3−70:強まりゆく虫の知らせ
「「「「………」」」」
第8層への下り階段で30分ほど休憩し、魔力を全快させてから来た道を4人で戻る。普段より警戒しながらの移動なので、速度も普段より少しだけ遅い。
それでも、30分とかからずに第6層への上り階段まで戻ってきた。ここまで特殊モンスターとの遭遇は無く、インプ1体と2回、グレイウルフの集団と乱入含めて3回やり合ったのみだ。ラッシュビートルは全てやり過ごしたので大した相手はおらず、魔力の消耗を最小限に抑えることができた。
「………」
だが、嫌な予感は収まるどころか、進めば進むほど更に強くなってきている。ここで今すぐ何かが起きる、という感じではなさそうなのだが……確実に、俺たちはこの悪寒の原因に近付いてきているわけだ。
次は鬼門、ラッシュビートルが立ち塞がってくる第6層だが……やはりそこで、何かが起きているということなのだろうか?
「「「………」」」
そして、俺の緊張感が伝わったのだろう。朱音さんはもちろんのこと、ヒナタもアキも真剣な表情を浮かべている。特にアキは、休憩後からここまで一言も発することなく静かにしていた。
「嫌な予感は継続中?」
「ああ、むしろ強くなってきてる。この感じだと、第6層で何かが起こるかもしれない。あるいは、もう起こってるのかもしれないな」
「うーん、当たって欲しくはないけど……ねぇ」
そりゃあ、平穏無事にダンジョン探索が進むのであれば、それに越したことはないだろう。
……だが、ここは摩訶不思議がまかり通る場所、現代ダンジョンの中だ。何が起こってもおかしくなく、人類にとって未知なる部分があまりにも大きい。
理不尽すぎることはさすがに起こらないとは思っているが、プラチナ宝箱開封→真紅竜出現みたいなパターンは普通にあるので、油断はできない。普段から警戒はしているが、より警戒して損することは無いだろう。
「特に何も無いな……よし、第6層に上がろうか」
「……ええ」
「……きぃ」
「………」
意を決して、階段を上っていく。
モンスターがいない平和な階段を1段、1段上がるたび……嫌な予感は、むしろ少しずつ、少しずつ増していく。
それが、最高潮に高まった頃。ちょうどあと1歩で第6層に上がれる所まで来た。
「………」
左手を掲げ、同時にオートセンシングの測距光線が左手から出るように調整する。普段は頭を中心に出しているのだが、俺の体ならどこでもノーコストで発射源を変えることができる。
……よし、ちゃんと左手からでも計測できたな。敵に害を与えることを目的とした魔法ではないからなのか、階層を跨いでも効果はあるようだ。
ちなみに、階段広場の近くには何も居なかった。ここではなく、やはり巨木の方で何かが起こっているのだろうか?
「……近くには誰も居ないみたいだ」
「私が先頭に立ちます。慎重に行きましょう」
「ああ」
いつになく真剣で、素の敬語が出ている朱音さんを先頭に階段をサッと上りきる。そうして辺りを見回すが、やはり近くにモンスターの姿は無い。
――ブ……ブ……
――ブブ……ブ……
――ブ……ブブ……
だが、第6層へ上がった瞬間。特徴的なあの羽音が、やや遠くから重なりあって聞こえてくるようになった。
……ああ、うん。これはもう間違いないな。
「ラッシュビートルの大発生かぁ……」
「嫌な予感の原因って、それだったのね」
聞こえてくる羽音の感じから、1体や2体ではきかない数がいるのは間違い無い。下手すると10体以上は居るんじゃないか?
もう、明らかに巨木からラッシュビートルが溢れてきただろコレ。行きしな、巨木の上に大量のラッシュビートルがいるのを見たし、そうとしか考えられない。
……あれだ、そう。こういう現象を、異世界転生ものの小説風に言うのであれば。
「「これ、スタンピードだよな。
……え?」」
朱音さんと声がピッタリ重なり、お互いに顔を見合わせる。どうやら、考えることは全く同じだったらしい。
……なら、その原因も同じように考えてるのかな? とはいっても、俺は1つしか思い付かなかったが……。
「……奇襲してきたラッシュビートルと戦った戦闘音が原因だと思うんだが、朱音さんはどう思う?」
「私も、そんな気がしてるわ」
だよなぁ。試練の間をクリアして、外に出てきて……俺たちが少しだけ気を抜いた隙を突いて、奇襲をかけてきたラッシュビートル。
アキの麻痺霧を食らって墜落した時に、なかなか激しい音がしてたし。トドメの落雷魔法はというと、それはもう盛大すぎる音を辺りに轟かせていた。今、冷静になって考えてみれば、あの音を聞きつけたラッシュビートル共が寄ってこないわけがなかったな。
……ただし、そうなると1つ疑問が浮かぶ。
「でも、なんで音を聞きつけて、すぐにラッシュビートルが押し寄せてこなかったのかしらね?」
やはり、朱音さんも同じ疑問に行き着いたらしい。
そうなんだよな。ラッシュビートルは知能が高くない分、行動時は本能に従ってすぐに動いてくる。間を取るとか、タイミングを見計らうとか、そういう思考がそもそも奴らには存在しない。
ゆえに、音が聞こえて興味を惹かれたなら、直ちに接近してくるはずなのだ。だが実際はそうならず、少し遅れて集まってきた。
「……もしかして、特殊個体に統率されてるんじゃないか?」
思い浮かべたのは、ハイリザードマンだ。
奴の正式名称は"爬人隊長"で、2回とも通常種であるリザードマンとの同時出現だった。しかも、その戦いの中でリザードマンに指示を出しているような仕草を見た記憶もある。
……ということは、だ。ハイリザードマンには、通常種たるリザードマンを統率する能力が備わっているのかもしれない。知能も実力もハイリザードマンは抜きん出ていたから、そういう能力があってもおかしくないのだ。
そして、同じような能力がラッシュビートルの特殊個体にもあるのではないか、と思うのだ。特殊個体に、通常種を束ねて統率する能力があっても何らおかしいことではない。
まあ、所詮は虫なので本当に知性的に統率できるのかは疑問だが。仮に知性ではなく、力による統率であってもそれは間違いなく統率の部類に入るので、ラッシュビートルの特殊個体にそういう能力があるのかもしれないのだ。
――ブ……ブ……
――ブブ……ブ……
――ブ……ブブ……
羽音の発信源がほとんど動いていない、というのがその仮説に更なる補強を与えている。
俺たちが知る普通のラッシュビートルというのは、居場所を決めずにフロア中を飛び回っていた。それがあえて1箇所に留まるというのは、ラッシュビートルを統率する個体がそこにいることを示唆しているわけだ。
「警戒して進もう、ラッシュビートルの特殊個体がいる可能性があるからな」
「……ええ」
いずれにせよ、強敵が複数いることは既に確定している。相手に先制攻撃を食らわないよう、慎重に移動するとしよう。
……はぁ。つくづく、今日は戦いに妙に縁がある日だな。試練の間からこっち、強いモンスターと戦ってばかりだぞ。
できることなら、今日はこれで最後にして欲しいものだ。
◇
「……うわ、いっぱいいるなぁ」
「……ちょっと鳥肌立ってきたわ」
巨木の1つ手前にある木の陰から、巨木広場の様子を眺めてみる。
……ラッシュビートルが10体は居る、などと言ったがアレは嘘だったな。見積もりが甘すぎたと言わざるを得ない。
数えるのも億劫になるほど大量のラッシュビートル共が、巨木の周りを練り歩いていた。これは、下手すると3桁……100体は居るかもしれない。
数を誤認してしまったのは、飛び回るラッシュビートルの数が少なかったからだろう。ほとんどのラッシュビートルが、ゆったりとした動作でのそのそと地面を歩いているが……迂闊にあそこへ近付けば、ラッシュビートル共が黒い奔流となって一気にこちらへ迫ってくるわけだ。
それはもはや、悪夢に他ならない。試練の間で戦った3体相手ですらそれなりに苦労したのに、3桁を相手するのはもはやただの自爆行為だ。アキがいるとはいえ、真正面から戦って勝てる相手じゃない、
……それに、だ。やはりと言うべきか、恐れていたことが現実になってしまったようだ。
「……やけにデカいラッシュビートルがいるな」
「……背中の甲殻が金色に輝いてるわね。ものすごく目立つわ」
巨木のすぐ近くに、体も角も超巨大化したラッシュビートルが立っていた。外殻の一部が金色に輝いており、湾曲した角が上下に2本生えている。特に上の角は非常に長く、体長の半分近くを占めるほどの大きさを誇っている。
明らかにラッシュビートルの特殊個体と分かる敵が、堂々とそこに鎮座していた。
……現実世界にもいたな、あんな感じの甲虫が。そう、確か名前は………。
「……ヘラクレスオオカブトそっくりだな」
体色といい、角の形状といい。まさにヘラクレスオオカブトをデカくしたような見た目をしている。黄色ではなく、あいつは金色だが。
そんなあいつに、仮の名前を付けるとすれば。
「ヘラクレスビートルってところか」
「ヘラクレスビートル……」
――ブブブブブブ!!!
その名前を呼んだ瞬間、ヘラクレスビートルが激しく羽ばたき始めた。
気付かれたか、と一瞬身構えたが……単にその場で羽ばたいただけのようだ。
――ブブブブブブ!!
――ブブブブブブ!!
――ブブブブブブ!!
もっとも、ラッシュビートル共がその羽音に呼応して一斉に羽ばたき始めたものだから、辺りが非常にやかましくなった。さっきの羽音は、いわゆる号令みたいなものだったのかもしれない。
その行動で、ヘラクレスビートルがラッシュビートル共を従えているのはよく分かったが……頼むからもうその音は止めてくれ、いつまでも耳に残り続けそうだ。
「………」
……さて、少し現実的な話をしようか。
俺たちがダンジョンの外へ出るのであれば、巨木広場を通る必要がある。だが、その巨木広場はヘラクレスビートルと愉快な仲間たちによって占拠されている状態だ。ここを押し通るのであれば、あの大量のラッシュビートル共をまずはどうにかしなければならない。
それをどうにかできても、まだヘラクレスビートルがいる。明らかにヘビータートルと互角……いや、それ以上に固そうな守りを誇るモンスターだ。ヘビータートルには甲羅の隙間という明確な弱点があったが、ヘラクレスビートルにはそういったものが無いように見受けられる。
試練の間ですら出てこなかった、ラッシュビートルの特殊モンスター……相当な強者であるのは間違いない。
――ブブブブブブ!!
――ブブブブブブ!!
「………」
ヘラクレスビートルの情報を得るためにも一当てしたいところだが、さすがにこの状況では無謀だ。いくらなんでも多勢に無勢、ライトニング・ボルテクスでモンスターを一掃できる第4層とは、相手のレベルが根本的に違う。
「仕方ない、奴らがいなくなるまで待機するか。こんな所で危ない橋は渡れないよ」
まあ、それがいつになるかは分からないけどな。もしかしたら1時間後には居なくなるかもしれないし、明日になっても居座ってるかもしれない。幸いにも食料と水は揃っているので、長期戦はできなくもない。
巨木広場を迂回するという手もあるが、それは最終手段にしたい。戦闘音はどうしても響くし、それでラッシュビートル共に気付かれては元も子もないからだ。
「……ぱぁ」
「あら、どうしたの、アキ?」
「ぱぁ、ぱぁぁ」
ここで、ずっと静かにしていたアキが口を開く。朱音さんに何かを伝えたようだが……。
「……ヘラクレスビートルは無理だけど、ラッシュビートルはなんとかできるかもしれないって。ただ、ヒナタちゃんの協力が必要らしいけど」
「きぃ?」
アキからの提案に、ヒナタが可愛らしく首を傾げた。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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