3−81:ちょっとだけ、答えは持ち越しで
「あ〜、風が寒い……」
「あら、私はちょうど良いわよ?」
「マジですか……う〜」
最寄りの亀岡駅まで、朱音さんと並んで歩いていく。まだ夜の風はかなり冷たく、それなりに厚着してきたつもりだったが寒さが身に沁みて震えた……朱音さんはへっちゃらな様子だが。相当代謝が良いのか、俺より薄着なのに全く震えている様子が無い。
ちなみに、警察署までパトカーで来たはずの俺たちが、なぜ徒歩で駅まで移動する羽目になっているのか、についてだが。
「帰りをどうするか、聞くの忘れてたな……」
団十郎さんが笑いながら奥へ行き、それに付いて神来社さんとオーラの強い女性も奥に行ってしまったので、気付いた時には話を聞く人が居なくなってしまったのだ。もちろん、俺みたいな一般人が勝手にパトカーを使うわけにもいかない。
それでスマホの地図を広げてみると、最寄りの亀岡駅まで直線距離で1キロくらいだった。歩いて行けない距離ではなかったので、頑張って歩くことにしたのだ。
「戻ってお父様に聞いてみる? 京都まで送ってくれるかも」
「うーん、そこまではいいかなぁ……」
亀岡駅なら列車の本数もそこそこあるので、京都方面へ帰るのに特に不都合は無い。たったそれだけのことのために、わざわざ団十郎さんに話をしに行くのはちょっとな……話せば対応してくれるとは思うが、あまり手を煩わせたくはない。
それに、不良探索者との戦い (戦いと言えるほどやり合ってはいないが)で少し頭がカッカしている部分はある。ほどよく頭を冷やすには、亀岡駅までの道のりはちょうどいい距離かもしれないな。
「ねえ、恩田さん……?」
「ん、なんだ?」
「……う、ううん、なんでもないわ」
「……?」
……なにやら、朱音さんが勇気を出して俺に話し掛けてくれたのだが。肝心な部分を言おうとしたところで勇気がしぼんでしまったのか、言葉を引っ込めてしまった。
まあ、十中八九さっきの続きを聞きたいのだろうと推測しているが。途中から団十郎さんの演説に熱が入って、中途半端な感じで終わってしまったからな……これに関しては、俺からちゃんと言うべきだろう。
「……そうだな、まだ1週間だ」
「えっ?」
「俺と朱音さんが出会ってから、まだ1週間しか経っていない」
足を止めて、横にいる朱音さんの顔を見つめる。それにつられてか、朱音さんも立ち止まって俺を見つめてきた。
……やや奥に立つ街灯に照らされて、朱音さんの整った顔立ちが暗闇に淡く浮かび上がる。
「朱音さんが望んでくれるなら、これからも一緒のダンジョン探索は続いていく。その中でさ、もう少しだけお互いのことを見極めていかないか?」
「………」
などと、なんかカッコつけて言っているが……つまるところ、単なる回答の先送りである。
笑いたければ笑え。俺は年齢=彼女いない歴の34歳冴えないオッサンで、かつ女性関連は学生の頃に嫌な思い出しか無かったからな。朱音さんは悪い人じゃない、と頭では分かっていても……心がどうしても二の足を踏んでしまうんだよ。
それに、勢いでいってやっぱりダメだ、となるとお互い不幸になりかねない。やはり、ある程度の時間は必要だろう。
……かといって、じゃあ1年も2年も朱音さんを待たせるのか、というとそれは違う。
人間という生き物にとって、今の時間というのは非常に貴重だ。それこそ、ダイヤモンドなどとは比べ物にならないほどの価値が1秒1秒に込められている。朱音さんのそれを俺なんかのせいで無駄にしてはいけないし、無駄にして欲しくはない。
そう考えると、最大でも3ヶ月くらいかな。それまでには、お互いが納得するような答えを出さなければなるまい。
「……ふふ、分かったわ。今はそうしておいてあげる」
「……?」
朱音さんはそっと微笑むと、顔を前に向けて歩いていく。
……だが、5歩ほど歩いたところで朱音さんが急に立ち止まった。
「……ねえ、恩田さん」
「ん?」
「今まで、私が会ったことのある男の人の中ではね。家族以外だと恩田さんが初めてなのよ」
……俺に背を向けたまま、朱音さんが急に意味深なことを言い出した。
「な、なにが、だい?」
「男性の顔を、ちゃんと個人の顔として認識できた人は。それまで、私の中に"家族以外の男性"っていうグループがあって、ほぼ全ての男性がそこにカテゴライズされてたから……同性のことはすぐに覚えられるのに、男性の顔を見ても名前が全く思い出せなかったのよ」
おっと、変な意味ではなかったか。良かった良かった……いや、良くはないな。
それ、いわゆる"顔と名前が一致しない"ってやつだろう? それ自体はたまにあることだが……男性限定でそれってことは、もしかして。
「朱音さん、相手の顔をちゃんと見て話せてないんじゃないか? 男性相手だと特に」
「……言われてみれば、確かにそうね。喉元というか、顔以外の所に焦点を合わせてた気がするわ」
なるほどね。そりゃ、団十郎さんが『朱音は男嫌いだ』とはっきり口にするわけだ。
自分の顔を見て話してくれないうえに、それがごくごく自然な感じの行動だったなら……大半の男性はそこで『自分には興味が無いんだな』と判断するだろう。
「でも、恩田さんはそうじゃなかった。私もなぜだか分からないけど、恩田さんの名前と顔はすぐに一致するようになったのよ」
「へえ、そうだったのか」
思えば、わりと最初の方から朱音さんとは目が合うことが多かった。なんとも光栄な話だな。
「だから……その、ね。恩田さんは私にとって、そういう人だってこと」
「そういう人、ってなんだ?」
「……もうっ、分かってるクセに。意地悪っ」
ちょっと拗ねたような口調と共に、朱音さんが振り返る。しかし、朱音さんが浮かべていたのは不満や怒りの顔ではなく……。
「私にとって、恩田さんは特別な人ってことよ。ゆめゆめ忘れないでよねっ」
街灯の光に照らし出されて、今度はハッキリと満開の笑みが見えた。
……全く。俺には眩しすぎるな、その笑顔はさ。
でも、悪い気は全くしない。冴えなくとも俺も男だから、心の底からの女性の笑顔にはやっぱり弱いし……それを引き出せたことが、少しばかり誇らしい気分だ。
「さあ、帰りましょう。京都まで」
「……ああ、そうだな」
再び、朱音さんと並んで歩いていく。その肩同士の距離が、ほんの少しだけ縮まったような……そんな気がした。
◇
「ふふっ、お邪魔しま〜す♪」
「ぱぁ〜♪」
「……いや、なんでこうなった?」
「……きぃ?」
電車を乗り継いで家に帰ると、4人分の声が家の中に響く。1人は戸惑ったような感じのヒナタの声で、1人はもちろん俺の声だが……あとの2人は、ものすごく機嫌が良さそうな朱音さんの声と、同じく機嫌が良さそうなアキの声だ。
亀岡駅に着いた直後、『恩田さん、ちょっと待ってて』と言ってから、朱音さんがどこかに何回か電話を掛けていたのだが……それが終わってからすぐ、不意打ち気味に『今日、恩田さんの家に泊まってもいい? 明日もダンジョン探索に行く予定だから……』と上目遣いに聞かれて、『お、おう……』と咄嗟に返してしまったのだ。
今思えば、それが大失敗だったかもしれない……いや、ある意味では大成功なのか?
いずれにせよ、そのままあれよあれよという間に朱音さんが俺の家までやってきて……この状況になった、というわけだ。ちょっと展開早すぎませんかね、おじさん頭が付いていけてませんよ……?
「あらら、結構散らかってるわね」
「いや、本当に申し訳ない……」
最低限の掃除・洗濯・ゴミ出しなんかはやっていたのだが、前職が超激務だった影響で部屋の片付けが全体的に疎かになっていた。本やら紙やら段ボールやら、1週間である程度固めたがまだ片付けが追いついていないし、ホコリが積もっている場所もかなりある。
……もっとも、何を言っても言い訳にしかならないが。片付けようと思えば休みの日に片付けられたし、それを面倒くさがって動かなかったのは紛れも無い事実だ。
さて、朱音さんの反応は?
「うーん、夜ももう遅いし……片付けはまた今度ね」
「……?」
え、それってどういうこと? 確かに今は20時を回ってるから、この時間から片付けなんて近隣住民の方の迷惑になるだけなんだけどさ……?
「ぱぁ? ぱぁ、ぱぁ!」
「うん? あ、確かにそうね。さすがアキ、賢いわね〜♪」
「ぱぁ〜♪」
アキが何かしらを提案したようで、朱音さんが頷きながらアキを撫でる。もちろん、俺にはアキが何を言っていたのかサッパリ分からない。
「朱音さん、アキはなんて言ってたんだ?」
「あ、ええとね……『アイテムボックスで、ゴミとかホコリとか色々収納できるんじゃない?』って」
「え? あ、確かにそうだな」
あんなにアイテムボックスを活用してたのに、今の今まで全然思い付かなかったよ、その使い方はさ。
ただなぁ。アイテムボックス内の空間的に、ゴミとその他はきちんと隔離されているとはいえ……同じアイテムボックスに入れるという行動に、若干の抵抗感を感じないでもない。
「"アイテムボックス・収納"」
それでも、部屋が汚いままよりはマシだ。とりあえず段ボールやらゴミ袋やらをまとめて収納したので、だいぶ部屋が広くなった感じがする。
……あ、これ別の使い方もできるかも? 見えるものは何でも収納できるから……。
「"アイテムボックス・収納"」
部屋の隅に積もったホコリやら、人前には迂闊に出せないような紙の山なんかもまとめてアイテムボックスに放り込む。期を見てブルースライムに消化してもらえば、処分も簡単にできるだろう。
……てか、落ち着いてよく考えてみるとさ。前職の会社の重要書類が家の中に転がってる状況って、色んな意味でマズいんじゃないか? もう会社は夜逃げして、存在そのものが消滅してるけどさ……。
「とりあえず、寝るスペースは確保できたわ。それで、お布団は……あれ、もう1組あるわね?」
「あ、ああ。少し前に布団を取り替えたんだが、前の布団を捨てるタイミングがなかなか無くてな……」
いや、捨てに行こうと思えば行けたのだが、それよりも寝ることや体力温存を優先した影響でずっと残り続けていた……という方が正しいか。掛け布団と敷き布団は圧縮袋に入れており、封入前に洗ったり干したりはきちんとしたので使用には問題無いと思うが。
「袋から出してもいいかしら?」
「いいよ」
――シャッ
――シュゥゥゥ……
朱音さんが封入口を外すと、空気が入り込む音が僅かに聞こえる。中に敷き布団が入っていたので、取り出して床に置いた。
――シャッ
――シュゥゥゥ……
掛け布団も圧縮袋から出して、床に置く。さて、枕は、と……あ、前に俺が使ってたやつしか無いな。こっちも天日干しやら何やらはちゃんとしたが……。
「あ、枕はそれ使わせて?」
「へ、いいのか? 俺がそれなりに使ってきたやつだけど……」
「いーのいーの、気にしないから♪」
「まあ、朱音さんがそう言うなら……」
朱音さんが気にしないのなら、まあそれでいいや。
そんなこんなで、空いたスペースに朱音さん自ら手際よく布団を敷いていった。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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