幕間3:とある横浜ダンジョン探索者の1日(前編)
ここで、2話ほど幕間を挟みます。恩田以外の探索者が普段どのようにダンジョンを攻略しているのか、ここで軽く紹介できればと思っています。
……もちろん、それだけが幕間の目的ではありません。幕間明けの3−93話を、楽しみにお待ちください。
それでは読者の皆さま、良き小説ライフを!
(三人称視点)
さて、大変急な話ではあるが……ここで、とある一般探索者パーティの1日を見てみたいと思う。
今や、すっかりと見慣れた恩田パーティの探索風景であるが……あれが普通だなどと思われては、圧倒的大多数の一般探索者から非難の嵐を食らうだろう。それぐらいに、恩田パーティの探索は色んな意味で常軌を逸している。
ゆえに、ここで一般探索者の探索風景を紹介したいと思う。一般探索者といっても現時点での日本トップクラスパーティであるので、比較対象としてはかなり上等なものとなるだろう。
場所は、横浜ダンジョン……現在の日本においては、最も探索が進んだダンジョンだ。そこに在籍する探索者はレベルが非常に高く、複数のパーティが第10層を突破している。
そして今日、その動向を追う探索者パーティは……。
「本日もよろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
男性2人に女性2人の、4人パーティ。最深到達階層は第13層と、横浜ダンジョンでも屈指の実力派探索者パーティである。
「さて、今日の目標は第14層への到達です。基本的には日帰りを予定していますが、イレギュラーな事態に備えて寝袋等を持ち込みます」
他の3人に向けて語り掛けるリーダーの女性は、【黒雷の魔女】ギフトを持つ後衛魔法タイプの探索者だ。ギフトの効果で【闇魔法】と【雷魔法】を得意とし、パーティの統率とダメージソースの役割を担っている。
雷の意匠が施された杖にとんがり帽子、フード付きローブと典型的な魔法使いの格好をしているが、装飾品も含めて装備しているのは全てランク3の逸品だ。日本トップクラスパーティに恥じない装いである。
「私、ダンジョン内ではあんまり寝たくないのよね……体凝っちゃうもの」
もう1人の女性は、【炎騎士】ギフトを持つ前衛守備タイプの探索者だ。重装甲に大盾と片手剣を装備し、タンクの役割を担っている。またギフトの特性で【火魔法】も操ることができ、火属性に弱い相手にはダメージソースとなることもできる。
「俺は座ってても快眠だぞ?」
残る男性2人のうち、1人は【鎚戦士】ギフトを持つ前衛戦士タイプの探索者だ。大きな鎚を両手で持ち、守りよりも攻めを得意とする生粋のパワーファイターである。物理的に固い相手には特に有効で、対ラッシュビートル戦では毎回大活躍している。
加えて、持ち前のパワーを活かした荷物持ちも引き受けている。荷物持ちなどと侮るなかれ、ダンジョン探索に必要な各種用品の持ち込みだけでなく、戦利品の持ち出しもしなければならない。彼女ら彼らの食い扶持は、この男性が守っていると言っても過言ではないのだ。
「いやいや、それができるのはあなただけでは? 僕には無理ですって」
もう1人の男性は、【遊撃手】ギフトを持つ中衛遊撃タイプの探索者だ。短剣と弓の両方を装備し、機動力を活かしてパーティ全体のフォローを行う役割を担っている。非常に地味だが、非常に重要な役割である。
この4人によるダンジョン探索の様子を、これから追っていこうと思う。
まず、第1層〜第3層での様子はほとんど省く。いくら油断大敵とはいえ、第10層以降を主戦場とするパーティがこんなところで躓くわけが無いからだ。
特殊個体でも出てきたら話は別だが、今日は最前線を横浜ダンジョン最強の2人組が進撃している。よほど運が悪くない限り、その後に特殊個体と遭遇することなどあり得ないのだ。
「今日も魔石は無視でいいか?」
「はい、そうしてください。帰り道に余裕があれば、倒した分だけを拾う形でいきましょう」
「オーケー、それじゃあ装備珠だけ拾ってくぜ」
そして、4人はここでは魔石を一切拾わない。装備珠は嵩張らないうえに高く売れるが、魔石は荷物になるクセに金額がしょっぱいので放置していくのだ。横浜ダンジョンは探索者の絶対数も多いので、続行パーティが勝手に拾うなりなんなりするだろうと4人は考えているわけだ。
……で、だ。第10層以降はおろか、第8層辺りを主戦場にするパーティも軒並み同じ行動をとるので、横浜ダンジョンの上層部は魔石がそこら中に落ちている。駆け出しパーティにとっては貴重な収入源になるので、毎回奪い合いになるのは横浜ダンジョンあるあるだといえよう。
続いて、第4層だが……。
「……ここは一気に抜けます。全員、準備はよろしいかしら?」
「ええ、いつでもいけるわ」
「俺も大丈夫だ」
「僕も大丈夫です」
上から【炎騎士】、【鎚戦士】、【遊撃手】の順に返事する。そうして4人は、第4層のモンスターにギリギリ見つからない位置でぐっと姿勢を低くし……。
「……GO!」
リーダーの女性の掛け声と共に、一気に飛び出す。さすがは第10層を突破した探索者だけあって、一番足が遅い【炎騎士】の女性でも日本トップスプリンターを超えるスピードで走り抜けていく。
「「「「ギャギャギャ!?」」」」
「「「「キィィッ!?」」」」
「「「「ギィィッ!?」」」」
当然、第4層のモンスターは4人の存在に気付くのだが……その時には既に、残り3分の1くらいの距離まで4人は駆け抜けていた。
「……ふっ!」
――ピシュッ!
――ドスッ!
「ギャッ!?」
こういう時、先頭を走るのは決まって【遊撃手】だ。敏捷力の高さと射程の長さを活かし、露払い役をするのだ。
ちょうど今、たまたま道を塞いでいたゴブリンが【遊撃手】の男性に矢を射られて排除される。ドロップする魔石と装備珠には誰も目もくれず、4人は下り階段へと滑り込んでいった。
「……ふう、今日は邪魔してくるモンスターが少なかったね。僕的には楽でいいけど」
「俺は足があまり早くないからなぁ。第4層はいつも緊張するな」
「モンスターに囲まれれば、私たちでも危険ですからね……」
「今日も無事抜けられて良かったわ」
口々に、第4層の感想を述べていく。ゴブリンを1体だけ仕留めたものの、4人はモンスターにもドロップアイテムにも一切構うことなく駆け抜けていった。
……そう。本来、第4層はこのようにして攻略すべき場所なのだ。
どれほど探索者側が強くても、最大300体を超える大量のモンスターと戦えば消耗は避けられないし、場合によってはそのまま命を落としかねない。そも、仮にモンスターを殲滅できたとして、大量の魔石を持って帰るのはかなり難しいのだ。後々の探索を考えれば、ここは逃げの一択になる他ないわけだ。
ライトニング・ボルテクスのような広範囲殲滅魔法を、驚くほどの低燃費で繰り出すことができ……かつ、アイテムボックスという容量無限・重量無視な物品運搬方法を持つ恩田だからこそ、余人からすると意味不明な攻略法が成り立っているわけである。
そうして4人は、第5層をサクッと抜けて第6層へと到達する。ここではダンジョン第2の壁、ラッシュビートルが現れるが……。
「いつもの通り、木に隠れて進みましょう」「「「了解」」」
ここはセオリー通り、ラッシュビートルをやり過ごしつつ先に進む。この4人なら十分に勝てる相手ではあるが、第4層の時と同じ理由で可能な限り交戦を避け、消耗を抑えつつ行動しているわけだ。
そうして第6層の最後では、巨木広場にてラッシュビートルとの強制戦闘に突入する……というようなイベントは、横浜ダンジョンではなぜか起こらず。
4人は1度もラッシュビートルと戦うこと無く、第6層をすんなりと抜けていった。
「グゲゲ!」
「「はぁっ!!」」
――バシュッ!
――ドゴォッ!
「グギッ……!?」
第7層の道中で出てきたインプは【炎騎士】と【鎚戦士】の同時攻撃で、仲間を呼ばれる前に速攻で倒し……。
――ブブブブブ!
「おらぁっ!!」
――ブンッ!!
――バギィィッ!!
――ブブブッ!?
「今です、総攻撃!」
「たぁっ!」
――ドスッ!
「しっ!」
――ヒュッ!
――ドスドスッ!
――ブッ……!?
避けきれずに戦うこととなったラッシュビートルは、【鎚戦士】の男性がすれ違いざまの一撃で外殻を叩き割り……残る3人がそこを集中的に攻め立て、ダメージを積み重ねて危なげなく勝利した。ちなみに、どちらも魔石は拾っていない。
そして、第8層。ゴブリンアーミーとゴブリンアーチャー、そしてサハギンが出始める階層だが……。
「いきます、"サンダー"!」
――ピカッ!
――ドゴォォォォン!!
「「「「ギャァァァッ!?!?」」」」
アーミーとアーチャーの複合軍団は、【黒雷の魔女】が放つ【雷魔法】でその大半がまずは蹴散らされ……。
「そこっ、よそ見とは良い度胸ねっ!」
――ズバッ!
「「ギャッ!?」」
「……しっ!」
――ヒュッ!
――ドスッ!
「グギッ……!?」
仲間がやられて動揺するゴブリン共の隙を、【炎騎士】と【遊撃手】が素早く突く。そうして、全く被害を出さずに仕留めた。
数で勝るゴブリン軍団には、初撃が非常に重要になる。ここで多くのゴブリンを仕留めたことで、戦況は常に4人の方が有利になるように進んでいった。それができるくらいの実力が、彼女ら彼らにはあるわけだ。
なお、サハギン戦はその時々に応じて対応方法を変えている。【黒雷の魔女】が【雷魔法】を撃ち込んで倒すのが一番手っ取り早いのだが、それでは負担が集中してしまうので、他の3人が物理攻撃でサハギンを倒すこともある。
そして、それは第9層も変わらない。グレイウルフが出なくなるだけで、モンスターの種類が第9層で増えるわけではないからだ。
そして、ボスエリアである第10層。
階段を下りた4人の視界に飛び込んできたのは、森の中に佇む崩れきった砦の姿だった。もはや床と外壁の一部しか残っていないそれは、しかし戦闘するにあたっては十分な広さとしっかりした足場を持ち……まるで闘技場のように、戦うための場として設えられたかのような雰囲気が漂っていた。
「………」
そして、崩れた砦の中心に佇む巨大な影。第10層の階層ボス、ゴブリンジェネラルが大槍を床に突き、目を閉じて仁王立ちしていた。その姿は階段のすぐ前からでも確認できるが、4人は武器を構えるそぶりさえ見せない。
……4人は知っているのだ。砦の中に入り、石畳のようになっている床の部分を踏まなければゴブリンジェネラルは動き出さないと。そして、動き出す前に遠距離から攻撃を加えても、全て無効化されると。
そして、下の階層に行くための階段はゴブリンジェネラルを倒さなければ出現しない。砦を避けて森へ分け入ったところで、そこにあるのはモンスターの1体も出ない森、森、森……宝箱や構造物も第10層には一切出ない仕様になっているので、探索はその一切が無意味なのだ。
「……さて、パーティ通算5回目のボス戦ですね。みなさん、心の準備はよろしいかしら?」
「ええ、私はいつでもいけますよ」
「俺も大丈夫だ、いつでもいけるぜ」
「僕も、問題ありませんよ」
全員が小さく頷き、同時に砦へと足を踏み入れる。
「……!」
そして次の瞬間、ゴブリンジェネラルが目を大きく見開いた。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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