! "プロテクション"! "マジカルブースト"!
……朱音さん!!」
気付くと俺は、ありったけの付与魔法を自分に掛けながら駆け出していた。これで残魔力量は3割を切ってしまったが……今はそんなことはどうでもいい!
――ドシュッ!
「がふっ……」
――バタッ……
無数の水晶が朱音さんの体から引き抜かれ、地面へと引っ込んでいく。支えを失った朱音さんが、その場に仰向けになって崩れ落ちた。
……そして、朱音さんを中心に赤い水たまりが広がっていく。水晶を抜かれたことで、傷口が開いてしまったのか……くそっ!
「……く、う……この……!」
『フン、マダ息ガアルノカ、小娘ヨ。余ノクリスタルスパイクヲ弾クトハ、随分ト頑丈ナ鎧ノヨウダガ……ソノ有様デハ、苦シム時間ガ長引クダケダッタナ』
左膝を付いたまま、ゴブリンキングが錫杖を左手に持ち替えて振り上げていく。
『コレ以上苦シマヌヨウ、余ノ手デトドメヲ刺シテ――』
「んなことさせるかっ!! "ホーリーランス"!」
――ブォン!
右手に光の槍を作り出し、ゴブリンキングに全力で投げつける。パワーゲインとマジカルブーストとクイックネスの全てが乗った光速の一撃だ、受け取りやがれ!
『ナニッ!? 小癪ナガッ!?』
――バギィッ!!
――カラカラカラ……
雑に狙ったせいで、ゴブリンキングではなく錫杖に命中してしまったが……その錫杖が弾き飛ばされ、地面を転がっていく。
そして、ゴブリンキングはなぜか錫杖に気を取られていたので、その隙に朱音さんの元へと駆け寄った。
「……くっ!?」
サッと状態を確認したが……酷い、腰から下のスカート部分が全て血で真っ赤に染まっている。
下手に動かしてはいけないのかもしれないが、ここでは危険過ぎて応急処置もできない。とにかく、一刻も早くゴブリンキングから朱音さんを引き離さなければ!
『グッ、余ノ錫杖ヲヨクモ……!』
そっと優しく朱音さんを抱き上げて、その場を急いで離れていく。あの錫杖はかなり大事な物なのか、ゴブリンキングは足を引き摺りながらもそちらに執心している。
「……う……おんだ、さん……」
「……盾、展開」
30メートルほど離れた所で、朱音さんをそっと下ろす。それから少し迷って、床付きドーム状に防壁を張った。あのクリスタルスパイクのような攻撃が、また飛んでこないとも限らないからだ。
「……すまない、ちょっと見るぞ」
最も状態が酷いであろう、両足の具合を確認する。
……無数の水晶が貫通したのだろう、足は貫通創でズタズタになっていた。更に、水晶にも長さの違いがあるのか、そのうちのいくつかは胴体の下辺りまで届いてしまっているようだ。思っていた以上に朱音さんの傷は深い。
足装備がフィアリルグリーヴ (ランク2)だったせいか。防御力が足りなかったせいで、ここまでダメージが大きくなってしまったのかもしれない。
「……あ、う……」
「待ってろ、今治すから。"ヒール"……クソッ、さすがに回復力が足りないか」
足に手を当てて回復魔法を使ってみたが、焼け石に水だった。表面的な傷は多少塞がっても、本当に致命的な部分の傷が全く塞がらない。
かといって、俺の魔力残量を全て使って回復魔法を唱えたところで、朱音さんの傷を完全に癒すのは不可能だろう。
「くっ、"アイシクルエッジ"!」
――キンッ! キンッ!
向こうでは、帯刀さんが必死に魔法攻撃を放っている。あれは【氷魔法】か? 今まで帯刀さんが使った所を見たことはないのだが……。
『マサカ、余ニソノヨウナ半端ナ魔法ガ効クトデモ思ッテイルノカ?』
「くっ……」
弱点属性のはずなのだが、ゴブリンキングに効いている様子が無い。使えるには使えるが、根本的に威力が足りないのかもしれない。
「"フレイムセイバー"っ!」
――バゴゥッ!!
続けて、九十九さんが渾身の【火魔法】を叩き込むが……。
――バフォンッ!
『フンッ、分カッテイタハズダ、小娘ヨ! 余ニ【火魔法】ガ効カヌコトナド!』
「くっ、肝心な時に通用しないのです……!!」
九十九さんの攻撃魔法が直撃しても、ゴブリンキングは傷1つ負っていない。火属性耐性があまりにも高すぎる、ほぼ無効化してるんじゃないかコレ?
「きぃっ!」
――ゴゥッ!
『グヌッ、マタ風ノブレスカ! ハエノヨウニ飛ビ回リヨッテ、鬱陶シイ小娘ヨ!』
ヒナタも空からウインドブレスを撃ち込むが、怯みはするものの威力が足りない。それでも、ヘイトが移ろいやすいゴブリンキングの特性を理解してくれているようで、キングが俺たちに背を向けるよう誘導してくれている。
「ぱぁっ!」
――ブシュウゥゥ……
続けてアキが、幻惑の霧を放つが……。
『フン、同ジ手ガ2度効クト思ウナ!』
錫杖であっさりと振り払われる。ただ、払ったということは2回目は耐性ができるとか、そういうことはほぼなさそうだ。
『燃エ上ガレ、炸裂セヨ、赤キ粉塵! 余ノ周リ全テヲ吹キ飛バセ!』
「っ!!」
ゴブリンキングの詠唱に、帯刀さんが一気に距離を取る。すぐに距離を離せるよう、あらかじめ備えていたようだ。
『"レッドイグニッション"、点火!』
――ドゴゴゴゴゴゴゴォーン!!
ゴブリンキングの周りに赤い粉のようなものが噴き出し、激しく爆発した。威力は高そうだが、近距離限定か。
……などと油断していると、遠距離に粉を飛ばして起爆してくるかもしれない。
……4人が、全力でゴブリンキングを足止めしてくれていることはよく分かった。ならばここは、俺がどうにかするしかない。
「あし……の、かん、かくが、ない、の……おんだ、さん……」
「………」
……こうしている間にも、朱音さんの命の砂時計から、少しずつ砂が零れ落ちていく。顔色が少しずつ悪くなり、青褪めていっているのが分かる。
……そうだったな。こういう最悪の事態を想定して、コレをとっておいたんだよな。今こそそれを使う時だ。
「"アイテムボックス・取出"」
「……!? そ……れは……!」
アイテムボックスからある物を取り出す。それを見た朱音さんが、驚きの表情を浮かべた。
「ああ、そうだ。俺の知る限りでは、世界最高の万能治療薬……ポーションだ」
小さなビンに入った緑色の液体が、チャプン、チャプンと音を立てた。病気も怪我も根こそぎ完治させ、後遺症すらほとんど残さない奇跡の秘薬……それが今、俺の手の中にある。
「まさか、忘れちゃいないよな? 俺がもう1つ、ポーションを持ってるってことを」
「………」
出番が無く、アイテムボックスの肥やしと化していたが……どうやら使うべき時が来たようだ。
「……だめ、よ……まえに、1つ、もらってる、もの……これ、いじょうは、おんだ、さんに……もうしわけ、ない……わ……」
「ポーションなんぞ、また手に入れればいい。取り返しのつかないことになるくらいなら、ここでポーションを使う以外の選択肢は俺には無い」
「……でも……」
朱音さんがまごついているが、迷っている時間は無い。早く使わなければ、朱音さんが力尽きてしまう。
しかし、嚥下できるほどの力が今の朱音さんに残っているのか。傷に振りかけるだけでも効くそうだが、うまくかけないと全部は治せないらしい。そう考えると、できるだけ経口で飲ませてやりたいところだ。
「……飲めるか、朱音さん?」
「……むり、かも……そのまま、こぼしそう……」
朱音さんに聞いてみたが、やはり厳しいようだ。
……仕方ない。朱音さんのことを考えると、できればやりたくはなかったが……。
「……あとでいくらでも怒ってくれ、朱音さん」
「……?」
そう言ってから、小瓶の中身を少しだけ口に含む。
そのまま、朱音さんと唇を重ねた。
「……んむぅっ!?!?!?」
「んぐ……」
口移しで、朱音さんにポーションを飲ませる。いきなりのことで混乱している様子の朱音さんだったが、命を救うためだ。あとでいくらでも責任は取らせてもらう。
「……んむぅっ……んっ……」
――コクッ、コクッ、コクッ……
唇を塞ぎながら少しだけ空気圧を加えてやると、ポーションを少しずつ飲み込む音が朱音さんの喉から聞こえた。これで、しばらくすれば傷が治り始めるだろう。
……だが、万全を期すならせめて半分は飲ませてやりたいところだ。そっと口を離し、再びポーションを口に含んでいく。
「ぷぁ、はぁ、はぁ……ちょっ、恩田さん、もう自分で飲めるから待っんむぅっ!?」
「んぐっ」
――ゴクンッ
朱音さんに2回目の口移しを行う。1回目のポーションが効いてくれているのか、今度はわりとスムーズに飲み込んでくれた。
「ぷはぁっ! うっ、あぅっ……!?」
「っ!? 大丈夫か朱音さん!?」
口を離すと同時に、朱音さんが小さく呻きだした。心配になって顔を覗き込んでいると……。
――シュゥゥゥゥゥ……
煙が立ち上るような音が聞こえたので、朱音さんの足を確認してみる。
「……お、おお、これは……」
――シュゥゥゥゥゥ……
まるで時を逆再生したかのように、無数にあった貫通創が劇的な勢いで塞がっていく。同時に、血を流しすぎて悪くなっていた朱音さんの顔色も、一気に良くなっていった。
……そして、ものの十数秒ほどで朱音さんの体は元通りになった。あれだけ酷かった出血は完全に止まり、貫通創の跡も一切見当たらなくなった。
「ふう、なんとか間に合ったか。良かったよ」
「………」
小瓶の半分ほどしか飲ませていないのに、この劇的な回復力。流れ出た血を補い、致命傷さえ綺麗サッパリ消し去るポーションの威力は凄まじいの一言だった。
とはいえ、さすがのポーションも既に流れ出た血を消すことはできないので、朱音さんの衣服は真っ赤に染まってしまっている。幸いスカートに目立った傷は入っていないが、履いていた靴下なんかは真っ赤なボロに成り果ててしまった。
「……ううっ」
「っ!? 朱音さん、まだどこか痛むのか!?」
口元に手を当てて、朱音さんが体を震わせている。まだ痛みが残っているのだろうか、ポーションでも治せない傷はさすがに俺ではどうしようもない……。
「……恩田さんに、私のファーストキスを奪われちゃいました。責任取ってください」
「……へ? お、おおう……?」
予想外の言葉に、思考が一瞬停止する。
だが、緊急事態だったとはいえ朱音さんのファーストキスを奪ってしまったのか。それは責任重大だな。
「もちろんだ、責任はいくらでも取らせてもらう」
「……本当に?」
「ああ、二言は無い」
「なら、帰ったら私と――」
「――"フレイムピラー"! そんなピンク空間展開してないで2人とも早く戦闘に復帰するのですっ!!!」
「「っ!?!? そ、そんな空間展開してないぞ!」」
九十九さんの一喝で、慌てて戦闘に復帰する……その前に。
「"アイテムボックス・取出"、"アイテムボックス・収納"! 朱音さん、とりあえずそれを使って!」
「え、ええ!」
ボロボロになったグリーヴを回収し、装飾珠ランク2を渡す。今はそれしか在庫が無く、正直かなり不安だが無いよりはマシだろう。
……さて、ゴブリンキングには超特大の借りができてしまったな。これは、何十倍にもして返してやらねばな。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。