3−77:決して忘れるな、ダンジョンは現代社会と隔絶された特殊空間であるということを
「"エンチャント・サンダー・ツイン"、"プロテクション・ツイン"、"パワーゲイン・ツイン"……と。準備はいいか、朱音さん?」
「ええ、いつでもいけるわ」
あと数段上がれば、モンスターの坩堝・第4層に頭が入る。目には見えない階層境界を越え、第4層の床をしっかりと踏みしめてからが戦闘開始だ。
目標は、モンスターの殲滅。魔力を1割使い、朱音さんと自分に付与魔法を掛けた。
「朱音さん。俺のフラッシュが消えたら、上がってきて一緒に攻撃だ」
「ええ」
フラッシュでモンスターを足止めし、その隙に遠距離攻撃を連発する。やることはいつもと変わらない、もはや単純作業だ。
危険な分だけ、危険作業手当はたっぷり付いてくるけどな。
「……よし、カウントダウン行くぞ。3、2、1……GO!」
足に力を込め、一気に第4層へと飛び出す。
「「「「ギャ?」」」」
無数の視線が俺を射抜くが、もはや慣れたものだ。むしろこれは、俺にとってチャンスでしかない。
「朱音さん、いいか!?」
「オッケーよ!」
「よし、"フラッシュ"!」
――カッ!!
いつものように目を塞ぎながら、フラッシュを行使する。
「「「「ギャァァァッ!?」」」」
「「「「キィィィッ!?」」」」
「「「「ギィィィッ!?」」」」
「「ぐっ!?」」
閃光の向こうで、敵がフラッシュにやられて悲鳴をあげるのが聞こえた。
……そして、閃光が止む。パッと目を開けて見てみると、既に朱音さんは俺の隣に来ていた。
「朱音さん、あっち側は頼んだ! "サンダーボルト・チェイン"!」
「ええ! "飛刃・雷鳥"!」
朱音さんと背中合わせになり、正面に向けて魔法を行使する。後ろの朱音さんは、武技を使ってモンスターを攻撃し始めた。
そして、モンスターはことごとくフラッシュにやられて、全く動けない状態だ。攻撃どころか移動すらできないモンスターなど、俺たちにとっては良い的でしかない。
――バチバチバチッ!!
「「「ギャッ!?」」」
――バヂヂヂヂッ!!
「「「ギィッ!?」」」
電撃が飛び交い、モンスターの断末魔があちこちからあがる。雷魔法はもともと射程距離が長いが、それを雷属性付与魔法で更に強化している。十分な威力を保ったまま、第4層の端まで攻撃は届いていった。
朱音さんの場合もそれは同じで、雷を纏った武技は射程距離が非常に長くなる。聞こえてくる音からして、遠くのモンスターも問題なく仕留められているようだ。
……やがて、モンスターの姿がどこにも見えなくなる。あちこちに魔石や装備珠が散らばり、光が反射してキラキラと輝いていた。
「………」
チラ、と上り階段の方の様子を伺う。
……ふむ、誰もいないか。
「"アイテムボックス・収納"、"アイテムボックス・収納"、"アイテムボックス・収納"、"アイテムボックス・収納"……これは、結構いったな」
「4回ってことは、300個は超えてたってことよね?」
「ああ」
ドロップ品の数が300個を超えたということは、魔物がほぼ湧き直していたことを意味している。第4層を突破した探索者が俺たちの他におらず、魔物の数がほとんど減らなかったのだろう。
「よし、宝箱も無いみたいだ。先に進もうか、朱音さん」
「ええ」
ドロップアイテムを全て拾い、上り階段に向けて歩を進めていく。
「……さて。分かってるな、朱音さん?」
「……ええ」
どこか緊張を隠せない朱音さんに、再度確認をしながら。
俺は、ポケットに忍ばせたスマホを操作した。
「………」
「………」
周囲を警戒しながら、第3層への上り階段を1段ずつ上っていく。オートセンシングでも目視確認でも、俺たち以外の存在は全く検知されていないが……油断はできない。
「……もうすぐ第3層だな」
「………」
何事も起きないまま、第3層の天井が見えるくらいの位置まで来た。あと10段も上れば、第3層へ入ることになる。
そして、そのまま第3層の下り階段前広場に入った。
「……来るっ!」
「盾展開!」
俺と朱音さんがほぼ同時に気付き、後ろに振り向いて盾を構えた。
――ブォン!
――ガギギィッ!
展開した防壁に、剣とハンマーが振り下ろされる。横目で一瞬確認したが、どうやら朱音さんの方には攻撃が行かなかったようだ。
ただ、攻撃を受け止めた感じだと衝撃は全く無く、圧力も大したことは無い。2発の攻撃を合わせても、ラッシュビートルの突進攻撃より低威力なのは明らかだった。これなら、仮に朱音さんが攻撃されていたとしても余裕で受け止めていただろう。
――ヂヂヂヂヂッ!
「「ぐぐぐぐぐ……!」」
接触面から火花を散らしながら、防壁が剣とハンマーを押し返す。襲撃者が力一杯防壁を押してくるが、パワーゲインの恩恵を受けた俺にとっては、そよ風ほどの圧にもならない。
逆に襲撃者を押し返すべく、更に強く魔力を込める。
――バヂッ!
「うおっ!?」
「ちっ!?」
一定量の魔力を注いだところで、剣とハンマーが激しい音を立てながら弾き飛ばされた。もちろん、俺たちの方は無事である。
そして、弾かれた武器を襲撃者が拾いに行ったことで、距離が大きく開く。これで余裕ができたので、防壁を消して襲撃者の正体を確認してみれば……やはり、見覚えのある連中だった。
「お前ら、入り口ですれ違った奴らか」
「……♪」
襲撃者は、ダンジョンに入る前にすれ違った男2人組だった。あの時、武具を装備した姿までは見ていなかったのだが……白い鎧を着た背が高い男と、黒い鎧を着た背が低い男の2人組か。
まあ、ほぼ予想できていたことだ。さり気なく朱音さんを後ろに下げて、盾を構える。
白鎧の男の方は長剣を装備し、俺や朱音さんとほぼ同じくらいの身長をしている。黒鎧の男の方は大型のハンマーを持っており、背は俺たちより10センチほど低いようだ。どちらも盾は装備しておらず、守備より攻撃に重きを置いている様子が見てとれる。
……それでもラッシュビートルの攻撃力を超えられないあたり、探索者としての実力はたかが知れてるな。
そして、どうしてその色を選んだのかはさっぱり分からないが……2人の髪色は、揃って銀髪だった。さすがに自然色とは思えないし、これは確実に染めてるな。
「……ダサッ、あれでカッコいいとか思ってるの?」
ちょっ、朱音さんそれはアカンて。コイツらのどの要素に向けて言ってるかは分からないが、本人たちに言わせればアレは個性の発露なのだから。
……まあ、声量が小さくて2人には聞こえてなかったみたいだが。結構辛辣な評価だったし、聞こえなかったのはコイツらにとって不幸中の幸いだったかもしれないな。
「なんだなんだ、蚊が止まったのかと思ったぞ?」
武器を構え直しながらこちらを睨みつける2人に向けて、まずは簡単に煽りを入れてみる。これですぐ怒るなら、さっきの攻撃と合わせ手強い相手ではないと判断できるし……もし怒らなければ、冷静な相手ゆえ警戒しなければならない。果たして、コイツらはどっちだ?
「はっ! あれが俺らの本気なワケねえだろ、ザコが!」
「調子乗んなよ、冴えないオッサンのクセによ!」
上から順に白鎧男、黒鎧男の発言だが……俺たちにとっては幸いなことに、コイツらは前者の輩だったようだ。一応は演技の可能性もあるので、警戒度はそのまま継続するが……演技できるタイプには見えないんだよなぁ、コイツら。
もっとも、だからといって侮っていいわけではない。コイツらを無力化するまでは、何が起こるか分からないのだから。
「ふん、俺の魔法を食らって『ぐっ!?』とか言ってたクセに。ショボい攻撃しかできないわりに自己主張だけは随分と達者なんだな、と思ってね。これなら、蚊と戦う方がよっぽど手強いんじゃないか?」
「ちっ! オッサンが減らず口を叩くんじゃねえよ!」
おいおい、語彙力の無いチンピラかよ……そういうのって、もう絶滅危惧種なんじゃないのか? 最近は表立って、そういうのをあまり見かけなくなったしなぁ。
代わりに、正義面しながらまるで見当違いな相手を威圧する人が増えた気はするけどな。天災や人身事故なんかで列車が止まった駅で、駅員さんに怒鳴りかかる人とか……接客業に携わる皆さん、本当にお疲れ様です。閑話休題。
「図星を突かれて、吠えて威圧して誤魔化そうとするって……典型的な小者ムーブよね」
「だな。俺も人様のことは言えた義理じゃないが、そんなんじゃ視聴者さんにはウケないんじゃないか?」
朱音さんも加わって、相手を徹底的に煽り倒す。もっとも、朱音さんの場合は煽りではなく、本心からくる嫌悪感をそのまま口にしただけのような気もするが……それならそれで、相手が受ける口撃ダメージが増すのは間違いない。
そして、俺が"視聴者さん"と言ったのは、コイツらが動画配信者である可能性が高いからだ。前に亀岡ダンジョンで見かけた配信者と背格好がよく似てるし、配信者というのは仕事柄目立つ格好をする傾向にあるからな。コイツらもそうなんじゃないか、と考えたわけだ。
「う、うっせーんだよクソが!? 今は目立ててないだけだっつーの!」
「オッサンのクセに生意気抜かしてんじゃねえぞコラ!?」
おっと、どうやら怒りの導火線に完全に火を付けてしまったらしい。顔を真っ赤にして怒っているが、動画配信がうまくいっていないのだろうか? この反応だと多分そうなんだろうな。
まあ、最近は動画配信者にも品格が求められる時代だからな。これまでの言動からして、彼らにそれが十分足りているとは到底思えない。だから視聴者さんに、人間的な底の浅さを見抜かれてるんだろう。
「おら、威勢のいいこと言っててもよ、第4層でモンスターと戦って疲れてんだろ? さっさと金目のもんと女を置いて、どっかいけよザコが」
「……で、言うことは結局それかよ」
もっと、こう……ねえ? ちょっと観察力が足りないんじゃないか? 俺らが本当にヘトヘトだったら、奇襲攻撃を食らってとっくに終わってたと思うんだが。
愚か者の代名詞である迷惑系配信者でも、もう少しクレバーに立ち回るぞ。お前ら、だから三流配信者止まりなんじゃないのか?」
「誰が迷惑系以下だ! 誰が三流配信者だ!! ふざけんな!!!」
「おっと、思ってたことが口から出てたか、すまんすまん。
……一応言っておくが、迷惑系"以下"じゃなくて迷惑系"未満"だからな? お前ら、どう見てもそのレベルにすら達してないっての」
「「がぁぁぁぁぁ!!」」
白鎧男も黒鎧男も、大激怒して地団駄を踏んでいる。ちょっと煽りすぎたかもしれないが、後悔はしていない。
……それに。
コイツらの視線を俺に釘付けにさせる、という最大の目的は達成したからな。
「クソが、もう許さん! テメェをボコボコにして、お前の目の前でその女を――」
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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