3−74:全てを飲み込む黒き虚
「……さて」
今も派手に暴れ続ける、ヘラクレスビートルの様子を離れて見つめる。目が退化しているヘラクレスビートルには、背中に繋げた赤い線を見つけられないのだろう。相変わらず、当たらない角攻撃をところ構わず繰り出し続けて……!?
――ブブブ!!
「うおっ!? 急にこっち来るなよ!?」
「きゃっ!?」
ここにきて、ヘラクレスビートルが行動パターンを大きく変えてきた。その場に居てはやられっぱなしになると思ったのか、俺たちに向かって移動してきたのだ。
「朱音さん、右に逃げるぞ!」
「ええ!」
当然、ヘラクレスビートルに接近されるなど最悪中の最悪だ。朱音さんはともかく、俺ではあの巨大な角にやられて、一瞬で命を落としかねない。
ヘラクレスビートルとの距離が適度に開くよう、奴を中心に向かって右へと移動していく。ヘラクレスビートル自体の動きはハッキリ言って鈍重なのだが、図体が大きい分だけ1歩の幅も大きいので、移動スピードはそれなりに早い。まあ、逃げられないほどではないのだが――
――ガッ!
――ブツッ!
「あっ……」
ヘラクレスビートルから逃げることに気を取られすぎて、つい赤い線から気を逸らしてしまった。結果、ヘラクレスビートルの脚が赤い線に引っ掛かり……そのまま引っ張られて、ものの見事に引きちぎられてしまった。
――ブブブ……
ただ、赤い線が無くなったことで体力吸収が止まり、目的を達成したヘラクレスビートルの動きがその場で止まる。
そのまま、さっきと同じくらいの距離感でまたもや睨み合いへと移行した。このままでは埒が明かないな。
「……もう、ここで行くしかないか」
魔力は、残り6割ほど。本音を言えば、もう少しヘラクレスビートルにダメージを与えておきたかったのだが……まあ、仕方ない。モンスターも倒されまいと必死なのだから、いつも思い通りに戦えるわけではないだろう。
残った魔力の大半を使い、最後の攻撃となる魔法を構築する。
「"ダークボム・リモートコントロール"」
右手の上に闇の魔力を集め、それをギュッと小さく凝縮していく。最初は野球ボール大だった闇魔力が、やがて500円玉くらいの大きさとなり……米粒大を経て、髪の毛の先くらいの大きさまで縮んだ。今、この漆黒の珠は凄まじいエネルギーを内包している。
それをヘラクレスビートルに向けて、慎重にゆっくりと飛ばしていく。遠隔操作ができるオプションを付けているので、飛ばす軌道はこちらで操縦可能だ。魔力は多少消耗するが、非常に使い勝手の良いオプションになる。
そのまま、漆黒の珠はヘラクレスビートルの背中に軟着陸。音もなくコロコロと転がっていき、羽の隙間から中へと入っていった。
さて、この魔法の基となったイメージは、とあるゲームに登場するキャラが扱う魔法だ。当時の一流ゲームクリエイターたちが集まって作られた、日本語に直訳すると"時の引き金"という言葉になる超名作RPGゲーム……そこにボスとしても味方としても登場する、とあるキャラの魔法からヒントを得て作り出している。そのキャラはもっと強力な魔法も扱っていたが、今の俺にはこれが限界だ。
果たして、ダークボムはどれほどの威力が出るのだろうか?
「"エクスプロード・ダークボム"」
漆黒の珠が、ヘラクレスビートルの羽の内側に入り込んだのをしっかりと確認し……魔法を唱えて起爆させる。
闇の魔力を凝縮して作った爆弾が、ヘラクレスビートルの羽の下で爆発した。
――ズォォォォォォ……
――ブッ!?
闇魔力の爆弾は、爆発しても派手な音を決して立てたりはしない。まるでブラックホールのような極低音を辺りに響かせながら、縛めから開放された漆黒の珠が少しずつ大きく成長していった。
――ブッ……ブッ……!?
漆黒がヘラクレスビートルを侵食していく。光さえ通さない深い闇が、かの大甲虫を容赦なく呑み込んでいった。
……そして、ヘラクレスビートルの体を半分ほど呑み込んだところで、闇の拡大はようやく止まる。そのまま、漆黒は外側から解けて宙空へと消えていく。
やがて、漆黒が完全に消え去ったあと。そこにあったはずのものは、その一切が何も残っていなかった。
ヘラクレスビートルの体が、虚空に呑まれて半分消えてしまったのだ。誰がどう見ても致命傷、もはやヘラクレスビートルの命は風前の灯火だった。
――ブッ……ブッ……
だが、ヘラクレスビートルは白い粒子へと還らない。それどころか、かろうじて残った3本の脚を支えに、角を思い切り振り上げて……!?
「朱音さん、ヒナタ、ファイナルアタックが来るぞ!!」
「えっ!?」
「きぃ!?」
致命傷を負った強敵が、最期に見せる意地の一撃……レトロなRPGを愛するゲーマーならば、強烈すぎるファイナルアタックにやられて涙零した経験が誰しもあるだろう。俺も、マ◯ック◯スターが最期に放ったア◯テマに吹き飛ばされ、1時間分のプレイをふいにされたことは今でも忘れることができない。
……だが、これはゲームではなく、現実だ。セーブやリセットは存在しないし、やられて零れるのは涙ではなく、自らの血と命に他ならない。
「2人とも、早くこっちへ!」
「え、ええ!」
「きぃっ!」
「よし、盾展開!」
――ブォン
どんな攻撃が飛んできてもいいように、俺たち3人をドーム状の防壁で包み込んだ。これなら、全方位どこからの攻撃にも耐えることができる。
……だが、俺の魔力残量が心配だな。ダークボム・リモートコントロールで大半の魔力を使ったので、残りはもう1割を切っている。盾の性能的に、多少の連撃なら余裕で耐えられるのだが……ヘラクレスビートルほどの強敵のファイナルアタックが、そんな緩いもので終わろうはずがない。
――ブッ!
――ガツン!
角を持ち上げる時のノロノロ感から一転して、ヘラクレスビートルが大角で勢い良く地面を叩く。
すると、奴の周囲の地面から50個近い巨岩が浮き上がってきた。戦闘開始直後に投げてきた巨岩とほぼ同じ大きさの岩だが、最初からヒビが入っていてなんだか脆そうだ。
――ビュオッ!!!
それらが地面から出てきた途端、ものすごい勢いで全てが一気に打ち上げられる……って嘘だろ、あれが全部降ってくるってのか!?
――ドガッ!!
――ガガガガガガガガガガガガ!!!!
「ぐぅっ……!!」
凄まじい音と共に、地面と激突した巨岩が爆ぜる。
直撃弾が1個だけあったが、それは防壁でしっかりと受け切った。ドームの端の方に当たったので、形状的に受け流すような形になったのは幸いだった。
……問題は、砕け散った巨岩の破片だ。1つ1つが長さ30センチ、幅10センチほどもある、岩製の矢じりのような鋭い破片……それがまるで散弾のように、四方八方から高速で降り注いできたのだ。
数も威力も半端なものではないソレが、もう数えるのも億劫になるほど大量に防壁へとぶち当たり……俺の魔力を、大きく削り取っていった。
やがて、岩の驟雨が完全に止む。相当魔力を削られたが、それでも魔力を僅かに残して攻撃を防ぎ切ることができた。ドーム状の防壁を展開していなかったら、今頃俺たちは蜂の巣にされて……!?
――ブッ……ブッ……
俺たちの目の前で、ヘラクレスビートルが再び角を持ち上げていく。
……えっ、嘘だろ、まさか。このファイナルアタック、1回だけじゃ終わらないのか?
「マズい……」
「えっ、どうしたの恩田さん?」
「魔力がもうほとんど無い。次の攻撃は、防ぎ切れないかもしれない……」
「………」
俺の言葉に、朱音さんが腕を組んで考え込む。その横顔は、何かを少し迷っているようにも見える。
「……高良さん」
だが、すぐに何かしらの結論を出したのだろう。どこか緊張した面持ちで、それでも俺の目を真っ直ぐに見つめながら、俺の名前を呼んだ。
「ど、どうした朱音さん?」
「さっきの魔法、"ライフ・スティール"って名前だったわよね? 魔法の名前からして、体力か生命力を吸い取る魔法なのよね?」
そういえば、ライフ・スティールのことは朱音さんにちゃんと説明できてなかったな。まあ、名が体をそのまま表しているようなものなので、効果の推測も簡単だったとは思うが。
「ああ、そうだ」
「なら、魔力を吸い取る魔法も使えるのかしら?」
その一言で、朱音さんが言いたいことがハッキリと分かった。
早速、【闇魔法】のスキルで魔法を構築してみる……よし、いけそうだ。しかも……。
「今ならギリ使えそうだ……!」
その魔法は、残り魔力のほとんどを使えばギリギリ発動できる。ただ、少しでも魔力が目減りすればもう使えなくなる。
ちら、とヘラクレスビートルを見る。ヘラクレスビートルは、今にも角を振り下ろしそうだ!
「もう時間が無いわ! 恩田さん、早く私の魔力を吸い取って!」
「わ、分かった! "マジック・スティール"!」
右手から青い線を飛ばし、急いで朱音さんに繋ぎ込む。パッと見た時に首筋辺りが空いていたので、そこに繋がせてもらった。
「よし、"ブート・マジックスティール"!」
――ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
「んっ………」
急いで魔法を起動させ、朱音さんから魔力を吸い取っていく。吸い取った魔力を自分のものとして受け入れるのに、多少の変換ロスが発生してしまうようだが……それでも、大体95%くらいの変換効率でもって、かなりの勢いで魔力が回復していく。
そうして、俺の魔力が2割くらいまで回復したところで。
――ブッ!
――ガツン!
――ビュオッ!!!
ヘラクレスビートルが、再び角で地面を叩く。さっきよりも明らかに多いヒビ巨岩が空中高く打ち上げられ、重力に引っ張られて勢いよく降り注いできた。
――ドガッ!!
――ガガガガガガガガガガガガ!!!!
巨岩が砕け、無数の破片がドームを叩く。今回は直撃弾こそ無かったものの、大量の破片を防壁で弾いたことで魔力がだいぶ減ってしまった。
……だが、それでも攻撃を防ぎきった。朱音さんから魔力を貰っていなければ、今の攻撃で全員がやられていたな。
――ブッ……ブッ……
――パシュゥゥゥ……
そして、ヘラクレスビートルの最期の攻撃もどうやらこれで終わりのようだ。
体の半分近くを消し飛ばされ、ファイナルアタックを終えて力尽きたヘラクレスビートルが大量の白い粒子へと変わっていき……やがて、これまでで最大級の大きさを誇る魔石と武器珠、防具珠、装飾珠がそれぞれ1つずつ。
そして、スキルスクロールが2つもドロップした。
……ヘラクレスビートル戦。色々あったが、無事俺たちの勝利で幕を下ろした。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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