3−68:温かそうなオレンジ色の玉
インプ共を倒した後に残った、野球ボール大のオレンジ色の玉。それをちょんちょんと指先で触ってみると、火傷しない程度に温かな熱を発している。
「………」
意を決して、玉を手に取ってみる。玉は思ったよりも遥かに軽く、お風呂の温度をちょっとぬるくしたくらいの温かさがあった。
「それ、なんて名前なの?」
「ちょっと待ってな、"アイテムボックス・収納"。よし、"アイテムボックス・一覧"」
玉をアイテムボックスに入れて、名前を確認してみる。話に聞く【鑑定】スキルほど詳細ではないにしろ、名前が分かるだけでも判断材料は増えるからな。どんな効果を持っているか知りたい以上、やっておくに越したことはないだろう。
☆
(前略)
・インプの熱玉×1
(後略)
☆
インプの熱玉……なるほど。
「これ、インプの特殊ドロップだな。インプの熱玉って書いてある」
「あ、やっぱり?」
ここまで手に入れた特殊ドロップ品は、全てドロップしたモンスターの名前を冠していた。その法則に則れば、これもインプの特殊ドロップということになる。
……ということは、知らない間に俺たちはインプが特殊ドロップ品を落とす条件を満たしていたわけだ。その条件が何かは分からないが、特殊ドロップ品そのものに関わりがある条件だということもなんとなく分かっている。ゴブリンの棍棒なら"棍棒を奪い取ってから倒す"、ラッシュビートルの斬羽なら"羽を折ってから倒す"みたいな感じでな。
となると、インプの熱玉は……名前からして、温度に関係がありそうだ。案外"インプを火属性攻撃で倒す"みたいな条件かもしれないな。ヒナタがファイアブレスを放っていたから予想とも合致するし、仮説として持っておこうかな。
「"アイテムボックス・取出"」
アイテムボックスからインプの熱玉を取り出し、改めて手に取る。
……そこそこ温かいが、持てないほどの熱さじゃない。かなり微妙な温度だが、使い道あるのかこれ?
せめて、もう少し温度を上げ下げできたらなぁ――
――熱玉の温度を20℃〜50℃の間で変更し、固定できます
――現在温度:35℃
――温度を変更しますか?
「な、なんだなんだ?」
「?」
システムアナウンスか? 最初に持った時は何もなかったのに、なぜこのタイミングで?
……まあいい、玉の温度を変えられるってか? 早速試してみよう。
「まずは20℃に変更を……!?」
そう言った瞬間、玉が一気に冷たくなった。
「うおっ!? とっとっとっ……」
思わず玉から手を離しかけて、すんでのところで押し留める。冷たいと思ったのはただの錯覚で、単に温度差がそう思わせただけだった。
もう一度、インプの熱玉を手触りで確認する。ほんのり温かかった玉は温度が下がり、今はややひんやりとした感触を手に伝えてくる。20℃と言ってみたが、本当に20℃になったのだろうか?
温度計が無いので正確なことは分からないが、20℃と言われれば確かに20℃な気もする。少なくとも、最初に持った時より玉の温度が下がっているのは間違いない。
それに、玉の色も変わっている。最初は完全にオレンジ色だったのが、今はやや黄色っぽいオレンジ色になっていた。温度によって色が変わる仕様なのかもしれないな。
……それにしても、まさか任意の温度に変えられる機能があるなんてな。システムアナウンスの言葉通りなら20℃〜50℃まで自由に温度を変えられて、しかもその温度に固定できるんだっけか。変化の幅はやや狭いが、十分に使い道はありそうだ。
数を増やせば冷暖房の代わりとして使えるし、電気も灯油も使わない。冬はともかく、夏でもギリ実用に耐え得るような、絶妙な温度帯になっている。
あとは、お風呂か。玉の温度を高くして水を入れれば、水代だけで風呂が沸かせる。追い焚きも要らなくなるし、かなりガス代や電気代の節約になるだろうな。
「………」
探索の役には立たないが、現代社会においてはそれなりの需要がありそうだ。これは、権藤さんにオークションへ出してもらうことにしよう。
「"アイテムボックス・収納"っと、さて……」
――ブ……ブ……
インプの熱玉をアイテムボックスにしまい、踏み固められた道の方を見る。階段前広場から伸びる道は、この1本だけだ。
この階層にもラッシュビートルがいるようで、特徴的な羽音がかなり遠くから聞こえてくる。引き続き厄介な相手となるだろうが、今はアキという対ラッシュビートル特効能力持ちのメンバーがいる。第6層と同じように木のオブジェクトがあちこちにあるし、第6層と同じ立ち回りで安全に進めそうだ。
この階層から登場するインプは、戦ってみた感じだとそこまで強くはない。魔法攻撃こそ確かに厄介だが、どうしてもリザードマンと比較してしまうのだ。
インプの魔法はリザードマンのファイアブレスと威力がほぼ同じだが、攻撃範囲は圧倒的にファイアブレスの方が広い。溜めもリザードマンの方が短く、個々の戦闘力の高さや連携力の差もあってモンスターとしての脅威度が全く違う。先にリザードマンを見てしまったのもあってか、やはり"見劣りする"というのがインプの評価になってしまうのだ。
……まあ、より深い層に出現するであろうモンスターと比べるのは、ナンセンスかもしれないが。これも、試練の間での苦戦を乗り越えた先に得た経験という、得難いものを持つがために下せる評価なのだ。
ただし、まともに食らえば大火傷を負うのはどちらの攻撃も同じ。インプが見劣りするからといって、侮って戦うのは非常に危険だ。対応は正確に、攻撃は確実に捌いていくとしよう。
……気になるのは、インプ戦の途中でグレイウルフが乱入してきたことだ。もしインプに、モンスターを呼び寄せる特殊能力があるのであれば……呼ばれるのがグレイウルフだけなら正直どうでもいいのだが、ラッシュビートルを呼ばれると少し厄介だ。弱い攻撃では倒し切れず、魔力や体力を無駄に費やす結果になりかねないのだから。
「どうしようか。第7層、奥まで進んでみるか?」
「ええ、私はそうしたいのだけど……」
「うん?」
「…… (プルプル)」
朱音さんの目線の先を追うと、頭を抱えてうずくまり、震えるアキの姿があった。何かを怖がっているようにも見えるが、これは一体どういうこと……あ、もしかして。
「アキって花の妖精っぽいだろ? なら、火属性の攻撃が苦手なんじゃないか?」
「え? あ、確かに」
「ぱ、ぱぁぁぁ……」
見るからにアキは植物系だ。そして、植物系の宿命として火属性が弱点である可能性は非常に高い。インプのファイアボールに怯えているのか、あるいはヒナタのファイアブレスを見て驚いてしまったか……。
「仕方ない、"アンチ・ファイア"」
――ファァァ……
「ぱぁ?」
火属性攻撃に限り、そのダメージを4分の1ほどに軽減する付与魔法をアキに掛ける。時間制ではなく回数制にし、火属性攻撃を10回食らうまでは効果が保つように設定した。
ただ、【資格マスター】の消費魔力量軽減効果があってなお、この魔法はコストが重かった。最大魔力量の2割を持ってかれる補助魔法って、相当だよな……。
「10回分、火属性攻撃のダメージを75%くらいカットする魔法だ。これで火属性攻撃も怖くないぞ?」
「ぱぁ? ぱぁぁぁ♪」
アキの震えが止まり、満面の笑みを浮かべながら朱音さんの右肩で踊り始めた。やはり火属性攻撃が怖かったんだな……。
まあ、朱音さんが火属性攻撃を無効化する装備を身に付けているからな。本当に危ない時は、朱音さんがアキをしっかりと守ってくれるだろう。アンチ・ファイアは最後の保険みたいなものだ、使われずに済むならそれが一番いい。
「よし、先に進もうか。危なくなったらすぐに引き返すが、その前に下り階段を見つけたいところだな」
「無理せず行きましょう。まあ、アキもヒナタちゃんもいるから、あまり心配はしてないけどね」
「きぃっ♪」
「ぱぁっ♪」
ヒナタはもちろん、アキもやる気に満ち溢れている様子だ。これならもう大丈夫だな。
4人連れ立って、道を進んでいく。果たして、インプに呼ばれてラッシュビートルが出てくるのか……できれば確かめておきたいところだな。
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