3−91:ダンジョン探索は水中にもご用心
――ブブブブブブ……
「……よし、行ったか」
ラッシュビートルの羽音が通り過ぎるのを待ってから、木の陰から顔を出した。第8層もラッシュビートルの出現率はそこまで高くなく、わりと簡単にやり過ごすことができている。
その辺は第7層と変わらないが、第8層では1つ大きな変化があった。それは……。
「まさか、ラッシュビートルが2体同時に出てくるとはな」
「……です、最初は目を疑ったのです。まさか、こんなにも早く2体同時に出てくるようになるとは思わなかったのです」
「人数的に勝てなくはないのですが、片方に注力しすぎるとちょっと事故が怖いですね……」
いつものように、羽音を合図に木陰へ隠れてみたところ、やたらと羽音が大きく感じたのでそっと確認してみたら……なんと、ラッシュビートルが2体並んで飛んでいたのだ。最初に遭遇した時は1体だったが、第8層からはたまに2体同時に出現してくるらしい。
……いや、ホントにさ。1体でもかなり厄介なモンスターなのに、もう2体同時に出てくるのか? 現代ダンジョンの◯意が強すぎだろ……そりゃ、第10層への到達が簡単じゃないわけだよ。
こちらは6人もいるわけだから、2体同時に出てきても人数差でゴリ押せなくもないんだけどさ。強敵ゆえに消耗は避けられないし、敵2体へ注意力が分散しての事故被弾が一番怖い。
ゆえに、ラッシュビートルとの戦いは基本的に避ける。第8層へ来た直後に決めた方針だが、やはり継続していこうと思う。
「ぱぁ」
「……確かにそうね、アキに任せるのが一番簡単なのは間違いないわ。だけど、アキにばかり負担をかけるのはちょっとね……」
「きぃ、きぃ」
「ダメだヒナタ、第6層でもう十分に戦ってただろう? 無理は禁物、戦闘を避けられる時は避けていくぞ」
ヒナタはやる気十分だったが、俺も含めて全員第6層で少し頑張り過ぎている。今は体力を温存しつつ、安全に探索を進めた方がいいだろう。
「まあ、普通に警戒すればラッシュビートルを避けるのは難しくないし、このあとも無理せず――」
――バシャン!
――バシャン!
「っ!? 全員戦闘態勢! あっちだ!」
「「「「!?」」」」
水音が2つ響くと同時に、オートセンシングが2体分の敵影を検知した。全員に向けて号令をかけ、敵が現れた方向へと向く。
「グェゲゲ!」
「グェゲ、グェゲ!」
「ぎょ、魚人……?」
川から現れたのは、魚と人を足して2で割ったような風貌の、全身緑色なモンスターだった。二足歩行で地上を移動し、両手で三叉のモリを持っている。手足の指間が水かきのようになっていて、泳ぎは得意そうだが地上ではあまり役に立たない。
身長は、大体俺より少し小さいくらいか。今しがた水から出てきたばかりだからか、全身から雫をポタポタと落としていた。
……このモンスターは見たことが無いな、情報が全く無い。ただ、その見た目だけで判断するのであれば……。
「サハギン……かな?」
「「グェゲ……」」
2体のサハギン?がモリを右手だけで持ち、同時にブツブツと何かを唱え始めた。
……これは、多分魔法だな。水に関係ありそうなモンスターだから、おそらく【水魔法】だろう。
「よし、ここは俺が前に出よう」
「えっ、恩田さんが前に、ですか?」
帯刀さんが心配そうに声を掛けてくれたが、心配は御無用だ。
「使ってくるのは多分【水魔法】だからな。だから、ここは俺に任せてくれ。
……盾、展開!」
さっと前に出て、盾を構える。敵がノーコンである可能性も十分にあるので、念のため防壁も展開しておいた。
さて、サハギン?はどんな攻撃を繰り出してくるのだろうか……?
「「グェゲゲ!!」」
――バシュウゥ!
サハギン?が左手を掲げると、そこから水でできた弾が高速で飛来してきた。予想通り【水魔法】だったか。
ただ、込められた魔力量はインプのファイアボールのそれと大差無いように見える。ヘビータートルのウォーターブレスを見た後だと、明らかに見劣りするな……。
――バチャッ、バチャン!
「……ふむ、そりゃそうなるわな」
そのウォーターブレスでさえも、難なく受け流した防壁だ。それより遥かに威力が劣る攻撃を、止められない道理はどこにも無い。
「「グェゲ!!」」
魔法では埒が明かないと判断したのか、サハギン?が俺に向けて走り寄ってくる。ただ、かなり走りにくそうにしていて、足はあまり速くない。
……もしかしなくても、このモンスターは水中の方が速いのでは? 今は地上に出てきているが、そのせいであまり実力を発揮できていないのかもしれないな。
「「グェッ!!」」
――ヒュッ!
ほぼ同時に俺の所へと到着したサハギン?が、全く同じタイミングでモリを防壁に突き立ててきた。
――バヂヂヂヂ!
――バヂッ!
「「グェッ!?」」
……当然ながら、その攻撃は通らない。グリズリーベアの右ストレートさえ無傷で受け止めた防壁を、その程度の攻撃で貫通させようなど考えが甘い。
「"ライトニング・スプレッド"」
「「グェゲッ!?」」
――ゴロゴロゴロ……
――カッ!
返す刀で【雷魔法】を唱えると、サハギン?共がにわかに焦りだし……俺たちに背中を向けて、一目散に川へと逃げていく。よほど雷かを苦手らしいが、大抵の水棲モンスターは雷属性が苦手、というRPGの常識はどうやら現代ダンジョンでも通じるようだ。
――バリバリバリ!!
「「グェェェェェェェッ!?」」
急いで水中に逃げようとしたサハギン?だったが、雷が落ちる方が一歩早かった。
拡散する落雷に撃ち抜かれ、サハギン?の体が痺れて硬直する。
「「グェ………」」
そのまま、サハギン?はパタリと倒れて白い粒子へと還っていく。そのあとには、魔石2つだけが残っていた。
「"アイテムボックス・収納"、"アイテムボックス・一覧"」
アイテムボックスに魔石を入れ、すぐに一覧を呼び出す。果たして、あのモンスターの名前は……?
☆
・サハギンの魔石×2
☆
「やっぱりサハギンだったか」
予想通りの名前で、面白いやらつまらないやら……。
でも、明らかな水棲モンスターであるにも関わらず、わざわざ地上に上がってくるなんてな。これが水中での会敵だったら、もっと手強い相手だったろうに……。
「これ、今後は水中も警戒した方がいいかしら?」
「そうだな……中を覗き込む必要までは無いが、川を見かけたら警戒した方がいいかもな」
サハギンの強さは、体感的にはインプとほぼ同等程度だった。それを考慮すれば、インプと大体同じタイミングで出現しだした、と考えるのが一番自然だろう。
そしてサハギンの場合、怖いのが水中から一方的に攻撃されるパターンだ。今回はサハギンから地上に上がってきてくれたが、今後もそうなるとは限らない。遠距離攻撃持ちのモンスターゆえ、川を見かけたら注意しなければな。
「よし、敵影無しと。ここからは川にも注意して、慎重に進もうか」
「了解なのです。次にサハギンと出くわした時は【火魔法】を試してみたいのです」
効くような気はするが、焼いても美味しくなさそうだな……。
◇
――ズバッ!
「ギャッ!?」
――バタッ
アーミーの突き攻撃を盾で捌きつつ、帯刀さんのカウンター攻撃が見事に決まる。体を斜めに切り裂かれたアーミーはその場で倒れ伏し、すぐに白い粒子へと還っていった。
アーミーとアーチャーは一度に出てくる数が多いので、とにかく魔石が大量に貯まる。ここまででも5回戦ったが、毎回5体ずつ計10体が出てくるので、魔石の合計数は50個になった。
他にもインプを倒したり、グレイウルフを倒したりしたが……川が近くに無かったせいか、あれからサハギンは出てきていない。
「……ふう、だいぶ進んだか? 第8層はちょっと長いみたいだな」
「そうね、歩き始めて30分くらいは経つかしら? それでも階段は未だ見当たらず……ね」
「どうやらこの道、やや曲率半径の大きいカーブを描いているようです。もし藪を真っ直ぐ突っ切ることができれば、直線距離としては案外近いかもしれません」
なるほど、確かに。
「この辺の階層では不要かと思ってたけど、【空間魔法】で作った地図がちゃんと役に立ちそうだな」
ここまでちょくちょくビューマッピングを使っていたものの、第5層以降はかなり見通しが良かったので地図が必要なのか疑問だったのだが……ショートカットの位置や方向を探るのであれば、確かに地図は必要だな。
今回は地図作成のためだけに魔力を3割ほど使っているので、意味が無くては困るのだが。
「……おっ?」
「階段ね」
ほどなくして、第9層へ下りる階段を見つけた。
「"ビューマッピング"っと。ああ、帯刀さんの言った通りだ。直線距離はだいぶ近いな」
完成した第8層の地図を脳内で眺める。道なりに進むと2キロ弱くらいあるが、まっすぐ藪を突っ切れば400メートルも無いくらいだ。やはり、意図的にこういう階層構成にしているのかもしれないな。
「ま、次来た時はもう少し早くいけるかな」
「そうですね……」
モンスターが現れる前に、トコトコと階段を下りていく。
現在時刻は、午後1時40分……まあ、このペースなら第10層にタッチして、戻ってくるぐらいはできるかな。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。