3−92:第9層、ボスまでもう一息
「………」
周囲を警戒しながら、階段を下りて第9層までやってくる。階段前はいつも通り広場になっているが、ここに下りた直後が一番モンスターとの遭遇率が高いので、どうしても警戒せざるを得ない。
「……よし、いないな。"ビューマッピング"っと」
階段前広場にモンスターがいないことを確認して、最後の1段を下りる。ついでにビューマッピングを使い、周囲の地図を作成した。
……今回は藪の薄い道と川沿いの道の、2つの選択肢が用意されているらしい。どちらも階段へは繋がっていると思うが、川沿いの道は距離が短い分サハギンと遭遇しまくるのがほぼ確定している。それでも川沿いの道を進むか、あるいは安定性を重視して藪の薄い道を進むか。
「結構ビューマッピングを使ってたけど、恩田さん、魔力はまだ大丈夫なの?」
「ああ、まだ7割くらい残ってるから大丈夫だぞ」
「そう? 魔力はいつでも分けるから、また言ってね」
そう言う朱音さんの笑顔から、心なしか強い圧を感じる。そんなに良いのか、アレが?
……うん、ダンジョンでそういう行動はやめておこう。冗談抜きで命の危険があるからな。
「……コホン。さて、藪の薄い道を進むか、川沿いの道を進むか……みんな、どっちがいいと思う?」
俺個人としては、川沿いの道を推したいところだ。サハギンなら【雷魔法】で蹴散らせるので、消耗より時短効果の方が高いと思うからだ。
「私は川沿いの道を進む方がいいと思うのです。距離が近そうなのです、そちらが良いと思うのです」
「サハギン……近接戦においては、果たしてどれほどの実力なのでしょうか? ゴブリンアーミーは個としてはそれほど強くありませんでしたので、サハギンとは1体1で是非とも戦ってみたいところです」
ふむ、九十九さんと帯刀さんも川沿いの道希望か。そうなると……。
「恩田さんも川沿いの道がいいんでしょ? なら川沿いの道で行きましょう」
「え、いいのか?」
「ええ、私はどちらの道でもオッケーだったし。それなら、人型で武器を持ってる相手と戦って慣れておきたいのよ。
……後の階層で出てくるオークとかリザードマンは、もっと強いものね」
ソードスピアを軽く素振りしながら、朱音さんがそう言う。
試練の間での会敵分を除くと、今までに出くわしたことがある通常モンスターの中で、接近戦が最も強いのはラッシュビートルになる。だがアレは人型ではないので、その攻略法をオークやリザードマンとの戦いにそのまま当てはめることはできない。
では、人型でかつ接近戦が一番強い通常モンスターとなれば……ほぼ間違いなく、サハギンになるだろう。ゴブリン種の特殊個体ならもっと手強そうだが、さすがにそうそう出てくる相手ではない。
「……よし、川沿いの道を進もうか。全員、川の様子には常に注意を払ってくれ」
「「「了解 (なのです)」」」
「きぃっ!」
「ぱぁっ!」
第5層の川沿いの道は、大岩がゴロゴロしていていかにも歩きにくそうだったが……この道はそうでもなさそうだ。
まあ、歩きやすいならそれでいいさ。その方がこちらも戦いやすいしな。
◇
「はぁっ!」
――ドスッ!
「グギェッ……!?」
朱音さんの鋭い一撃が、サハギンの左胸へと吸い込まれるように突き刺さる。攻撃を受けたサハギンは、最初こそモリを取り落としつつもソードスピアを掴み、ジタバタと抵抗の意志を示していたが……やがて力尽き、光の粒子へと還っていった。
「はぁっ!」
――ガギンッ!
「グェゲ!?」
「たぁっ!」
――ズバッ!
「ギェッ……!?」
俺を挟んだ反対側では、朱音さんに少し遅れて、帯刀さんがサハギンをバッサリと斬り捨てた 。彼女はモリを弾き飛ばしていたが、その分だけ倒すのが遅くなってしまったようだ。
「ふう、これで7体目ね」
「私も、なんとか6体倒せました」
朱音さんが軽く汗を拭う。出てくる数が1〜2体と不規則なので、1体だけ出てきた時は朱音さんと帯刀さんで交互に戦い、2体出てきた時は1対1が2つできるように俺の方でお膳立てした。
そうして戦うこと、計13戦。朱音さんも帯刀さんも、危なげなく勝利を積み重ねていた。ここが河原ゆえか、足元には小さな石が大量にあって足場がそこまで良くないのだが、2人とも全く意に介していなかった。
「"アイテムボックス・収納"っと、結構順調だな。もう少し苦戦するかな、と思ったけど」
「あら、まさか。サハギンくらい、この装備で軽くいなせなかったら怒られちゃうわよ」
「おいおい、誰にだよ」
朱音さんがソードスピアを閃かせる。ランク4の武器にランク5の鎧と盾……まあ、確かにサハギンくらいの相手は軽く倒せないとダメだよな。
「………」
そんな朱音さんを、帯刀さんは澄ました顔で見つめ……いや、違うな。澄ました顔をしていても、その中に若干悔しそうな表情が混ざっている。
……ただなぁ。俺が見た限りだと、装備抜きの純粋な能力では帯刀さんの方が上に見える。装備の質の差で、総合力では朱音さんが少し上回っているのだろう。帯刀さんの方が探索者歴は長いだろうから、能力成長の機会も多かったのだと思う。
「……それにしても、まさかインプがなぁ」
川沿いの道だからといって、敵がサハギンしか出てこないわけではない。通常の地上型モンスターもそれなりに出現している。
その中で、特に驚いたのがインプ戦だった。もっとも、インプ自体は何も変わっていないのだが……。
「インプの仲間呼びで、ゴブリンアーミーがゾロゾロ出てきた時は驚いたわね」
「アーチャーじゃなくて良かったけどな。足場が良くないから、そっちの方が脅威だよ」
3回インプと遭遇し、その3回全てでゴブリンアーミーが呼ばれて出てきたのだ。数は5〜6体とまちまちだったが、前衛のアーミーに後衛のインプの組み合わせはそれなりに面倒だったな。
代わりに、これまで出てきていたグレイウルフを第9層では1度も見かけていない。もしかすると、第9層からはグレイウルフが出てこなくなり……インプに呼ばれるモンスターが、ゴブリンアーミーに代わったのかもしれないな。
そして、もう1つ。
「で、隠れる場所がほとんど無いから、ラッシュビートルをかわせないのも辛いな」
「こちらの道には木が無いんですよね……」
「です! おかげさまで、私の出番がようやく来てくれたのです!」
九十九さんがドヤ顔で胸を張っているが、確かにそれだけの活躍をしてくれている。
「ファイアバレット1発で、ラッシュビートルが瀕死だもんな。戦うのが本当に楽だったよ」
「ふふん、なのです!」
両手を腰に当てて、九十九さんが更に大きくふんぞり返る。やっていることは朱音さんとほとんど同じなのだが、九十九さんがやるとなんだか微笑ましい気分になるな。
「さあ、先に進……ん?」
先を見ると、河原の道が200メートルほど先で途切れている。そこから、川から離れるように薄い藪の道が伸びていて、その先はおそらく……。
「下り階段が近そうだな」
「もう少しかかるかなって思ったけど、案外早かったわね」
現在時刻は午後2時3分、ゆっくり来たわりには30分と掛かっていない。その理由は、おそらく……。
「面倒なラッシュビートルは九十九さんが焼いてくれたし、こんなもんじゃないかな?」
戦いは避けられなくとも、速攻で倒せるなら足止めにはならない。出会い頭の【火魔法】で派手に炎上し、次々と力尽きていくラッシュビートルの姿は凄絶の一言だったが……。
川沿いの道を抜けて、藪の薄い道へと移る。さて、そろそろモンスターが出てくるかな……と思っていたのだが。
先に見つかったのは、幸いにも下り階段だった。
「とりあえず、階段を下りようか。今のうちに少し休憩を取っておきたい」
「オッケー、モンスターが来ないうちにサクッと下りちゃいましょう」
全員で階段を下りていく。今日は無理かなと思っていたのだが、なんだかんだで第10層までたどり着くことができた。
さて、この後の動きはどうするか。ここはまた、全員に相談だな。
◇
(九十九彩夏視点)
「……九十九さん、九十九さん。ちょっといいですか?」
仲良く並んで座る恩田さんと朱音さんから、少しだけ離れた場所で。
隣に座るせっちゃんが、なにやら複雑そうな表情で私に声を掛けてきました。一体どうしたのでしょうか?
「んー? どうしたのです、せっちゃん?」
「ここまで必死で気付いていませんでしたが……私たち、いつの間にか第10層の手前まで来てますよ? 少し前までは、第4層も通れずに苦戦していたというのに……」
「……た、確かにそうなのです」
言われてみれば、確かにその通りです。
第10層、噂ではボスエリアと言われているのですが、なぜか情報がまるで出てこない未知のエリア……まさか、こんなにも早くたどり着いてしまうとは思いませんでした。
「恩田さんと朱音さんに関わる前は、1ヶ月かけても第4層が突破できなくて足踏みしていたのに……そこから1週間と経たずに、2桁階層まで到達ですよ? ちょっと早すぎませんか?」
「う、うーん……」
……とはいえ、だ。恩田さんにそのことを言っても、きっと『たまたま俺のギフトが、雑魚敵散らしに向いてただけだ。強敵が出てきたらどうなるか分からない』と言うだけです。
ここまでの恩田さんの言動から、ラッシュビートルはおろか特殊モンスターでさえも何体も倒しているのは明白。その状況において恩田さんのギフトが雑魚敵散らしにしか向いてないなんて、それこそあり得ないのですが……。
「このまま、第10層も攻略してしまうのでしょうか?」
「んー、できそうならすると思うのですけど、今日は確認くらいで済ませるんじゃないかと思うのです。時間も時間ですし」
「……あ」
せっちゃんが時計を見ていますが……そう、今の時刻は午後2時15分くらい。少し休憩を挟んでからまっすぐ帰ったとて、ダンジョンを出る時には午後5時は軽く越えます。第10層を攻略する時間はそうありません。
「恩田さんは、かなり慎重派なのです。現代ダンジョンを、命の危険がある現場と捉えてる節があるのです。時間に追われて焦って攻略するくらいなら、次回以降の探索で余裕をもってケリをつける……そういう選択をする人です」
だからこそ、私は恩田さんに付いていっているのですから。
「まあ、それも含めてこの後どうするか……また、恩田さんから相談があると思うのです。その時に、せっちゃんの意見を伝えてあげるといいのです」
「……分かりました」
その探索者としての探索も、時間制限付きゆえにあまり深くは潜れないのです。どうにかしてあげたいところなのですが、現代ダンジョンには転移装置のようなものは存在しないそうなので、自力で深い階層まで移動しなければいけません。
……もし、一瞬で階層をスキップして途中から探索を開始できるような、そんな方法があるのなら。せっちゃんのためにも、ぜひ導入できたらとは思うのです。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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