3−93:ちょっと様子見第10層、ボスまでは戦わないぞ、と……?
「さて、この後はどうしようか? 俺としては、今日は第10層の様子見だけして帰ろうと考えてるんだが……」
「……あ、やはりそうなのですね」
「ふふ〜ん、なのです♪」
「「???」」
帯刀さんが感心したような様子で九十九さんを見て、九十九さんはドヤ顔で胸を張っている。九十九さん以外の人がやると腹が立つ挙動なのだが、九十九さんがやると途端に微笑ましく感じてしまうのは……うん、まあそういうわけだ。決して口には出さないけどな。
「……まあ、それはともかくとして。噂でしか聞いたことは無いけど、第10層のボス戦は逃走可能らしい。それ以上の情報がなぜか全く入ってこないんだけどな」
「うーん、検討のしようが無いのよね。どんな姿のボスなのか、どんな攻撃をしてくるのか……微妙ね」
「まあ、逃走可能ってことは自分の目で確かめろってことなんだろう。ある意味救済策の1つなんだろうさ、普通は逃走不可でもおかしくないんだから」
……もっとも、セーブ&ロードができるゲームだからこそそれが成り立つ部分もあって、現実だと非常に厳しいものがあるけどな。ゲームなら戦闘に負けてもセーブ地点まで戻されるだけだが、俺たちは負ければ人生の終わりなのだから……。
「しかし、考えれば考えるほど不思議ですね。ダンジョン情報はあらゆる媒体にたくさん転がっているというのに、第4層と第10層の2つの階層についてだけはほとんど欠落している……というのは」
「ああ、それは確かに思った」
探索者になりたての時も、第4層の情報だけはほとんど集めることができなかった。だからこそ、百聞は一見にしかずと第4層に立ち入ってみれば……まさか、あれほど大量のモンスターが押し寄せてくるとは思わなかったのだ。あの時はどうにかモンスターを殲滅できたが、事前情報があればあそこまで苦戦はしなかったと思う。
問題は、第4層や第10層の情報がなぜ入ってこなかったのか、だが……。
「……意図的に誰かが隠してる、とかかしら?」
「それは俺も思ったが、現実的に無理じゃないか?」
ダンジョンが出現して早3年、時代もあってか情報共有はかなり進んでいる。そこには玉石混淆、多様な情報があるのだが……第4層や第10層の場合、情報そのものがほとんど存在しないのだ。それは、どう考えてもおかしい。
インターネットが日常的に使われるようになった現代において、特に機密でもない情報をピンポイントで隠す、あるいは消すというのは土台無理な話なのだ。ダンジョン関連情報全てが規制されているのであれば、状況としてはまだ分からなくもないのだが……第6層から出現するラッシュビートルの情報や、第7層から出現するインプが【火魔法】のスキルスクロールをドロップする、という情報が普通に出回っている中で、第4層と第10層の情報だけ抜け落ちているのはどう考えても不自然だ。
もし俺がインフルエンサーなら、絶対に調べて情報公開するだろう。注目も金も集まりそうだからな。
実際、少なくない人数の探索者が動画配信などでダンジョン情報を発信しているし、最初に貰ったパンフレットにも"ダンジョン内部の情報を外部に漏らしてはいけない"とは書いていない。海外では、ダンジョン関連情報の発信が厳しく制限されている国もあるらしいが……日本では特に禁止されていないし、国の主導によって各種投稿内容が検閲・削除されることも無いはずだ。
「………」
……どうにも、神の如き超越者の存在がちらつくな。現代世界のネットにさえ影響を及ぼし、特定のダンジョン情報だけを強制的にカットする力を持った、何者かの存在が。
俺自身は特に宗教に対する拘りは無いが、それこそ神様のような存在でもいなければ起こり得ないことが、現実に起こっているのだ。
「……まぁ、今考えても詮無いことか」
「そうね」
本当に、そんな存在がいるのか。直接確かめることはできないが、間接的に確かめる方法は無いわけでもない。
……俺が第二級陸上特殊無線技士の資格を取ることが前提となるが。それさえ取れば、第4層や第10層のダンジョン攻略生配信ができる。そこで不可解な何かが起きたなら……間接的に、超越者の存在を証明できるというわけだ。
よし、資格を取れたらまた権藤さんに相談してみよう。
「さて、サクッと第10層を様子見して今日はもう戻ろう。みんな、休憩は大丈夫か?」
「ええ、オッケーよ」
「私も大丈夫です」
「いつでもイケるのです!」
「ぱぁっ!」
「きぃっ!」
各々返事をしてくれたので、全員で階段を下りていく。さて、第10層とは一体どのような場所なのだろうか……。
◇
「……これは、すごいな」
「荘厳、とでも表現すべきでしょうか」
「広い通路……横幅だけで何メートルあるのかしら? 高さもすごいわね」
「大きな石柱がたくさん並んでるのです。しかも、全部の柱に松明が付いてるのです。さすがボス階層なのです」
階段を下りた先の第10層は、これまでとは違う風景が広がっていた。
例えるなら、ヨーロッパ風高級ホテルのエントランスだろうか。階段を下りた先がそのまま細長い通路――細いと言っても、普通に10人くらいが並んで歩ける幅があるのだが――になっていて、通路の真ん中は赤い絨毯がまっすぐ先まで敷かれている。絨毯の両脇には巨大な石柱が等間隔で並んでいて、めちゃくちゃ高い天井にまで届いていた。
洞窟、草原ときてからのこれは、相当な落差がある。自然的なフロアがずっと続いた後にいきなり人工的なフロアが来るとは、ダンジョンは本当に摩訶不思議な場所だな……。
「……で、あれがボスエリアってところか」
石柱が40本ほど並んだ先、大体ここから200メートルは離れているだろうか。正面の壁に開いた入り口の向こうが、どうやら部屋になっているらしい。
その部屋だが、距離が遠いのと松明では光量が足りないのか、中の様子がよく分からない。ちょうどここから見える位置に、椅子らしきものが置かれていることだけは分かるのだが……さすがにこの距離だと、オートセンシングの反応もぼやけて分かりづらい。
「もう少し近づいてみようか」
モンスターの気配は今のところ無いが、出てこない保証はどこにも無い。最大限警戒しつつ、全員で固まって通路の先へと進んでいく。
「………」
そして、通路と部屋の境界付近まで来た。あと数歩進めば、部屋の中に入ることとなるが……まずは、そっと部屋の中を覗き込んでみる。
「……広そうだな」
「暗くてよく見えないわね……恩田さんはオートセンシングで?」
「おう、さすがに肉眼では見えんな」
朱音さんが隣で目を凝らしているが、やはり暗くて見えないようだ。通路にはたくさんあった松明が、部屋の中には1つも無いからだろう。
一応、オートセンシングにより部屋が70メートル四方ととてつもなく広いこと、部屋の中央奥辺りにかなりゴツい椅子のようなものが鎮座していること、天井の高さが25メートルほどあることだけは分かったが……それ以上の情報は残念ながら得られなかった。
「……ボスモンスターの姿が無いな」
それより気になるのは、ボスモンスターの姿がどこにも見当たらないことだ。あのゴツい椅子に座っていてもおかしくないのだが、今のところそういった様子は確認できない。
「部屋に踏み入るか? みんな、どう思う?」
部屋に入ればさすがに出てくるだろう。通路が長いのがちょっと怖いが、クイックネスを掛けて全力で逃げれば、追い付かれることはないはずだ。
……ただ、なんだろうな。
この荘厳な雰囲気、最初のボスフロアにしては随分大袈裟な気もするな。
「ボスの顔も見ずに撤退なんて、ちょっともったいなく感じるわ。ここは行きましょう」
「私も、朱音さんと同じ意見です」
「せっかくだから行くのです!」
「きぃ!」
「ぱぁ」
アキだけは気乗りしていないようだが、他は全員乗り気のようだ。
……よし、決めた。
「……ごめんな、アキ。ちょっとだけ見て帰るから、少しだけ付き合ってくれな」
「ぱぁ!」
「いいよ、だって」
アキの同意も得られたので、意を決して大部屋に踏み込む。
……静かだ。俺たちの足音以外、一切何も聞こえない。
「……ちょっと不気味かも」
「うう、お化けとか出てきそうなのです……」
「ま、まさか……そ、そんなことないですよね、恩田さん?」
うん? 九十九さんと帯刀さんはお化けが苦手な人なのか。朱音さんは平気そうだが。
しかし、幽霊型のモンスターか。幽霊とは少し違うが……。
「ここに出てくるかは、ちょっと分からないけどな。海外の猛者が語った所によれば、第25層辺りからそういうモンスターも出てくるらしいぞ?」
「「!?」」
最深到達階層第26層を誇るアメリカのトップ探索者が、自らの動画チャンネルで話していた内容だ。真偽は不明だが、第25層以降は謎の建造物の中を進む形になっていて、そこにはアンデッド系のモンスターがわんさか出てくるそうだ。
そして、第26層では半透明の体を持った浮遊型モンスターが出てくる、とも。そのモンスターに対して有効打が与えられなかったので、それ以上の探索を諦めて撤退してきたそうだ。
「そのモンスターには、一切の物理攻撃が通用しなかったそうだ。おそらく、スキル系の攻撃とかしか効かな――」
『――グォォォォォォォォォォ……』
「「「「!?!?」」」」
低く腹に響くような声に、全員が反射的に戦闘態勢をとる。特にそういう系の話をしたばかりだからか、九十九さんと帯刀さんが落ち着きなく辺りを見回している。
だが、敵の姿はどこにも見当たらない。オートセンシングにも反応は無い。
そうして辺りを警戒していると、更に声は続いていく……。
『貴様ラ人間共ハ、余ノ有能ナル部下ヲ……全世界ニテ、百万ト葬ッタ。ソノ罪ハ山ヨリ重ク……余ノ怒リハ、余ノ恨ミハ、大海ヨリモ深イ』
――ドスンッ!!
「「「「っ!?」」」」
――ボッ、ボッボッボボボボボボボボ!!
大きな振動と、一瞬の間。次いで、部屋の壁に掛けられていたであろう松明が大量に燃え上がる。
そして、煌々と照らし出された部屋の中。振動が響いた瞬間には、既にオートセンシングで検知していたのだが……部屋の真ん中にあった玉座に、巨大な人型モンスターがいつの間にか鎮座していた。
――ギギギ……バダンッ!!
「あっ……」
何かが閉まる音と振動、そして帯刀さんの声が後ろから聞こえてきた。えっ、嘘だろ、まさか……。
おそるおそる、後ろの様子を確認する。
部屋の入り口が、金属製の2枚扉で完全に閉じられていた。そんな所に扉があったのか、とどこかのんきな感想が頭をよぎったが……これで、退路は完全に断たれてしまった。
「……え? え? 現代ダンジョンは、ボス戦からも逃げられるんじゃなかったのか?」
僅かに伝え聞いた噂話など、やはり信用ならないものか。そう思っていたのだが……どうやら、それは違うらしい。
『余ノ部下タル、ゴブリンジェネラルカラハ逃ゲラレテモ……余カラハ決シテ逃ゲラレヌ。覚悟セヨ、人間共』
俺の言葉に答えながら、その巨人がおもむろに立ち上がった。
……デカい。俺の倍以上、いやもっとあるかもしれない。身長4メートル以上なんて、人間では絶対にあり得ない巨大さだ。
しかし、目の前のモンスターは間違いなく人型だ。焦げ茶色の肌は宝石散りばめられた豪奢なローブに包まれており、右手には巨大な錫杖のような杖が握られている。そして巨人の頭には、ルビーのように赤い巨大宝石が嵌め込まれた王冠が乗っていた。
……これまで俺たちは、色々な特殊モンスターと戦ってきた。そのどれもが非常に手強く、まさに強敵と呼ぶに相応しい実力の持ち主だった。
ならば。第10層で本来現れるはずのボスモンスターが、何らかの条件を満たしたことで特殊個体化してしまったとしたら?
そして、その条件が本来のボスモンスター……この巨人の言葉を借りるのであれば、全世界のダンジョンにてゴブリンジェネラルを一定数倒すことであるなら。
俺たちは、とんでもない不運を引き寄せてしまったのかもしれない。
『余ハ、ゴブリン族ノ王……ゴブリンキングナリ!!』
――ドンッ!!
錫杖を地面に打ちつけながら、巨人――ゴブリンキングが名乗りを上げる。
予想だにしない強敵との戦いに、なし崩し的になだれ込んでしまった。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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