3−79:男2人の末路、そして久我家の大黒柱
「おかえりなさ……えっ? そのお2人は一体?」
ダンジョンゲートを出て階段を上ると、すぐ目の前に受付嬢さんが立っていた。これは、ちょうどいいところに居てくれたよ。
「ああ、受付嬢さん、ちょうど良かった。コイツらにダンジョン内で襲撃されてな、どちらもケガは無かったが無力化して引きずってきた。とりあえず、警察を呼んで貰えないか?」
「わ、分かりました!」
受付嬢さんが、カウンターに置いてあった電話の受話器を持ち上げて番号を打つ。今どき固定電話とは珍しいが、これで警察官もすぐに駆け付けてくれるだろう。
「あ、受付嬢さん」
「はい、なんでしょうか!?」
「警察を呼ぶのでしたら、『久我』という名字も一緒にお伝え願えますか?」
「は、はい! 分かりました!」
受付嬢さんの返事が明朗に響く。その間も決して動きは止まることなく、迷いも淀みも一切無い。急に緊急事態が発生しても、やるべき対応をしっかりやれるよう訓練されているのかもしれないな。
「あ、もしもし警察ですか、こちらは亀岡迷宮開発局です――」
◇
「……全く、また君かいな。随分な巻き込まれ具合だが、1度お祓いしてもらった方がいいんじゃないかね?」
「ははは、局長もぜひ一緒に行きましょう。京都なら、よりどりみどりどこでも選び放題ですよ?」
「今の京都は海外からの観光客ばかりじゃないか。お祓いもなにもあったもんじゃないて」
「探せば良い場所があるかもしれませんよ? 京都は広いですから」
「……ま、そうかもしれんがなぁ」
腕を組み、愚痴をこぼしながらも権藤さんが苦笑する。
警察に連絡するのと併せて、受付嬢さんは権藤さんにも一報を入れてくれたようだ。警察の人が来るより先に権藤さんが駆け付けてくれたので、本当に助かったよ。
これで少なくとも、警察官に誤解されたうえに即連行! とはならなくなった。間に亀岡ダンジョンの責任者である権藤さんが入ってくれれば、話はスムーズに進むだろう。
「まあ、聞きたいことは山ほどあるが今はええ。この2人はちゃんと拘束できとるから、今は警察官が到着するのを待とうか」
「そうですね……ふむ」
「「む……ぐ……」」
「……ふん」
権藤さんと朱音さん、ついでに俺の視線が、縄で口までぐるぐる巻きにされた男2人の方へと向く。この縄、本来は対モンスター用の拘束アイテムらしいのだが、それを権藤さんが持ってきて男2人に使ってくれたのだ。
その効果、まさに抜群。動きだけでなくスキルやギフトも封じてくれるようで、麻痺も睡眠も解けた男2人が何もできずに転がっている。
そろそろ状態異常を再付与しないとなぁ、でもアキを表に出したくないし……と悩んでいたタイミングで権藤さんが来てくれたので、余計な手間が省けた。ダンジョンを出てから魔力収支が赤字に傾きつつあった青い線も、この縄のお陰で外せたしな。権藤様々だよ、本当にさ。
ちなみに、ヒナタとアキは俺のリュックの中へ入ってもらった。たまにゴソゴソと動く気配はするが、とても静かにおとなしくしてくれている。
さて、あとは警察官の到着を待つだけだ――
――バタンッ!
――スタッ、スタッ、スタッ
「………」
3人で取り留めのない話をしていると、入口にある鋼鉄製の扉が勢い良く開け放たれた。そこから、今どき珍しくスーツにネクタイをビシッと決めたナイスミドルが中に入ってくる。
「久我部長! お待ちください!」
「ちょっと落ち着いてください!」
その後ろから、警察官の制服を着た人たちが慌てた様子で付いてくる。
……ナイスミドルを除いて7人か、かなりの大人数で駆け付けてくれたようだが、相手が探索者だからだろうか。警察も、探索者の扱いには苦慮しているところなのかもしれないな。
そして、警察官の人たちから敬語で話されているあたり、どうやらこのナイスミドルは中々に偉い人であるようだ。あとは……なるほど、久我部長ね。ということは、この人がもしかして……。
「あれ、お父様?」
「……うん、やっぱりね」
やはり、このナイスミドルが朱音さんのお父さんか。
男の俺から見ても、モテない時期なんか存在しなかったんじゃないか、と思うくらいにカッコいい。背筋もピンと伸びており、纏うオーラが半端なく輝いてみえる。良い歳の取り方をする、というのはまさにこういうことなんだな。
そして、なんだか既視感があるな、と思ったら藍梨さんに似てる……いや、藍梨さんがこの人に似てるのか。藍梨さん、女性ながらにこのナイスミドルの影響を強く受けているらしい。
そうなると、朱音さんはお母さん似なんだろうか? 朱音さんとナイスミドルが親子だと言われると納得はするが、そこまでがっつり似てる感じはしないからな。
「……!」
と、朱音さんのお父さんが俺たちの存在に気付いたようだ。視線をこちらに固定しながら、まっすぐ歩いてくる。
……やがて、朱音さんのお父さんが俺たちの前で立ち止まった。少しだけ朱音さんのお父さんの方が背が高いので、やや見上げるような形となっている。
「……ふむ、大丈夫そうだな?」
「はい」
仲が悪いわけではないようだが、少し朱音さんが緊張している。厳しいお父さんなのかもしれないな。
……ただ、朱音さんは気付いてるかな? ここには不届き者2人と権藤さん、俺も居るのに……何よりも先に、朱音さんの無事を確認しにきたことに。
「すまないが、先に済ませるべきことがある。局長、状況説明をお願いしたい」
「はい、分かりました」
朱音さんのお父さんからの一言で、権藤さんによる状況説明が始まった。
俺と朱音さんの証言、受付嬢さんの証言……意味合いが変わってしまうような改変は一切無く、朱音さんのお父さん含む警察官の人に向けて説明がなされていく。
……念のため、と俺が撮っておいたボイスレコーダーの音声と、黒鎧男が持っていたペン型カメラの映像を提出して確認してもらった時。朱音さんのお父さんの圧が、ほんの一瞬だけ強まったのは気付かなかったことにしておこう。
「まあ、これは私の所見ではありますが……明らかにこの男2人がよろしくなさそうです。妙な髪型になっているのは気になりますが、それ以外にケガなどさせられた形跡はありませんでしたし」
「あぁ!? どこがだよ、俺たちは被害者なんだぞ!?」
「そうだそうだ! 謝罪と賠償を要求する!」
口縄だけ外された男2人が盛大に喚き散らすが、まさにそういうところが信用されない原因だと思うのだが……まあ、こういう手合いには一生分からないのかもしれないな。
「ふむ、私も局長と同意見だ。わざわざ自分たちの手で、自分たちの悪事の証拠まで残しているわけだからな。もはや言い逃れはできまい」
「「………」」
そんな男2人の言葉を意にも介さず、朱音さんのお父さんがピシャリと言い放つ。男2人は口をつぐみ、朱音さんのお父さんを睨み付けていた。
「さて、詳しいことは署で聞くとしようかな。申し訳ないが、ここはお2人にも来てもらいたい」
「分かりました、装備を置いてから入り口に行きます」
「ええ」
装備をそのままに、外へ出ることはできない。それらを急いでロッカーにしまってから、入り口に2人で赴いた。
ダンジョンゲートの入り口には、朱音さんのお父さんと制服の警察官1人が立っていた。警察官の方は制帽をやや目深に被っており、顔はよく見えない。
「お待ちしておりました。それでは、お2人ともどうぞこちらへ……」
制服の警察官に促されて、俺と朱音さん、そして朱音さんのお父さんがダンジョンバリケードから外に出る。外を見るとパトカー3台が停まっており、男が警察官2人に挟まれながら、1人ずつパトカーに乗せられていた。
そして俺たちは、男たちが乗せられたものとは違うパトカーの方へと案内されていく。
「……ん?」
ふと、制帽の隙間から制服の警察官の顔が見えた。ただ、この人どこかで見たことがあるような……あ。
「あれ、もしかして神来社さん?」
「おっと、もう気が付いたのか、恩田さんよ」
制帽がクイッと持ち上がると、その向こうに気の良さそうな顔がニカッと笑っていた。間違いなく、探索者の神来社大司さんだ。
「サンデー探索者は仮の姿。本当の職業は亀岡警察署、亀岡迷宮犯罪対策課所属課員。神来社大司だ、よろしくな」
「よろしくお願いします」
随分と人間ができた人だとは思っていたが……なんと、神来社さんは警察官だったようだ。
「そして、こちらの方が……」
「神来社課員、それは私からさせて頂こう。
……私は久我団十郎、府警本部にて迷宮犯罪対策部長を仰せつかっている者だ。あの不届きな奴らに余計な情報を与えないため、今まで自己紹介ができず申し訳なかった」
ごく自然な様子で、団十郎さんが頭を下げてくる。その手際 (?)は見事なもので、腰の角度からタイミングまで、その全てが完璧だった。
……いや、まあ、なんというか。
「海千山千ないい人、希少だな……」
府警本部の迷宮犯罪対策部長ってことは、一般企業で例えるなら大企業の支社部長クラスか、本社課長クラスの人だ。誰でもたどり着けるような立場じゃない。
そして、地位が相応に高い分だけ周りとの競争も激しいはずだ。少なくとも、単なる"いい人"では即座に潰されて終わるだろう。そうならないのは、団十郎さんの世渡りの巧さもあるのだろうが……。
「ふむ、そう言ってもらえると光栄だな」
フッ、と自然に微笑むこの人には、きっと人徳があるのだろう。なんとなくだが、そんな気がした。
「おっと、すみません。本来は先にご挨拶すべきところを……」
「いや、構わない。恩田高良殿だろう? 家内の冨士子からのまた聞きで申し訳ないが、恩田殿には娘が大変世話になっていると聞いた。
……大層な男嫌いだった朱音が、随分と心を許しているとも、な」
スウッ、と団十郎さんの目が細まる。猛禽類を思わせる鋭い視線が、威圧するように俺をじっと見つめてきた。
娘に付いた悪い虫は、たとえ娘に嫌われようと排除も辞さない……そんな、強い意志を感じる。良いお父さんじゃないか。
……でもさ、団十郎さんの俺に対する圧がやけに強くないか? 冨士子さんって朱音さんのお母さんだろ? もしかして、団十郎さんに余計なこと吹き込んだんじゃないかコレ?
まあ、その辺の威圧的なものは俺の親父でわりと慣れてるから、あまり気にはならないんだけどさ。むしろ適度な緊張感をもって、俺が思うことをそのまま団十郎さんに伝えられそうだ。
「朱音さんは、信頼できる得難き仲間です。だからこそ、ダンジョン探索を共にしているのです。
モンスターに絶え間なく襲われ、命の危険もあるような極限環境下において、なんの躊躇いも無く背中を預けられる人に巡り会うことができた。そんな朱音さんの存在が、私にとってどれほど心強いことか。何度かソロでダンジョンに潜りましたが、その時とは心持ちが全く違います。
……本当に、私は幸運な人間だと思います」
「……♪」
ごまかす必要は全く無いので、素直な気持ちを吐露していく。団十郎さんも神来社さんも、パトカーに乗るのを急かすことなく俺の言葉を聞いてくれた。
……ただ、ちょっと寒いな。3月も中盤に差し掛かっているが、午後6時を回って日が落ちるとさすがに寒い。ここはわりと川が近く、風が少しあるのでなおさらだ。
「っと、続きは警察署で話しましょうか。ここは少しばかり寒いので、ちょっと皆さんに申し訳ないです」
「ふむ? そうか、そうだな。では、パトカーに乗り込もうか」
「はい」
そう言ってから、俺は助手席に乗り込む。一応免許証は持っているが、さすがに俺がパトカーを運転するのはおかしいからな……。
「皆さん、乗り込みましたかね?」
「ああ、大丈夫だ」
「私も大丈夫です」
「いつでもいいですよ、神来社さん」
運転席に座った神来社さんが、パトカーのエンジンをかける。神来社さんの後ろの席に団十郎さん、俺の後ろの席には朱音さんが座った。
シートベルトはきちんと付いてるな……よし、オッケーだ。
「はい、それでは署までご同行願いますね」
神来社さんがそう言うと、パトカーはゆっくりと走り出した。
向かうは亀岡警察署、馬堀駅からは少しだけ距離があるようだ。ここから車で、大体10分くらいかな?
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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