3−87:第6層も順調に通過……とは、なかなかいかないようで
「……すごいな」
今しがたラッシュビートルと戦った2人を見て、俺は素直に『すごい』と思った。なぜなら、どちらも俺にはそうそう真似できないような戦い方を見せてくれたからだ。
例えば、帯刀さんの瞬発的な動きは本当に見事だった。あれだけ重く大きな武具を身に着けていながら、交錯する直前に一瞬でラッシュビートルの側面へと回り込み、武器を振るって羽根を斬り落とした。身のこなしの柔らかさ、足捌きの鋭さ、体重移動の的確さ……それらが合わさって生まれた、良い一撃だった。
……そして、九十九さんの魔法はただただ強烈だった。放った炎弾の大きさ自体は、ライトバレットとそう変わらないというのに……その威力には、まさに雲泥の差があった。弱点部位が剥き出しだったとはいえ、あのラッシュビートルが一撃だぞ。
俺が同じことをやっても、あの威力は決して出せない。ライトニング・コンセントレーション辺りを放ってようやく同等くらいだろうか。つくづく、九十九さんが仲間で本当に良かったと思う。
――ブ……ブ……
「ふぅ、うまくいきましたね」
「せっちゃん、ナイスアタックなのです!」
――パチン!
ハイタッチの音が、辺りにこだまする。
……同時に、ラッシュビートルの羽音も。
「これは、俺たちも負けてられないな」
「きぃっ」
改めて、ヒナタと気合を入れ直した。
「今日の私のテーマは"節約"なのです。私はすぐガス欠になるのですから、相手に合わせた威力の魔法を撃てるように見極めるのです。
……そして今のは、私的には80点くらいなのです。もうちょっと抑えられるかも、なのです」
「私も、ほぼ思った通りの動きができました。結果も想定通りですが、新しい武器の刃渡りを伸ばしていなければ攻撃は届いていなかったでしょう。もう少し鍛錬が必要なようです」
俺たちが居る方へ歩いて戻りつつ、2人は少し不満げな表情を浮かべている。向上心がすごいな、2人とも。
それにしても、まさか武器にそんな仕込みをしていたとは。さすがだな、帯刀さん。
――ブブ……ブブ……
「よし、次のラッシュビートル戦は俺とヒナタに任せてくれ。ヒナタもそろそろ戦いたくて、うずうずしてるみたいだしな」
「きぃっ!」
俺の言葉を聞いて、ヒナタがかなり意気込んでいる。『ようやく出番が来た!』と、白い翼をバサリと羽ばたかせたところで。
――ブブブ!!
藪から、再びラッシュビートルが飛び出してきた。今度は木に止まることなく、まっすぐこちらへと突進してくる。
狙いは、幸いなことに俺のようだ。たまたま藪から一番近い所に立っていたせいだろう、やはりラッシュビートルの行動パターンは単純だな。
「きぃっ!」
ラッシュビートルを一瞬見やった後、ヒナタが空へと高く舞い上がる。
「盾展開!」
――ブォン
それを視界の端で確認しつつ、盾から防壁を展開する。今回は少し、防壁の向きを工夫してみた。
言葉で説明するのは難しいのだが……正面で相対したラッシュビートルが真っ直ぐ突進攻撃を仕掛けてきた時、俺から見て左斜め下の方に受け流せるような角度にしてある。
これだけ露骨に守りを固めていれば、リザードマン辺りが相手ならすぐに対応されるだろう。しかし相手はラッシュビートル、図体がデカくとも所詮は虫だ。思考能力は高くない。
「えっ、ちょっ恩田さん、その位置はマズいのです!?」
「大丈夫大丈夫、まあ見てなって」
後ろから、九十九さんの心配そうな声が飛ぶ。それに軽く返事しつつ、猛スピードで飛翔してくるラッシュビートルに向けて防壁展開済の盾を構える。
迫りくるラッシュビートルは中々の威圧感だが、真紅竜やヘラクレスビートルに比べれば屁でもない。
――バチィッ!
――ブブ!?
――ズザザザザ!!
そして案の定、何の捻りもなく真っ直ぐ防壁にぶち当たってきたラッシュビートルが、斜め展開された防壁に押し出されて地面へと叩き落される。俺の少し左側の地面を、派手な音を立てながらラッシュビートルが滑っていった。
その隙を、ヒナタは決して逃さない。
「ヒナタ!」
「きぃっ!」
――ゴォォォォ!
ヒナタのファイアブレスが、ラッシュビートルの背中目掛けて撃ち下ろされる。ラッシュビートルは今も高速で地面を滑り続けているが、偏差攻撃ができるくらいにヒナタは賢い。ほぼ確実に命中するだろう。
そして、ラッシュビートルは羽根を羽ばたかせたまま地面を滑っているので、弱点部位が完全に剥き出しだ。
――ゴウッ!
――ブブブッ!?
炎が背中へと見事に命中し、ラッシュビートルの羽根を焼く。黒く焦げた羽根は羽ばたきを止め、真っ直ぐ立ったまま動かなくなった。
「"ライトバレット・バースト"」
――パンッ!
せっかくなので、特殊ドロップを狙っておく。最早動かぬ羽根の根元を、新魔法――炸裂する光の弾丸で狙い撃った。
さっきの九十九さんの魔法からヒントを得て、作ってみた魔法だが。効果の程は、果たしてどうか。
――ドゴォッ!
――バキバキッ!
――ブブブッ!?
光の弾丸は羽根の根元へと狙い通り命中し、小さく爆発。威力は十分だったようで、2枚の羽根を綺麗にもぎ取ることに成功した。
ここまでやれば、後はもうラッシュビートルにトドメを刺すだけだ。
「きぃっ!」
――キラキラ……
上空にいるヒナタが、体に光を纏い始める。【光属性攻撃】による急降下突進攻撃を敢行するようだ。
……そして、この状態のラッシュビートルは真上からの攻撃に全く対応できない。
「きぃぃぃぃっっ!!」
――バギィィッ!!
――ブグッ……!?
ヒナタ渾身の急降下突進攻撃がラッシュビートルに直撃し、ラッシュビートルの体がくの字に折れ曲がる。
そして、その強烈なダメージにさしものラッシュビートルも耐えられなかったようだ。折れたその体が光の粒子へと還っていき……あとには魔石と武器珠、そしてラッシュビートルの斬羽2枚が残った。
「よっしゃ、ナイスだヒナタ」
「きぃっ♪」
――パシン
戻ってきたヒナタとハイタッチを交わす。俺の魔力消耗率は1%未満、実に完璧な試合運びだったな。
「おおぉ、戦い方がすごく安定してたのです。不安感がまるで無かったのです」
「すごい……その盾に、そんな機能があったのですか? ラッシュビートルの突進を防いでも、全く微動だにしていませんでしたが」
「衝撃はほとんど吸収できるな。もっとも圧力は消せないから、パワー系の一撃を真正面から受け止めると吹っ飛ばされてしまうが」
「ああ、だから防壁を斜めにしていたんですね。あれなら力をうまく逃がせますから」
やはり、帯刀さんは理解が早いな。
――ブ……ブ……
「盾から出すこの防壁、形をある程度自由に変えられるのは大きいな。工夫の余地があって中々面白いよ。
……それにしても、今日はラッシュビートルの数がやけに多いな?」
続けざまに2体も倒せば、さすがに打ち止めになるかと思ったのだが。既に、次のラッシュビートルの羽音が聞こえてきている。
……この状況、明らかにおかしい。ラッシュビートルの出現率がいくらなんでも高すぎる。
――ブブ……ブブ……
「昨日はこんなに多くなかったわよね……?」
「やっぱり、朱音さんもそう思うか?」
「ええ」
朱音さんも違和感を覚えているようだが……まあ、その理由に心当たりが無いわけではない。
これは、あくまで俺の予想なのだが……巨木でポップしたラッシュビートルがヘラクレスビートルの統制下に入れず、巨木を離れてフロアのあちこちを飛び回っているのではないだろうか。俺たちが昨日ヘラクレスビートルを倒してしまったので、ラッシュビートルが巨木の鎖から解き放たれてしまったのかもしれない。
加えて、あそこはラッシュビートルのポップ率が高そうだった。これは、ちょっとよろしくない状況だな……。
――ブブブブブ!!
うおっと、考え込んでいるうちに次が来てしまったか。
「なら、次は私たちの番ね!」
「ぱぁっ!」
今度は朱音さんがパッと前に飛び出していく。ラッシュビートルは木に止まることなく、そのまま飛翔して飛び掛かってきた。
最初は俺を狙っていたようだが、近付いてくる朱音さんを見てそちらにターゲットを切り替えたようだ。
「アキ、お願い!」
「ぱぁぁっ!!」
――パシュウゥゥ!
朱音さんの指示に、アキが選択したのは青色の霧だった。おそらくは速効性を狙ったのだろう。
麻痺は効き始めるまでに10秒ほどのタイムラグがあるし、毒はラッシュビートルを倒し切るのに時間がかかる。それを勘案しての、睡眠霧という選択だったのだろうが……。
――パシュッ!
――ブッ!? ……ブ……ブ……
アキのその判断は、どうやら正しかったようだ。青い霧をまともに浴びたラッシュビートルは、すぐに体勢をぐらつかせ始めた。
――ズドンッ!
――ズザザザザザザザ……
そして、そのまま落下。今回ばかりは受け身を取ることもできず、地面と派手に擦れ合いながらラッシュビートルが滑ってきた。千切れた脚が、その途中にパラパラと散らばっている。
「よっと、ありがとうアキ! そりゃあ!」
――ヒュッ!
滑走するラッシュビートルをサイドステップで避けると、朱音さんがすれ違いざまに斬りかかった。狙いは、立ったままの羽根の根元だ。
――スパッ!
まるでバターにナイフを入れたかのように、ラッシュビートルの羽根にスッと刃が入り……そのまま、2枚とも綺麗に斬り飛ばした。
――……ブッ!?
痛みのせいか、自然回復かは分からないが、そこでラッシュビートルが睡眠から目覚めたようだ。
……だが、全てが手遅れだ。足も羽根も失ったラッシュビートルに、もはや為す術は無い。
「はぁっ!」
――ヒュッ!
剥き出しになった弱点の背中目掛けて、朱音さんの斬撃が振り下ろされる。エンチャントも、強化も、その一切が乗っていない普通の斬撃だ。
――スパッ!
――ブッ……
「……え、えっ?」
だが、刃はまたもやラッシュビートルの体にスッと入り込み……なんと、外殻ごと真っ二つに斬り裂いてしまった。
もちろん、それほどのダメージにラッシュビートルであっても耐えられるわけがない。ラッシュビートルはすぐに光の粒子へと還っていき……今度は、魔石と防具珠が地面に落ちた。切り取った斬羽2枚もちゃんとドロップしている。
「よし、"アイテムボックス・収納"」
ここまで仕留めたラッシュビートルの分も合わせて、アイテムボックスにドロップアイテムを全て収納する。すごいな、魔石がドンドン貯まってくぞ。
「……ランク2の武器の時と、手応えがまるで違うわね」
「あのラッシュビートルが一刀両断、なのです。すごい一撃なのです」
「えっと、私というよりこの武器がすごいんだと思うわ……?」
新調したばかりの武器を眺めながら、朱音さんが戸惑った様子を見せている。ランク4の武器の斬れ味、げに恐るべし……だな。
――ブ……ブ……
「……おいおい、まだ来るのかよ。キリが無いな」
遠くから、またもやラッシュビートルの羽音が聞こえてくる。なぜか同時に2体以上はやってこないようだが、移動する間もなく襲ってくるので気が休まる時が無い。
……これは、しばらくラッシュビートルの数減らしに専念した方が良さそうだな。焦って先に進んでしまうと、周りをラッシュビートルに囲まれて危険な状況に陥りかねない。
「ここに少し留まった方が良さそうだ。危なくなったら第5層まで逃げよう」
「了解なのです。でもでも、練習にはちょうど良い相手なのです。ドンドン倒していくのです!」
「相手にとって不足無しです。新武器の慣らし運転には、うってつけの相手ですね」
「第4層に張り付くよりは、よほど歯ごたえがあるんじゃないかしら?」
「きぃっ!」
「ぱぁ!」
5人ともやる気満々だ。連戦バッチ来いとでも言いたげである。
……これは、俺の責任重大だな。万が一退くタイミングを間違えれば、大変な事態を招きかねない。
今の時刻は、午前10時25分か。よし、30分くらいを目途に休憩しつつ、無理せずラッシュビートルを減らしていこう。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。