3−76:未解決問題にも等しき超難問だ……俺にとってはな
「……ふう」
繋いでいた青い線を、朱音さんの首筋から外す。吸い取った魔力と休憩分の自然回復量を合わせて、ほぼ空っぽの状態から5割ほどまで魔力を戻すことができた。帰りの道中で何も起こらなければ、外へ出るまでに魔力が尽きることはないだろう。
……いや、これフラグじゃないからな? もう本当に頼むから勘弁してくれよ……?
「……うふ、うふふふふ……」
……それで、今の朱音さんの様子なのだが。ちょっと……いや、決して人にはお見せできないような感じの表情を浮かべていらっしゃる。ご本人様の御名誉のために、あえて詳細を申し上げることは致しかねるが……相当お気に召したご様子である、ということだけはお伝えしておこう。
「………」
「きぃ♪」
まあ、朱音さんがそんな状態なので、ここを出発するまでに少しばかり待ち時間ができた。朱音さんが復帰してくるまでは、警戒はしつつもヒナタと遊んでいようかな。
「ぱぁ……」
「ん? ああ、アキもおいで。"アイテムボックス・取出"」
で、構ってもらえないアキがとても寂しそうにしていたので、ラッシュビートルの魔石を2つ取り出しつつ手招きをした。
……いやいや、俺は不審者なんかじゃねえぞ……って、誰に言い訳してんだろうな、俺。
「ぱぁ? ぱぁぁ♪」
――フワッ
水と日光はたっぷり浴びたものの、まだエネルギーが足りなかったらしい。
俺の右肩にフワリと跳び乗り、魔石を受け取るとアキは一心不乱に食べ始めた。
「さ、ヒナタもゆっくり食べな」
「きぃ♪」
もちろん、魔石はヒナタにも渡す。ヒナタが状態異常の霧をウインドブレスで撒いてくれたおかげで、あの場に居たラッシュビートルを一掃することができたのだ。今やお金のことはあまり気にしなくともよくなったので、魔石は2人へ積極的にあげることにしている。
「きゅっ、きゅぅぅぅ……♪」
「ぱむ、もむもむもむ……♪」
ポリポリ、パクパク、ムシャムシャ……2人とも、大きな魔石を美味しそうに頬張っている。発電にも使える謎エネルギーを含んだ魔石が、そのまま2人の成長のための糧になるわけか。
……そういえば、ヘラクレスビートルの魔石ってどんなのだろう?
「……"アイテムボックス・取出"って重っ!?」
――ゴトン!
試しにアイテムボックスから取り出してみたのだが、予想以上に大きくて重たかった。パワーゲインの効果は既に切れているので、魔石を持ちきれずに地面へと落としてしまった。
「でっか……」
見ると、俺の頭よりも魔石の方が少しだけ大きい。色合いも、はっきり赤色だと分かるくらいには色味を帯びている。これほど高品質な魔石は初めて見た気がするな。
ヘルズラビットもハイリザードマンも、魔石はここまで大きくなかったし、ここまで鮮やかな色ではなかったぞ……これ、売ったらいくらになるんだろうな?
魔石は大きくて色が濃いものほど含有するエネルギー量が多く、高値で売れる。それを鑑みれば、ヘラクレスビートルの魔石は4000円くらいの値が付きそうだ。
「………」
……ふと、ハイリザードマンの魔石をヒナタにあげた時のことを思い出す。
ヒナタは風属性と光属性がメインなのに、ウインドブレスやホーリーブレスよりも先にファイアブレスを使うことができるようになった。それは、ハイリザードマンの魔石を食べたからだと考えたが……もしかすると、ヘラクレスビートルの魔石でもなにかしらスキルが得られるんじゃないか?
しかし、どんなスキルなんだ? もしかして"岩投げ"とかか……?
だが、ヒナタやアキがあの巨大な岩を持ち上げる姿が想像できない。もしそうなら、2人にはちょっと合わないかもしれないな……。
今後、パワー系のモンスターが仲間になるかもしれない。そうなった時のために取っておくか。よし、そうしよう。
◇
「……はっ!? ここは、天国!?」
「いや、ここはダンジョンだよ、朱音さん」
朱音さんの目に、ポゥッと光が灯る。ようやく朱音さんが現世に復帰したようで、辺りをキョロキョロと見回している。
……魔力は8割方回復したが、時刻は既に午後5時を回っている。そろそろ出発しなければ、帰りがかなり遅くなってしまう。
「午後5時も回ったし、そろそろ帰ろうか、朱音さん」
「………」
時間も時間なので、座り込む朱音さんに向けて右手を差し出す。
俺の手を朱音さんがとってくれたので、そのまま優しく持ち上げて朱音さんに立ってもらう――
「――恩田さん♪」
「うおっ!?」
引っ張る力が強すぎたのだろうか。立ち上がった勢いのまま朱音さんがこちらに倒れ込んできたので、慌てて受け止めた。朱音さんの足がふらついた……と見せかけてわざとこちらへ倒れ込んできたようにも見えたが、まあ多分気のせいだろう。
「だ、大丈夫か、朱音さん?」
「……うふふ。大丈夫よ、恩田さん♪」
特にケガなどはしていないようで、体勢を整えた朱音さんがスッと離れて……いこうとしない。
「……あの〜、朱音さん?」
「なぁに、恩田さん?」
「俺の左腕にくっついて、どうしたんだ?」
むしろ器用に回り込み、ごく自然な様子で俺の左腕に抱きついてきた。さっきより距離は少し遠いが……女性から抱きつかれた経験なんぞ1度も無いので、少しドギマギしてしまう。
いかんいかん、心頭滅却心頭滅却すれば火もまた涼しき精神の鍛錬だぁ〜〜!!
……いや、なに言ってんだ俺。
「……ま、まあいいか。そろそろ時間も遅いし、ゆっくり戻ろうか、朱音さん?」
「ええ、そうしましょう♪」
「きぃ!」
「ぱぁ♪」
そうして、左腕に朱音さんが抱き着いたまま階段を上っていく。
……思えば、少し前にも似たようなことがあった気がするな。確か、朱音さんと2人で2回目の探索をした時だったか。第1層に戻ってきてから、装備の名前を確認する時に朱音さんが今と似た状態になっていたような記憶がある。
あの時は探索後に色々あったせいか、次の探索の時にはすっかり元通りになっていたから……今の今まで完全に忘れていた。
さすがに、ここまできて勘違いとは思わないよ。朱音さんとはたった1週間程度の付き合いでしかないが、一緒に過ごした時間はほぼダンジョン内でのことで、なかなかに濃いものだったからな。からかいの言葉はあっても、朱音さんが冗談でこういうことをする人じゃない、というのは分かっている。
……正直なところ、男としては嬉しい気持ちも当然あるのだが。どちらかと言えば"なぜ俺なんかを?"という困惑の気持ちの方が強い。
なんせ、俺の自己評価というのが『冴えない・頼りない・甲斐性ない』だ。どこにでもいる34歳のおっさん一歩手前の独身男でしかないし、見た目もなんだかパッとしない。厳密には現在無職なので、頼りがいだってないだろう。
そんな有象無象の男である俺に、ここまで朱音さんが好意を寄せてくれているのはなぜだろうか? いくら考えても、答えに繋がる取っ掛かりすら見出せない状態だ。
……ただ、だからといって朱音さん本人に聞くというのは、なんとなく悪手な気もしている。手探り状態だとしても、自分で答えを見つけていくしかないだろうな。
「きぃ♪」
「ぱぁ♪」
ちなみに、定位置が見事に塞がれてしまったヒナタとアキはそれぞれ俺の帽子の上と朱音さんの兜の上に場所を移していた。そちらもわりと居心地が良かったようで、特に文句が出ることもなく2人とも上機嫌だった。
◇
「あら、もう第4層?」
「ああ」
どこかほんわかとした雰囲気を纏いつつも、何事も無く第4層への上り階段まで戻ってきた。朱音さんとの距離感は相変わらず、俺の左肩に彼女の右肩がピタッと当たるくらいには近い。
こんな状態でも、周囲の警戒は当然にして怠ってはいなかったが……。
「うふふ、時間が経つのは早いわねえ」
「お、おう……」
朱音さんが終始この調子なうえ、距離が近いのでどうにも気が散ってしまう。
……まあ、音がした時なんかは朱音さんも鋭い視線をそちらに向けているし、モンスターが出てきた時は毎回迎撃に回ってくれていた。モンスターに対する注意は、全く疎かにしていないわけだ。
そういうわけで、俺から注意することが一切無い。むしろ、俺の方が少しばかり索敵を疎かにしてしまっている現状、真に注意されるべきは朱音さんではなく俺だろう。
「………」
……いかん、いかんな。この程度のことで安全確認を疎かにするなど、探索者として失格だ。今一度、しっかりと気を引き締めなければ。
特に、次の階層は大量のモンスターが蔓延る第4層だ。どうもここ数日、第4層をただの通過点と認識してしまっている自分が居るが……こちらも油断は禁物だ。例え相手にまとまりがなくとも、圧倒的な数は力であり、圧倒的な数は脅威に他ならないのだから。
「……さて、帰りの第4層攻略は俺が出ようか?」
「うーん、そうね……」
俺にピッタリとくっついてくる朱音さんだが、なぜかその表情は少し冴えない。
……加齢臭には、まだ少しだけ早い年齢のはずだが。前職の激務が祟って、体内の劣化が思ったよりも早く進行してしまってるのだろうか?
「……なぜかしらね。今度はね、私の方がちょっとだけ嫌な予感がしてるのよ」
おっと、加齢臭は杞憂だったか。それならまあいい……いや、良くはないか。
「嫌な予感がするのか?」
「ええ、ちょうどこの先から」
「………」
階段の先を見てみるが、俺の方は特に何も感じない。
「……気のせいだと思いたいが、なにか心当たりはあるのかい?」
「無い……と言いたいところだけどね、実はあるのよ。恩田さん、耳を貸して?」
「……?」
朱音さんから内緒話のように、懸念点を聞く。
……あ〜、なるほどね。
「やっぱり気になった?」
「やっぱり、ということは恩田さんも?」
「ああ」
まあ、本当にそうならちょっと面倒だな……主に、対処後の後始末の方が、だが。
何も起こらないならそれに越したことはないが、備えておいて損はあるまい。
「アキ、ヒナタ。2人に頼みたいことがあるんだ」
「ぱぁ?」
「きぃ?」
ヒナタとアキの2人に、第4層へ上がってからの動きを説明する。2人は疑問符を浮かべつつも、了承の意を返してくれた。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。あるいは、大山鳴動して鼠一匹となるか。
まあ、何も起きなければそれが一番だけどな。果たして、どうなることやら。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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