3−89:まあ、たまには気楽に探索できる階層があってもいいよね
「……ふぅ、食べた食べた」
「ですです、ダンジョンで温かいものを食べられるのは、本当にありがたいのです」
「お茶まで頂けるなんて……本当にありがとうございます」
「アイテムボックス様々ね♪」
お昼ご飯を食べ、お茶を飲み……全員がほっと一息つく。最低限の警戒は解いていないが、階段が比較的安全な場所だということは分かっているので全員がリラックスしていた。
……まあ、少しくらいは気を抜いてもバチは当たらないだろう。なにせ……。
「ただ、今日の第6層はホントに地獄だったな。第4層以上にヤバい所なんて無いと思ってたが……」
統率をとれる上位個体が居なくなっただけで、階層全体にこうも影響が出てくるとはな。そんな地獄の第6層を切り抜けられただけでも、今日の探索はかなり有意義なものになった。金銭的にも、経験的にもな。
「ヘラクレスビートルを倒すと、こうなるのね……次はちょっと考えた方がいいかも」
「ヘラクレスビートル、です? それってラッシュビートルの特殊モンスターなのです?」
「ただでさえ強いラッシュビートルの特殊個体ですか……想像が付きませんね」
ん? ああ、九十九さんと帯刀さんには、そういえばちゃんと話してなかったっけか。
「ああ、ヘラクレスビートルは強かったよ。あの巨木広場の所に、前触れも無く急に現れてな。搦め手も使ってなんとか倒せたんだけど……」
「本来は、ヘラクレスビートルがラッシュビートルを巨木に押し込めていたものの……統率する個体が居なくなった結果、第6層に大量のラッシュビートルが溢れた、と。そのような流れで、こうなったのでしょうか?」
「おおむねそんな感じだよ、帯刀さん」
あの時はとにかく必死で、ヘラクレスビートルを倒すことばかり考えていたが……まさか時間差でこうなるとはな。ダンジョン内での行動には、今後細心の注意を払わなければいけないな。
「しかし、ヘラクレスビートルは相当強かったのでは? お2人はよく勝てましたね」
「ヒナタとアキの力もあって、それでも正直ギリギリだったよ。アキの状態異常は通じないし、外殻が固すぎて物理攻撃は通らないし、魔法耐性も高くて弾かれるし……」
「最後はどうやって倒したのです?」
「俺の切り札だよ。魔力を半分くらい使った攻撃魔法で、ラッシュビートルの内側から攻撃したんだ」
その存在を半ば忘れかけてた【闇魔法】が、あそこまで力を発揮するとは思わなかったけどな。
「です? もしかして、恩田さんも強力な攻撃魔法を持ってるのですか?」
「強力と言えば確かに強力だが、色々と癖が強すぎる魔法だな。威力と消耗が大きすぎたり、不思議な効果を持っていたり……とにかく、普段使いには全く向いてないんだよ」
「……♪」
こら朱音さん、ニヤニヤしながら流し目を送ってくるんじゃない。期待されても、今日は絶対にやらんからな。
「???」
ほら、急にニヤつき始めるから、帯刀さんが困惑してるぞ。
「……? どうしたのです?」
「ん? いや、なんでもないよ」
九十九さんはちょうど見ていなかったようで、首を少し傾げている。一応はごまかせたようだ。
「きぃ♪」
「ぱぁ♪」
ちなみに、ヒナタとアキは食事を終えてご機嫌だ。ヒナタはラッシュビートルの魔石を2個も平らげたし、アキはアキで水と日光を十分に堪能していた。魔石も1個食べて、やや萎れていたのが嘘のように元気になっている。
「ヒナタ、まだ魔石を食べるか?」
「きぃ」
さすがにもうお腹一杯のようで、俺の言葉にヒナタは首を横に振っている。
「ぱぁ」
アキにも目を向けたが、こちらも首を横に振っている。どうやら2人とも、もう十分なようだ。
「了解、もう少し落ち着いたら出発しようか」
「……よし、落ち着いたかな? そろそろ出発しようと思うが、みんな大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「ですです、問題無いのです」
「いつでも行けるわ!」
「きぃっ!」
「ぱぁっ!」
全員問題なさそうなので、階段からそっと腰を上げる。
……時刻は午後0時52分か、だいぶ第6層で時間食ったな。どれだけ順調に進めたとしても、今日は第10層の様子を見て引き上げになりそうだな。
◇
「……第6層と比べると、平和そのものですね」
「です、平和が一番なのです!」
「まあ、確かにな」
今日の第6層はあまりにもラッシュビートルの数が多すぎて、木に隠れてやり過ごすことがほとんどできなかったが……第7層ではそんな異常事態は起こっていないので、普通にやり過ごすことができている。第7層の半分くらいまで来たが、ラッシュビートルとはまだ1度も戦っていない。
……グレイウルフとインプはやり過ごせないので、普通に戦うことになってはいるが。ラッシュビートルより格が落ちるのは間違いなく、今のところ特に苦戦はしていない。
「ですっ、"ファイアボール"なのです!」
――バゴゥッ!!
ちなみに、九十九さんがめちゃくちゃ張り切っている。
インプに火属性攻撃でトドメを刺せば、インプの熱玉が特殊ドロップするかもしれない……ふとそんな話をしたところ、『待ってました、なのです! ここは私の出番なのです!』と言って、インプと遭遇する度に火属性魔法を撃ち込み始めた。第6層はほぼアキとヒナタに出番を取られたので、今度こそ……といったところだろうか。
――ドゴゥッ!!
「ギグッ……!?」
もっとも、さすがの九十九さんでもインプを一撃で倒すのは難しいようだ。ファイアボールの直撃を食らって大ダメージを負いつつも、インプはなんとか飛んでいる。火属性耐性が相当高いことが伺えるな。
「むうっ、ならば"フレイムセイバー"なのですっ!」
――ゴウッ!
――ビュゴォッ!
続けて、炎で形作られた巨剣がインプの正面に現れ……空気を焼き尽くすような音と共に、超高速で振り下ろされる。
――ボシュッ!!
「グッ……!?」
そして、これにはさすがのインプも耐えられなかったようだ。炎剣をまともに食らったインプが、光の粒子へと還っていき……後には魔石と、丸い玉が落ちていた。
これで、インプの特殊ドロップ条件は確定かな。"火属性ダメージでトドメを刺す"、火属性耐性の高いインプには中々難しい注文だ……。
「これが"インプの熱玉"なのです? 温かいは温かいですけど、微妙な温度なのです……」
ややオレンジ色っぽい黄色の玉を拾い上げながら、九十九さんが首を傾げる。インプの熱玉という名前ではあるが、温度操作する前の温度が確か30度くらいだったから……まあ、そういう感想にもなるよな。
「20度から50度くらいまでは、念じたら自由に変えられるみたいだぞ」
「それは、だいぶ鋭角なのです」
「そうそう、丸いように見えてめちゃくちゃ尖ってて……って、そっちの"角度"じゃないですけど!?」
「「「「………」」」」
九十九さんに雑に振られたが、拾わないと九十九さんだけがスルーされて終わってしまう。そう思ってノッてみたのだが……結局、共倒れになっただけだった。他の4人からは、寒々しい視線を寄越されてしまう。
「……いや、思い切りスベったじゃん、どないしてくれんの?」
「ご、ごめんなさいです……」
「ぷっ……」
……まあ、最後に朱音さんが笑ってくれたからいいか。
「……ゴホン。とまあ、冗談はさておいて。
インプの熱玉は温度を20〜50℃の間で自由に変えられて、特定の温度に固定することもできるらしいぞ」
「50℃まで上げられるのですね。お風呂を沸かすのに使えるかしら……?」
水道代ばかりはどうしようもないが、ガス・電気代は節約できそうだな……あ、そうか。
「【水魔法】を覚えたら、水道代も節約できるのか」
「【火魔法】もガス代節約に使えるのです。ただ、出力を間違えたら大火事なのです……」
「それを言ったら【雷魔法】もよね? 出力をうまく制御できたら、電気代節約できそうだけど……」
「【雷魔法】はちょっと難しいな。電圧の最低値が決まってるみたいだから、利用するなら大規模な設備が必要になる」
「ちなみに、最低電圧っていくつくらいなの?」
「体感だが、1万ボルトくらいだ。だいぶ高いぞ?」
「1万……思ったより低い気がするわね」
いや、低くないって。1万ボルトといえば、法的にも"特別高圧"に分類される超危険な電圧だ。
このレベルになると、加圧された電線に近付くだけで空気が絶縁破壊を起こし、電気が飛んできて感電する恐れがある。そんな電圧が最低値だからこそ、【雷魔法】は非常に扱いが難しいわけだ。
……でもこれ、今更だけど法律的に大丈夫なのか? 魔法という超常現象が基になっているとはいえ、二電工では取扱い不可な高圧電流を俺が扱うのは、あまり良くない気がするが。
「………」
……まあ、別に工事をするわけじゃないしな。ダンジョン内だけでモンスターに対してのみ使うから、そこは大目に見て欲しいところだ。
警察官である神来社さんの前で使ったこともあるし、その時に何も言われなかったからな。よっぽど無茶苦茶なことをしなければ、たぶん大丈夫だろう。
「……よし、節約談義はこれくらいにして先に進もうか。九十九さん、インプの熱玉はそのまま持つか?」
「ノーです、アイテムボックスに入れさせて欲しいのです」
「了解、"アイテムボックス・収納"っと」
インプの魔石と熱玉をアイテムボックスに収めて、先に進むことにした。
「……なんか、あっという間だったな」
「ええ、本当に」
気付けば、いつの間にか第8層への下り階段の前までやってきた。
結局インプとは3回戦うことになったものの、熱玉を入手できたのは当初の戦いの1回のみ。あとはインプの体力を見誤り、九十九さんの火魔法で倒すより先に帯刀さんや朱音さんがトドメを刺してしまった。そうして熱玉をなかなか入手できないまま、第7層を抜けてしまったわけだ。
……まあ、インプはこの後の階層でも出てくるだろうし、熱玉の入手機会はいくらでもある。今は先に進むことを考えよう。
「みんな、休憩は必要か?」
「私は大丈夫よ」
「私も問題ありません」
「です、大丈夫なのです!」
「きぃっ!」
「ぱぁっ!」
俺の言葉に、皆が口々に声を返してくる。
「よし、行くぞ。第8層へ」
ここからは、完全に未知の階層になる。次の階層からゴブリンアーミーとゴブリンアーチャーが出てくるというが、果たしてどんな戦いになるのだろうか……。
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