3−88:溢れ出る黒の悪夢も、6人力を合わせれば怖くない……かも?
――ブブブ!!
「そっちに行ったぞ、朱音さん!」
「了解、任せて!」
――ヒュッ!
ラッシュビートルの突進をかわした朱音さんが、すれ違いざまにソードスピアを振り上げる。ソードスピアは寸分違わず、ラッシュビートルの腹へと命中し……。
――スパッ!
――ブグッ!?
そのまま、外殻ごとラッシュビートルを斬り裂いた。さすがに真っ二つとまではいかなかったが、致命的な部分を今の一撃で断ち切ったようで……斬られたラッシュビートルは光の粒子へと還っていった。
ドロップしたのは、魔石が1つだけ。今回は装備珠も落とさなかったようだ。
「……ふぅ、これで何体目だ?」
「恩田さん、これで97体目です」
戦いながら数えてくれてたのか、さすが帯刀さんだ。俺は途中から数えるのも億劫になって、ラッシュビートルを安全に、かつどれだけ早く仕留めるかに全力を注いでたからな……。
というより、いつの間にか97体も仕留めてたのか。それだけ戦ったにも関わらず、全員にまだまだ余裕がありそうなのはすごいことだな。ラッシュビートルといえど、1体ずつが相手ならもう苦戦しないということなのかもしれない。
「そういえば、あれから何分経ったんだろうか?」
スマホを取り出して、時刻を見る。
時刻は午前11時13分を指しており……つまりは、戦い始めてから大体50分くらいが経ったのか。
「30秒に1体のペースか、だいぶ早いな。それだけ大量のラッシュビートルが、第6層に居たってことか……」
「裏を返せば、私たちが30秒に1体ラッシュビートルを倒してるってことでもあるのよね」
「最初は手強いと感じましたが、慣れると案外余裕をもって倒せるものなんですね」
「です、私たちも強くなってるのです」
「きぃっ!」
「ぱぁっ!」
各々が手応えを口にする。以前は苦戦したモンスター相手に、戦い方を工夫することで圧勝する……これぞ、ダンジョン探索の醍醐味だな。
これだけ余裕だと、ラッシュビートルが同時に2体来ても勝てるんじゃないかと思ってしまうのだが……なぜかラッシュビートルは1体ずつしか来ず、その代わりに倒したらすぐ次のラッシュビートルが襲ってきていた。これだけ大量にいるのなら、2体同時とか3体同時とかがもっと発生していてもおかしくないんだけどな……。
もしかしたら、この階層では特殊な状況下でもない限り、同時に出てくるラッシュビートルは1体だけという制限があるのかもしれないな。
「……お、ようやく打ち止めか?」
「あら、そうみたいね」
そうして朱音さんたちと会話をしていても、次のラッシュビートルの羽音が聞こえてこなくなった。どうやら第1波は捌き切ったようだ。
「"アイテムボックス・収納"っと。うーん、どうするみんな? 先に進んでから休憩するか、戻って休憩するか」
思ったよりは早く捌けたが、それでも昼時が近くなってきた。休憩場所は早めに決めておいた方がいいだろう。
見た感じ、5人とも十分に余裕はありそうだ……というより、主に体力面で一番余裕が無いのが俺になる。その俺がわりと平気なので、多分5人とも大丈夫だと思っているが。
「私はまだまだイケるわよ」
「私も余裕はありますので、先に進んでも大丈夫です」
「私も魔力残量70%くらいなのです、まだまだ平気なのです!」
「きぃっ!」
「ぱぁっ!」
「アキも大丈夫だって」
アキもヒナタも、力強く大丈夫だと宣言してくれた。念のため全員の顔を見回すが、特に無理をしている様子は無い。
……ここであまり時間を掛けて、またラッシュビートルが飛んできても困る。早めに決断しようか。
「よし、それじゃあ先に進むぞ。ラッシュビートルには十分に気を付けてな」
「「「了解 (なのです)!」」」
「きぃっ!」
「ぱぁっ!」
羽音が聞こえてこないことを確認して、藪の薄い道を進んでいく。
……巨木の様子を確認するの、ちょっと怖いなぁ。絶対にラッシュビートルで溢れてるし、万が一にも気付かれないようにしないとな。
◇
「さて、どうにか巨木広場の手前までやってきたわけだが……」
「ラッシュビートル、全然回避できなかったわね。数が多すぎるのよ」
「きぃ……」
なんとか巨木にはたどり着いたものの、ここまでの道中でもかなりの頻度でラッシュビートルと遭遇した。
木に隠れてラッシュビートルをやり過ごす方法については、九十九さんと帯刀さんにも共有していたものの……遭遇頻度が高すぎて回避が間に合わず、そのまま戦闘になだれ込んでしまうケースが頻発した。ラッシュビートルとの連戦をこなして、戦いに慣れていなかったら……誰かがここで大怪我を負っていたかもしれない。
ちなみに、ヒナタはやや疲れた表情をしている。ずっと飛びっ放しで、【ファイアブレスⅠ】を吐きまくってくれていたからだ。お陰で誰も怪我することなく、地獄と化した第6層を進むことができた。
ただ、そんな地獄もここに到着するまでの辛抱……だと思っていたのだが。現実は、そううまくはいかないらしい。
「……うわぁ、ウジャウジャいるわね。こうやって見るとなんだかゴ◯◯リみたい」
「やめてくれ朱音さん、それにしか見えなくなってくるから」
巨木の周囲を徘徊するラッシュビートル、ラッシュビートル、ラッシュビートル……昨日ほどではないが、それでも相当な数のラッシュビートルが広場で蠢いていた。
ただ、目立つ巨体を持った黒甲虫は見当たらないので、どうやらヘラクレスビートルはリポップしていないらしい。それを喜ぶべきなのか、あるいは厭うべきなのか……どちらかと言うと厭うべき、なんだろうな。
ヘラクレスビートルがいないせいで、ラッシュビートルは本能に従って自由奔放に飛び回る。加えて巨木付近はラッシュビートルのポップ率が高く、今も次々とラッシュビートルが生み出されている可能性が極めて高い。
それらの条件が合わさった結果、第6層全体に尋常でない数のラッシュビートルが解き放たれ、とんでもない危険地帯と化してしまっているわけだ。これはあくまで推測に過ぎないが、大体の部分は合っているのではないだろうか。
そして、この状況はおそらくヘラクレスビートルがリポップするまで続いていく。飛び抜けた強敵と戦わなくて済む代わりに、そこそこ強いモンスターを大量に相手取る必要があるわけだ。正直言ってかなりキツい。
「帰りまでに、ヘラクレスビートルがリポップしてくれたらいいんだけどな……」
そもそも、倒したらもうリポップしない可能性もあるな……最悪は、ラッシュビートルを特殊モンスター化させる方法を探るしかないかもな。
「……です、このラッシュビートルの集団はどうするのです? 私の魔法だと、この数はちょっと厳しいのです」
「ああ、ここはアキに頑張ってもらうさ。なあ、アキ?」
「ぱぁ」
ふむ、やはりそんなに乗り気じゃなさそうだな。昨日は無理して萎れてしまったからな、さもありなんといったところか。
それならば、アキに掛けるべき言葉はこれしか無い。
「もちろん、水と日光と魔石は十分に用意するぞ。昼休憩は好きなだけ堪能してくれたらいい」
魔石はラッシュビートルのものが腐るほどあるし、日光はほぼ俺の魔力の持ち出しだけだ。水は昨日1ダースほど買い足したので、在庫は一杯ある。
「ぱぁっ!? ぱぁぁぁっ!」
俺の言葉にアキが鋭く反応し、俄然やる気になった。
アキにとっては、日光を浴びながら水を吸い上げ、魔石を食べている時が一番幸せなのだ。それを確約してもらえるなら、やる気が出るのは当然だろう。
そして、こうなれば眼前のラッシュビートル共は確実に全滅する。あとは俺が誠実に約束を守るだけだ。物で釣っているようで俺的にあまり気乗りはしないが、最終的にWINーWINとなるならそれでいいさ。
「うーん、恩田さんってアキの扱いが上手よね。私としてはちょっと複雑……」
「まあ、そこは年の功ということで。
……さて、ここはアキとヒナタに任せよう。ヒナタ、アキ、頼んだぞ」
「きぃっ!」
「ぱぁっ!」
今も、あちこちでラッシュビートルがブンブンと羽音を立てている。多少ヒナタとアキが声をあげたところで、羽音に掻き消されて音は届かない。
……ラッシュビートル。お前たちの敗因は、ヒナタとアキの存在に気付けなかったことだ。
「ぱぁぁぁ……ぱぁっ!!」
――ブシュウゥゥゥゥ……
「きぃっ!」
――ビュオオッ!!
アキが両手から黄色と紫の霧を、ヒナタが口からウインドブレスを吐く。まるで竜巻のような風が霧を巻き込み、広場へと急速に広がっていった……。
――ブブ!?
――ブブブ……ブッ……
――ブブ……ブ……
――ザザザザザザ……
黄色と紫の霧に巻かれて、ラッシュビートル共の動きが次々と止まっていく。飛行途中だった個体はバランスを崩し、足を派手に撒き散らしながら地面を滑っていった。
「……よし、全体の動きが止まったな」
「ぱぁ」
「きぃっ!」
やがて、広場に動くものが居なくなる。少なくとも、目に見える範囲のラッシュビートルは全て麻痺させることができたようだ。
ふと横を見れば、アキは若干疲れているもののそれなりに余裕がありそうだ。魔石を食べてレベルが上がったからだろう、昨日と同じことをしても疲労困憊にはならなかったようだ。
「……大丈夫、なんですよね? これだけ沢山居ると、近付くのも怖いです……」
「気持ちは分かるが、大丈夫だ。試しに触ってみろ、全然問題無いぞ」
「……で、です。近付いてみるのです」
九十九さんと帯刀さんはそろそろと慎重に、それ以外の4人はスタスタと巨木広場へ近付いていく。ラッシュビートルには毒が効くのは分かっているので、しばらくしたら魔石へと還ってくれるだろう。
――ブ……ブ……
「すごいのです、あのラッシュビートルがこんなにもいるのに、誰も微塵も動いていないのです」
「状態異常の霧は、先ほども少し見せて頂きましたが……まさかこれほどとは」
そう言いながら、全員でラッシュビートル共の間を練り歩く。
……やがて、1体、また1体とラッシュビートル共の生命力が尽き果てていく。体が光の粒子へと還り、宙空に向けて舞い上がっていった。
「……こう言っては不謹慎かもしれませんが、なんとも美しい光景ですね」
「光の粒子がパーッと散っているのです。この世の光景とは思えないのです」
おい、不吉なことを言わんでくれ九十九さん。そうだったよ、九十九さんって思ったことをスパッと言ってしまう人だったっけな……。
「"アイテムボックス・収納"っと、今回は1回で全部入ったな」
散らばったドロップアイテムを纏めて収納する。1回で全て入ったので、ドロップアイテムは100個も無かったようだが……ざっと目算で、倒したラッシュビートルの数は70体くらいかな?
「恩田さん、あまり時間を掛けるとラッシュビートルが木の上から下りてくるわよ?」
「おっと、そうだな」
考えるのは後にしよう。ラッシュビートルの襲撃にだいぶ手こずり、時間は午後0時に近くなってきた。
体力的にも、精神的にも……そろそろ疲弊してきているはずだ。
「次の階段でご飯にしようか」
「待ってました♪」
「賛成なのです!」
「了解しました」
「きぃっ!」
「ぱぁっ!」
誰も居なくなった巨木広場を抜け、階段へと向かう。道中では結局モンスターに遭遇することはなく、あっさりと階段を下りることができた。
さて、ご飯だご飯だ。今日は何を食べようかな……。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。