3−80:大騒動の、その後に……
「ホントに災難だったな、恩田さん、久我さん」
「いやぁ、本当ですよ。ダンジョン内は人の目が届きにくいので、ああいう輩が出やすいのかもしれません。俺たちも今後は気を付けます」
「ま、だからこそ俺たちのような、ダンジョン犯罪対応専門の警察官が亀岡警察署に居るのさ。まだできて3ヶ月も経っていない部署だが、頑張って対応していくよ」
「ありがとうございます、そう言って頂けると父も喜びます」
「ははは、久我部長にはいつもお世話になってるからな。あの立場だからこそできることを、全力でしてくださっているからには……俺たちも頑張らねば、久我部長に熱意で負けちまうよ」
警察の事情聴取が終わり、亀岡警察署の入り口で神来社さんと朗らかに会話する。もう少し時間がかかるかと思ったが、意外とすぐに終えることができた。
……まあ、俺たちには嘘をつく意味が無いからな。俺たちの行動にほぼ問題が無いことは事前に分かっていたうえ、証拠映像もあったので簡単な内容確認と注意だけですぐ終わった。
で、だ。聴取対応してくれた警察の人によると『レーザーを撃たれて髪が焼き切れた、これは過剰防衛だ!』だの『雑に運ばれたせいで髪の毛が千切れた、これは傷害罪だ!』だの、男たちは騒ぎ立てていたそうだ。これで奴らがケガを負っていたら、実は俺たちもだいぶアウト寄りになっていたらしいが……髪の毛が薄くなっただけでケガらしいケガは一切無かったので、正当防衛の範疇として判断してくれたようだ。怒りに任せて粗雑に引きずってきたが、プロテクションを掛けといて本当によかったよ。
もっとも、『実際はそうではないとはいえ、裏の存在を連想させるような発言は厳に慎んでください』との注意も同時に受けてしまったが。まあ、俺の家系は全員ちゃんと表の道を歩んできているので、そこは心配しないで欲しい。
「ねえ、恩田さん」
「ん、なんだい?」
隣に並んで立っていた朱音さんが、俺に向き直る。その表情は、心なしかホッとしているように見えた。
「ちゃんとお礼を言えてなかったから、今のうちに、ね。
ありがとう、恩田さん。実はちょっと怖かったんだけど……恩田さんが前に立って庇ってくれたから、すごく心に余裕を持てたわ」
「……おう、どういたしまして」
多分、だけどさ。朱音さん、ちょっとどころの怖さじゃなかったんじゃないかな。
俺が前に立った時、朱音さんはずっと俺の後ろに隠れていたから。今思えば、その行動は明らかに普段の朱音さんらしくなかった。
強敵と分かっていたラッシュビートルにも、なんならヘラクレスビートル相手でさえも臆することなく直接攻撃を加えにいった朱音さんが、あの程度の相手に怯むはずが無い。
……何かしら、ああいう輩に対して思い出したくもない嫌な思い出があるなら、話は別だけどな。いわゆる"トラウマ"というヤツだが、そういうのに直面すると人というのは驚くほど動けなくなるものだ。
そういう意味で、俺が矢面に立ったのは正解だった。多くのヘイトが俺に集まっていたので、朱音さんの心理的負担も少しは軽くできたのではないだろうか。
「恩田殿」
そうして、少ししんみりした雰囲気に包まれていると……向こうから、団十郎さんがゆっくりと歩いてきた。その表情は、少しばかり怒りの色を帯びていた。
もっとも、その怒りの矛先は俺ではなく、全く別の所にあるようだが。まあ、おそらく
……。
「久我部長、お疲れ様です」
「あ、団十郎さん。あの男たちは白状しましたか?」
「いや、2人とも反省の色が一切見えない。証拠は揃っているのだが、俺は悪くないの一点張りで聞く耳を持とうとしない。
ゆえに、ヤツらはギフト覚醒者向けの特殊な部屋に留置した。特殊な仕掛けが施された場所ゆえ、簡単には出れまいよ」
へえ、警察署内にそんな場所があるのか。
……随分と準備がいいな、迷宮犯罪対策課ってできてまだ3か月も経ってないんだろ? ダンジョンが一般開放されたのもほんの2ヶ月前のことだし、こういう犯罪者が現れることも予見して準備したんだろうな。
そのわりには、迷宮犯罪対策課に所属している警察官の人があまりダンジョンに適応できていない気もするが。単に育成が追いついてないだけなら、まだいいんだけどな……。
「ときに、恩田殿」
「はい、なんでしょうか?」
「君は、朱音のことをどう思っているのだ?」
「えっ?」
ふむ、これは警察署に来る前の続きだな。ここはきちんと答えねばなるまい、気を引き締めるか。
……ちなみに、『えっ?』と言ったのは俺ではなく、朱音さんだ。神来社さんはニヤニヤしながらも、そっと距離をおいてくれた。
「もちろん、信頼して背中を預けられる仲間だと思っています。亀岡迷宮開発局で申し上げた内容と、全く変わりありません」
「……ふむ、信頼して背中を預けられる、か」
「はい」
俺の言葉に頷きながらも、団十郎さんはどこか納得していないような表情を浮かべている。その理由は、おそらく……。
「しかし、恩田殿。信頼とは言ったが、それはほんの1週間程度で醸成できるほど、安いものなのかね?」
やはり、団十郎さんはそこが引っかかってるのか。
……普通、信頼というのは何年もかけて、じっくり築き上げていくものだ。相手の期待に何度も何度も応え続けて、ようやく第一歩を踏み出せるくらいに"信頼"というのは重いものだ。
それをたったの1週間で築き上げたなど、それこそ信用ならないのだろう。その"信頼"とやらは単なるハリボテなのではないか、と団十郎さんは言いたいわけだ。
だが、それに対する俺の答えは決まっている。
「ダンジョン探索は命懸けですので。死線を共に潜り抜けたとなれば、短期間で信頼も生まれましょう」
「む……」
あえて言葉にするのであれば、あらゆる体験の密度や危険度が桁違いに高いのだ、ダンジョン探索は。1つのミスが即命取りになり、不和が死神を引き寄せてくる。ダンジョンとは、そういう場なのだ。
そんな場所で、それなりに気が合う者同士が一緒にいたらどうなるか? 互いが互いの隙を補い合い、いつしか戦友となり……背中を預け合う間柄になっていくのは、自然な流れではないだろうか?
そうしなければ、生き残れないのだから。
「ダンジョン探索において、自分に足りない所を朱音さんは補ってくれています。逆もまた然りです。
ゆえに、朱音さんは信頼に足る人物だと、背中を預けられる人だと……私はそう考えています」
「ほう……」
「……♪」
……こうして思い返してみると、なんか不思議だよな。朱音さんとはほんの1週間程度の付き合いでしかないのに、2人で示し合わせてダンジョンに潜るのがもう当たり前になっているのだから。
「……では、朱音と共にありたいと考えているか?」
「!?!?」
表現はやや婉曲的ながら、内容自体はかなり直球で団十郎さんが聞いてきた。朱音さんがめちゃくちゃ驚いてますよ?
まあ、こちらもこちらで返す言葉は決まってるけどな。
「それは、また別の話でしょう。人生の長い時間を共に過ごすとなれば、良い部分と共にきっと互いの嫌な部分も見えてくるはず。それを受け入れられるか否かが、重要になってくるのかなと思います。
……私は、少々歳を重ね過ぎました。もっと私が若ければ、全てを無視して勢いで一緒になる選択肢もあったかもしれませんが……今となっては無理ですね」
まあ、仮に俺が20代前半の頃だったとしても、きっと似た回答しかできなかったとは思うが。元々、俺はそういう人間だからな……。
「ふむふむ、そうかそうか。しかし、こうも考えられないかな?」
「……?」
団十郎さんが、溜めるように言葉を区切る。納得してなさそうな表情は既に霧散し、その顔には笑みさえ浮かんでいた。
「人生、何かを始めるのに遅すぎることはない、と。思い立てば、人は何歳であっても生き方を変えられるのではないかな?」
……!
「歳を取ったから、体力や気力が無いから、柔軟な考え方ができなくなったから。だから、自分はもう生き方を変えることはできない。感動を覚えることはできない。
……果たして、本当にそうだろうか? 私も既に50を越えた年齢の身、肉体的な衰えは確かに感じている。しかし、気持ちの面では日々これ新鮮で、毎日新しい発見がある。それが楽しくて仕方ないのだよ」
バッと両腕を横に広げて、団十郎さんが朗々と語る。
「警察キャリア組としての出世コースをかなぐり捨ててまでも、私は今の立場に付いた。その方が新たな体験ができそうであったからだ。
成功も失敗も判断し難い新興部署の長の立場ゆえ、自ら道を切り拓いていかねばならないが……それは、本当にやりがいのあることだ」
……立派な人だ、団十郎さんは。俺とは全然違うよ。
「しかし、それは団十郎さんだからこそできるのであって、俺にはとても……」
「恩田君にできないわけがなかろう。なにせ君は、探索者としての新たな第1歩を既に踏み出しているのだからな」
「!!」
団十郎さんの言葉に、俺は固まった。
「探索者になったきっかけは、なんとなくだったかもしれぬ。確固たる意思があって、探索者になったわけではないかもしれぬ。
……だが、他にも選択肢があっただろう中で恩田君は探索者を選んだ。全く新しい生き方を選ぶことができた。そう、君はできるのだ」
と、団十郎さんが顎に指を当てて考え込み始める。
「……しかし、ふむ。迷宮犯罪対策部の長ともあろう者が、ダンジョンに1度も潜ったことが無いとは話にならんな。現場を知らぬ指揮官なぞ、現場を乱す邪魔者でしかあるまい?
どれ、私も探索者としてデビューしてみるかな? それはとても楽しそうだ」
「久我部長、それはよろしくありません」
「人には立場と役割というものもありますゆえ、どうかご理解を」
いつの間にか、神来社さんの他にもう1人警察官がこの場に来ていた。背は俺より頭1つ分くらい低く、ほっそりとした体格の妙齢の女性なのだが……俺の勘が告げているのだ。
探索者としての格は、この人の方が圧倒的に上であると。澄川さんに匹敵するレベルだろう、なんというかオーラみたいなものをこの女性から感じるのだ。
「……とまあ、残念ながらこういうわけだ。立場が高くなると、できることは増えるができないことも増えてしまう。悲しいものだ」
大袈裟に涙を拭うような仕草を団十郎さんがするが、嘘泣きなのはバレバレだ。
「おっと、話がだいぶ逸れてしまったな。
まあ、恩田君も年齢を言い訳にせず、前を向いて生きていこうじゃないか。大丈夫、君ならきっとできる!」
はっはっはっ、と上機嫌に笑いながら団十郎さんは警察署の中に戻っていく。時刻は既に午後7時を回っているのだが、やるべき仕事が団十郎さんにはまだあるのだろう。
……というか、団十郎さんの俺に対する呼び方が、いつの間にか"恩田君"になってたんだが。なにか、団十郎さんの琴線に触れるような発言したかなぁ……?
いや、それ以前に。
「朱音さんとの仲の話だったはずが、いつの間にか人生の教訓めいた話に変わってませんでしたかね……?」
寡黙で厳しい人だと思ったのだが、案外話し出すと止まらないまま暴走する人なのかもしれないな。
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