幕間2:恩田に投げ返された巨岩の行く先に……
(三人称視点)
さて、ここで少し時間を巻き戻そう。
皆さんは覚えているだろうか? ヘラクレスビートル戦の序盤、ヘラクレスビートルが投げつけた巨岩を恩田が回転して投げ返し、ヘラクレスビートルが大角で跳ね上げて弾いた場面を。
そしてあの時、巨岩は壊れることなくヘラクレスビートルの後方へ流れていったことを。
実はあの攻撃、射程距離がとても長いのだ。ゴツゴツとした巨岩が跳ね回りながらもスピードを落とさなかったのは、巨岩攻撃がそういう性能に設定されていたからに他ならないのである。
そして、それは明らかな設定ミスだった。本来なら射程距離:100mとすべきところを、単位を誤って"100km"としてしまっていたのだ。実に1000倍もの差異がある。
だからこそ、巨岩は一切砕けることなく、藪を薙ぎ倒しながらどこまでも転がっていく。
「ギャッ!?」
たまたま転がる先にいた、哀れなゴブリンを轢き倒し。
「キャウッ!?」
たまたま転がる先にいた、無警戒なグレイウルフを回転に巻き込み。
――ブブブ!?
たまたま転がる先にいた、無防備なラッシュビートルを押し潰し……巨岩はどこまでも、どこまでも転がっていく。
そうして、2時間ほどが経過した頃。巨岩の行く先に、藪の無い広い道が現れた。恩田も意図せず飛び越えていたが、80kmもの旅路の果てに巨岩が別ダンジョンのエリアに入ったのだ。
そして、そこには……。
――ブブブ!!
――ガギィン!!
「ちっ、相変わらずラッシュビートルは固いな! この強さで、なんでオークやリザードマンと魔石の売値がほぼ同じなんだよ!?」
「ナオキ、援護するわ!」
「ああ、助かるよハルカ!」
ラッシュビートル1体と斬り結ぶ、2人組の姿があった。
ナオキと呼ばれた若い男性は、典型的な前衛パワーファイターの装備を身に付けていた。2本角が生えた猛牛のような兜に、白く煌めく全身鎧・脛当て・小手……その中で最も目立つのが、柄の両側に扇形の巨大な刃が付いた大戦斧だろう。180センチを超える本人の身長よりも更に長いそれを、片手で軽々と振り回して戦う姿は……まさしく生粋のパワーファイターといった出で立ちだ。
一方で、ハルカと呼ばれた若い女性は完全に魔法使いの格好をしている。とんがり帽子に黒いローブ、茶色のブーツに金属製の杖を装備し、杖から大きな火の玉を飛ばしてラッシュビートルを攻撃していた。ラッシュビートルの弱点は火属性なのだが、それを的確に突く攻撃である。
――ボゴゥ!
――ブブブッ!?
火球がラッシュビートルの足下を穿ち、巨大な火柱が高く上がる。九十九彩夏が放つ火魔法より威力は劣るが、ハルカが放つそれは狙いが正確で、より洗練されたものであった。
そして、比較的装甲が薄い真下を狙われたせいだろうか。ダメージこそそれほどでもなかったものの、ラッシュビートルは苦手な炎を浴びて怯み、ナオキに対して致命的な隙を晒してしまった。
「よしっ、もらった!」
――ブンッ!
生まれた隙を逃さず、ナオキがラッシュビートルに斬りかかる。大上段から振り下ろされた大戦斧が、ラッシュビートルの羽の外殻部分に直撃し……。
――バキッ!
――ブブブ!?
なんと、大きなヒビを入れた。鉄壁の防御を力ずくで破壊したのだ。見た目通りの凄まじい攻撃力である。
それでも、ラッシュビートルのダメージは軽微なようだ。攻撃範囲内まで近付いてきたナオキに、ラッシュビートルが角で素早く反撃を試みる。
――ブブブッ!!
――ブンッ!
――ガギィッ!
「ふっ……!!」
だが、それに対するナオキの反応は更に早かった。ラッシュビートルが角を振り始めると同時に大戦斧を引き、既に守りを固めていたのだ。
鈍い金属音と共に、ナオキが角攻撃を大戦斧の柄でがっちりとガードする。ラッシュビートルの重い一撃は、しかしナオキを1歩横に動かすだけの結果に留まった。
「よし!」
――グッ!
今度はこちらの番とばかりに、ナオキが体に力を込めた。ラッシュビートルとの、力と力のぶつかり合いが始まる。
――ググッ!
――ズズズズズズ……
――ブブブッ!?
しかし、ナオキとラッシュビートルの押し合いはあっさりとナオキの方に軍配が上がった。押し負けたラッシュビートルは、なす術なく地面を押し滑らされていく。
これも、ナオキのギフト効果のお陰であろう。ナオキのギフト【怪力重神】には、重い武器を装備するほど力が上がるという効果があるのだから。
――ガッ!
――ブブッ!?
ひとしきりラッシュビートルを押し滑らせた後、ナオキが力を込めて強く押したことでラッシュビートルがよろめく。攻撃のチャンスだ。
「よしっ、トドメを……!?」
――ガッ……ガガッ……
大きな隙を晒したラッシュビートルに強烈な一撃をお見舞いすべく、大戦斧を掲げて1歩踏み出したナオキ。
彼の耳に、腹の底から響くような重低音が聞こえて足が止まる。
「どうしたの、ナオ……って、えっ、これは!?」
ナオキが攻撃を止めたことに疑問を抱いたハルカだが、一拍遅れてハルカも謎の重低音の存在に気が付く。
……その音の発信源が、少しずつ彼らの元へと近付いてきていた。
――ガガッ! ガッ! ガガッ!
――ブブ?
徐々に大きくなる音に比例して、地面の振動も大きくなっていく。さしものラッシュビートルも不審に思い、意識を音が来る方向へ向けた次の瞬間――
――ガッ!!
――ゴズンッ!
――ブッ!?
巨大な岩が藪から飛び出し、ラッシュビートルに直撃した。その正体は言わずもがな、恩田と戦ったヘラクレスビートルがぶん投げた巨岩である。
巨岩は瞬く間にラッシュビートルを押し潰し、一撃で戦闘不能に追いやった。まだ白い粒子に還ってはいないが、ここまで手酷くやられては時間の問題であろう。
――ガッ! ガガッ ガッ……
――ギャァ……!?
――キャウ……!?
巨岩は勢いそのままに道を横切り、別の藪の奥へと飛び込んでいく。巨岩に轢かれたであろうゴブリンやグレイウルフの断末魔が、藪の中から何度か聞こえてきた。
――ブ……ブ……
「「……え?」」
あまりに唐突な出来事に、唖然とするナオキとハルカ。幸い、巨岩が2人に当たることは無かったのだが……すぐ目の前で起きた衝撃的な出来事に、2人は1歩も動くことができなかった。
「……!! 新手か!?」
ふと我に返り、2人は巨岩が飛んできた方を確認する。しかし、そこには薙ぎ倒された藪が延々と延びているばかりで、巨岩を投げてきたであろうモンスターの姿はどこにも見当たらなかった。
――ボフン……
そうしているうちに、巨岩に倒されたラッシュビートルの生命力が尽きる。ラッシュビートルだったものは白い粒子を撒き散らしながら、魔石と武器珠へとその姿を変えていった。
結果だけ見れば、ナオキとハルカの完全勝利であるが……手放しに喜べるほど、2人は能天気な人間ではない。
「……な、なんなんだ今のは」
「ラッシュビートルが一撃って……えっ、怖っ。もう少し違う方向に岩が跳ねてたら、やられてたのは私たちの方だったってこと?」
「かもしれないな……」
起きていたかもしれない未来を想像し、2人は身震いする。実際、ほんの僅かでも軌道が逸れていれば、巨岩にやられていたのは2人の方だったかもしれないのだ。
しかし2人は無傷で、やられたのはラッシュビートルだった。その結果は、もう何があろうと変わらない事実である。
「……とりあえず、下り階段まで移動するか。ここで話し込むのは危険だ」
「ええ、そうね」
2人はラッシュビートルのドロップ品を拾いながら、下り階段に向けて歩を進めていく。
……薙ぎ倒された藪の向こうを、何度も、何度も振り返りながら。
「……さて、と。無事に下り階段へ着いたわけだが……」
謎現象を目の当たりにした2人は、逃げるようにして下り階段へとたどり着く。
そうして、一息ついた2人は……先ほどの巨岩について、話し合うことにした。
「まあ、考えようによってはラッシュビートル戦0.5回分くらい消耗せずに済んだわけだ。確かに恐ろしい現象だったが、滅多にあることじゃない。ここは気持ちを切り替えていくべきだろうな」
「そうね」
「ま、こいつは確実に報告案件だけどな。だけど、あんな強力な攻撃を放つモンスターが第6層のどこかにいるのか?」
ラッシュビートルのドロップアイテムを見つめながら、ナオキはそう口にする。
……パワーには自信のあるナオキでも、ラッシュビートルを一撃で倒すほどの攻撃は放てない。それはハルカも同じで、それほどラッシュビートルは守りに優れた相手なのだ。
「……もしかして、変異種の攻撃かしら?」
それに対するハルカの返答は、限りなく正解に近いものだった。正確にはラッシュビートルの変異種たるヘラクレスビートルが投げ、恩田が投げ返してヘラクレスビートルが弾き飛ばした岩であるが……元はヘラクレスビートルが放ったものであることは間違いない。
なお、変異種については、実は探索者間で呼び方が一致していない。恩田は"特殊モンスター"あるいは"特殊個体"と呼んでいるが、2人のように"変異モンスター"または"変異種"、他にも"進化型"や"強化型"と呼称する者が居たりする。閑話休題。
「あー、確かに。けど、一体どのモンスターの変異種だ?」
「一番可能性が高いのは、ラッシュビートルの変異種かしらね?」
「いやまあ、確かにあり得ない話じゃないだろうけどな……ただでさえ強いラッシュビートルの変異種って、どれだけ手強いんだよ」
「それは、アイツ以上でしょ」
言葉を切り、ハルカは下り階段がある方を見やる。この2人が遭遇した中で、最も強かったモンスター……それが鎮座する、ダンジョン下層の光景を思い浮かべながら。
「第10層のボス、"ゴブリンジェネラル"以上に、ね」
「……そう、だな。ゴブリンジェネラルも確かに強かったが、あんな理不尽な攻撃は繰り出してこなかったからな」
「さすがに、ラッシュビートルを一撃必殺はゴブリンジェネラルでも無理よね」
ダンジョン第10層にて立ちはだかるボスモンスター、ゴブリンジェネラル。その強さは、第9層までに出てくる通常モンスターとは明らかに一線を画している。
たかがゴブリンと侮るなかれ。ゴブリンジェネラル本体は、ヘルズラビットやハイリザードマンなどとほぼ同等の強さを誇る。更に……。
「そりゃ、アレは個の強さも中々のもんだったけどな。どちらかというと、集団戦での強さの方が際立ってたな」
ナオキが言う通り、ゴブリンジェネラルの真なる強みは集団戦にある。モンスター専用スキルである【仲間呼び】でひたすらゴブリンを呼び出し、数で攻めてくるのだ。
そして、呼ばれるゴブリンにはたまに上位種が混ざってくる。ゴブリンアーミーやゴブリンアーチャーならまだ良い方で、最悪の場合はゴブリンの特殊個体である"小鬼強者"……あえて通称を付けるのであれば、"ホブゴブリン"が呼ばれて出てくることもある。そうなれば苦戦は必至だ。
ナオキとハルカが主戦場としているのは、日本において一般探索者の質が最も高いとされる横浜ダンジョンだが……そこのトップクラスパーティでさえ、ゴブリンジェネラル戦でホブゴブリンが呼ばれた時は引き返すことが多い。ボス戦の途中でも撤退できる仕様を最大限活用して、安全策を採るパーティが大半なのだ。
しかし、この2人は一味違う。一般探索者としては日本で初めて第10層を突破した、まさに猛者中の猛者なのだ。
更に、2人のゴブリンジェネラル初戦はホブゴブリン2体の乱入という、最悪のスタートを切っている。それでも2人は勝利を収めているのだから、まさに真のトップパーティと呼ぶに相応しい活躍ぶりである。
「仮に、あんな大きな岩を軽々と投げてくるラッシュビートルの変異種が、今私たちの目の前に現れたとして……」
そんな2人でさえ、ラッシュビートルの変異種――ヘラクレスビートルの強さを想像して。
「……それは、私たちで勝てる相手なのかしらね?」
「ラッシュビートルの変異種だとしたら、もっともっと固いんだろ? やってみなけりゃ分からんが、ちょっと俺は自信が無いな」
「あら、珍しく弱気ね。
……まあ、私も同意見だけど」
もしかしたら、手に余る相手かもしれない。そう2人は考えた。
「………」
ふと、階段の上をナオキが睨みつける。
「……大岩を投げたモンスターが、あの広い藪の遥か向こうに居るかもしれないわけだ。いつか、俺たちが戦う時もくるのかもしれないな。
……さて、行こうか、ハルカ」
「ええ」
ナオキとハルカは、2人並んで階段を下りていく。その先に行く手を塞ぐものは無く、また仮にあったとしても2人であれば一瞬であろう。
嘉納尚毅と、菅沼遥花。
2人は横浜ダンジョンを拠点に活動する、現在の日本でトップクラスの一般探索者パーティである。
その最深到達階層は、第17層。日本初の第20層突破をも目前とする、超一流のパーティなのである。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。