3−71:勇壮なる大甲虫、大地に立つ
「……ヘラクレスビートルは無理かもだけど、それ以外のラッシュビートルはなんとかできるかもしれないって。ただ、ヒナタちゃんの協力が必要らしいけど」
「きぃ?」
『なんでボク?』と、ヒナタは俺の方をチラチラと見ながら首を傾げている。だが、俺にはアキの意図が何となく読めた。
まあ、アキがラッシュビートルの大群相手に仕掛けたいであろうことを考えれば、答えはほぼ1つに定まるだろう。
「そうだな……俺の予想だと、状態異常の霧をヒナタの風の力で広範囲に拡散させたいってところかな? 毒か麻痺か、もしくはその両方か」
「ぱ、ぱぁ!?」
「『えっ、なんで分かったの!?』だって」
「うん? そりゃ、アキがやりたいことといえばそれしか無いでしょ。俺も、それが考え得る限りの最善策だと思うしな」
ヒナタが風属性のスキルを扱えることは、アキも知っている。第7層を攻略中、インプ戦の途中で乱入してきたグレイウルフに対して【風属性攻撃】スキルを使っていたからな。
それを見たアキは、こう考えたはずだ。"ヒナタの力を借りて、状態異常の霧を広範囲にばら撒いてラッシュビートルを一網打尽にしよう"と。
アキも【風魔法】と【水魔法】が使えるらしく、それらで戦いをサポートしてくれているわけだが……さすがにアキ1人だけの力で、あの化け物甲虫軍団全てをどうにかするのは難しい。そのためのヒナタの助力、というわけだ。
「ただなぁ……ヒナタは【風魔法】を使えるのか?」
「きぃ」
『まだ無理』か。【風魔法】をヒナタが扱えるようになるためには、どうやらレベルが足りないらしい。
……そうすると、そもそもの前提が崩れてしまうんじゃないか? いくらなんでも、毒やら麻痺やらの霧を纏って1体1体ラッシュビートルに体当たりするなんて、スピードに優れたヒナタでも無理ゲーだぞ。
「きぃ」
「ん、どうしたヒナタ?」
「きぃ、きぃきぃ」
「『レベル10に上がった時に【ウインドブレスⅠ】と【ホーリーブレスⅠ】を覚えたし、ウインドブレスの方を使えばイケるかも』ってか……え?」
おいおい初耳だぞ、いつの間にスキルが増えたんだ?
「きぃ」
『ごめん、言うの忘れてた』って、あんたなぁ……そりゃ、第7層はインプの熱玉を狙って炎を吐きまくってたから、ブレス系の新スキルをお披露目するタイミングが無かったのは分かるけども。
ただまあ、ファイアブレスに加えてウインドブレスとホーリーブレスも使えるようになったのか。空を飛べるだけでも十分スゴいのに、速いし手札が多いし遠距離攻撃持ってるしでヒナタの万能さにますます磨きがかかってきたな。
「これでいけるか、アキ?」
「ぱぁぁぁ!」
「『それならバッチリ!』だって」
【風魔法】を使えない、と聞いてから不安そうだったアキも、今は向日葵のようなニコニコ笑顔を浮かべている。
アキとヒナタの協力攻撃で、あの大量のラッシュビートルさえ排除できれば……道も開けるだろう。
まあ、アキも言っていたように、あのヘラクレスビートルにおそらく状態異常は通じないだろう。そちらに関しては、一当てしてみて勝ち筋が見えたなら戦うし、勝ち目が全く無いと感じたなら速やかに退くとしよう。
……もっとも、俺には奥の手がある。いくらヘラクレスビートルが固かろうとも、完全に手も足も出ない、ということはそう起こらないだろうよ。
「ぱぁ!」
「きぃ!」
そんなことを考えているうちに、2人の準備が整ったようだ。ラッシュビートルの群れを遠目に見ながら、2人ともかなり気合が入っている。
「よし、それじゃあ始めようか。少しでもマズいと感じたら、全員で下り階段まで走って逃げるぞ」
「分かったわ。アキ、お願いね」
「ぱぁ、ぱぁぁぁ!」
――プシュウゥゥゥゥゥ……
ピンと突き出されたアキの両手から、それぞれ黄色の霧と紫色の霧が混ぜ合わされて放たれる。なるほど、麻痺と毒の合わせ技か。
しかし、麻痺の方は確実に効くのが分かっているが、毒の方はラッシュビートルに効くのだろうか? 現実の虫は殺虫剤などにすこぶる弱いので、全く効かないということは無いだろうと思うが……。
「きぃっ!」
アキが放出した状態異常の霧を、ヒナタがウインドブレスで吹き飛ばす。さすが攻撃用のスキルだけあって、風圧はかなりのものだ。
普通は霧が散って終わりなのだが、アキが頑張って大量の霧を出し続けているので、状態異常の霧が徐々に巨木広場の方へ濃く広がっていく……。
――ブブブ!?
――ブブブブ!?
妙な色合いの霧が辺りを包んでいることに、ラッシュビートル共がようやく気付いたらしい。羽をしきりに振るわせて、にわかにうるさく騒ぎ始めた。
――ブブ……ブ……?
だが、すぐに状態異常の霧が効いてきたのだろう。俺たちに近い位置へ立っていたラッシュビートルから順に、羽の動きが鈍くなっていき……やがて、見える範囲内に居る全てのラッシュビートルの動きが止まった。一部よたよたと歩いている奴もいるが……あ、いや、転んだな。そこから立ち上がれずに、モゾモゾともがいている。
やはり、麻痺は効いている。だが、毒が効いているかはちょっと分からない。それ判断するためには、もう少し時間が必要だろう。
「ぱぁ……ぱぁ……」
ここでアキが魔力を使い切ったのか、状態異常の霧が完全に止まる。
見るからに疲労困憊なアキだが、さっきまで瑞々しく反り返っていた花びらワンピースのスカート部分が、今は花が萎れてしまったかのようにしなしなと垂れ下がっていた。綺麗な緑色の髪の毛も、今は心なしか水気を失っているように見える。
「いや、本当にお疲れ様だよ。"アイテムボックス・取出"、"サンライト"っと、後は俺たちに任せてゆっくり休んでくれよ」
「アキ、ありがとね」
「きぃっ!」
「ぱぁ……」
アキをお椀入りの水の中に入れ、その上に擬似太陽光を作り出す。そうしてから、木のオブジェクトにあった小さなうろ|の中にそっとアキを収めた。
――ブブブブブブ!!!
ラッシュビートルは全て倒れたが、ヘラクレスビートルは元気に荒ぶっている。動けずにもがくラッシュビートル共の合間を抜けるように、ヘラクレスビートルはあちこち歩き回りながら周囲に向けてしきりに威嚇行動をとっていた。
何かしらの攻撃を受けた、ということだけは本能で理解しているのだろう。だが、どの方角からどういう攻撃を受けたのか、ということまではちゃんと理解できていない様子だ。
これがハイリザードマンとかであれば、即座に対応されて反撃も食らっていたことだろう。その点は、頭があまり回らないモンスターで助かったよ。
……ただ、残念な知らせもある。あれだけ元気に動き回っている様子を見るに、ヘラクレスビートルは状態異常が一切通じないようだ。まさに予想通りだが、できれば外れて欲しかった予想でもある。
やはり、最後は正攻法か。
「「「………」」」
――ブブブ!?
3人でじっとヘラクレスビートルを観察していると、その視線に気付いたのかヘラクレスビートルがいきなり俺たちに背中を向け、巨木の方へ逃げようとする。
辺りを覆っていた麻痺と毒の霧は、既に散って消えていた。
「行くなら今しかない、行くぞ!」
「ええ!」
「きぃっ!」
ヒナタが飛び、朱音さんと俺がラッシュビートルを避けつつ全速力で駆ける。狙うは、逃げるヘラクレスビートルの左後ろ脚だ。
「せぇぇぇぇぇい!!」
――ブブブ!?
先制攻撃は、朱音さんの一撃だった。勢いを乗せたソードスピアの振り下ろしが、ヘラクレスビートルの左後ろ脚に直撃し――
――ガギンッ!
硬質な音を立てて、あっさりと弾かれてしまった。比較的脆弱なはずの関節部分に攻撃が当たったのだが、それでもヘラクレスビートルに微塵の痛痒さえ与えられなかったようだ。
「くっ、やはり固いわね!?」
――ブブブ!!
攻撃を弾かれた反動のまま、朱音さんがバックステップで大きく距離を取る。
――グォン!!
「っ!? くぅっ!?」
その目前を、巨大な角が唸りを上げながら横薙ぎに通過していった。あと数瞬退くのが遅ければ、朱音さんはピンポン玉のように吹き飛ばされていたかもしれない。
ラッシュビートルより体が重く、動作も決して早くないはずなのに……こういう時の速度だけは、ラッシュビートル共々異様に早い。だから油断ならない相手なんだよな……。
「……?」
……ふと、不思議に思った。
ヘラクレスビートルは、なぜ長距離を移動する時も決して飛ばないのだろうか? 威嚇行動を繰り返していた時も、巨木に向けて逃走を図った時も……ラッシュビートルなら確実に飛んでいた場面だったのに、ヘラクレスビートルは飛ばなかった。それは、もしかすると……。
「ヘラクレスビートルは飛べないのか?」
ラッシュビートル最大の脅威だった、角を突き立てながらの空中高速突進攻撃。それを、ヘラクレスビートルが仕掛けてこない可能性が極めて高くなった。
代わりに、弱点を突くのが格段に難しくなった。羽を広げてくれなければ、剥き出しの背中に攻撃を加えることは非常に困難となる。
「……倒せなくても、逃げることはできそうだけどな」
攻撃速度こそ速いが、移動速度はそこそこ止まりだ。体が大きい分だけ1歩が大きいので、決して遅いわけではないのだが……さすがに、朱音さんや俺が走るよりは遅い。逃げ切れる可能性が上がったことは、素直に喜ぶべきだろうな。
――ボフン……
「あ……」
360°ターン攻撃を決めたヘラクレスビートルが、こちらへゆっくりと振り返る……その横で、倒れ伏したラッシュビートルが魔石へと姿を変えた。どうやら、毒もしっかりと効いていたようだ。
しかも、思ったより効果が強力だ。毒にしてから1分くらいしか経っていないと思うのだが、もうラッシュビートルの体力を削りきってしまったようだ。
――ボフン……ボフン……
――ボフン……ボフン……
そこから堰を切ったように、ラッシュビートルが次々と白い粒子に還っていく。毒にしたタイミングが早い順に、ラッシュビートルが倒れていった。
……光の粒子が、一斉に空へと舞い上がる。100体近い大型モンスターがもたらす、いっそ美しさすら感じるほどの白い煌めき……なぜだか俺は、その光景に儚さを感じてしまった。倒れたモンスター自体は、儚さなどとは対極の位置に居るというのにな。
――ブブブブブブ!!!
そんな感傷的な気分も、耳障りな羽音で一気に吹き飛ばされる。
仲間を倒されたからか、ヘラクレスビートルが羽を振るわせて一層荒ぶる。もはや周囲にラッシュビートルはおらず、この巨大で強大な大甲虫だけが地面を踏み締めて立っていた。
「朱音さん、手応えはどうだった?」
「ダメ、ものすごく固いわ。脚の関節でも、多分ラッシュビートルの角より固いわね」
脆弱な部位でさえ、通常種の最硬部位より固いのか。それは尋常じゃない守備力だな。
まあ、だからといって何もせずに退くのはもったいないので、色々と試してみるけどな。
――ブブブブブブ!!!
「さて、戦闘開始だ」
どれだけ守りが固かろうとも、倒す方法は必ずある。それを見つけてやろうかな。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。