3−66:アキの実力、お手並み拝見
「……ああ、そういえばそうだったな」
「大木の麓で見つけたのよね、あの入り口」
地上……というよりは、元のダンジョン第6層まで階段を上がって戻ってきたところで。
ふと後ろを振り向くと、大きな木の根元にぽっかりと空いた大きな穴が。ここから試練の間に入ったんだよなぁ、とほんの少し前のことなのに、やけに懐かしく感じた。まあ、あれだけ試練が濃い内容だったからなぁ……。
……その試練の間への入り口が、俺たちの目の前でスーッと消えていく。虚空から現れ、徐々に実体化していく土の地面が入り口を完全に覆い隠してしまった。
一度入った試練の間は、出る時に消えてしまう……その説の信憑性が、これでかなり増してきたな。
「さて、朱音さん。午後の探索の方針だけど――」
――ブブブブブブ!!
「えっ、ラッシュビートルの急襲!? どこから!?」
「朱音さん、上だ!!」
「上!?」
オートセンシングが、頭上から迫るラッシュビートルの姿を捉える。どうやら巨木の幹の高い所に止まっており、こちらを発見して襲い掛かってきたようだ。
……くそっ、オートセンシングで索敵していたはずなのに、よりにもよってラッシュビートルの接近を見落としてしまった! オートセンシングの検知方法的に、いくら止まっている相手は検知しにくいとは言ってもなんの言い訳にもならない。
「ちっ、面倒な……!」
グリズリーベアやらヘビータートルやら、遥かに手強い相手と戦ったばかりなので、今さらラッシュビートル1体ごときに怯みはしない。
だが、タイミングが悪すぎる。ダンジョン内で索敵を怠るという、致命的なミスを犯した俺たちの自業自得な部分が大いにあるにせよ……頭上からの奇襲攻撃に、態勢が整わないまま戦闘に突入することとなった。
「ぱぁぁ〜〜っ!」
厳しい戦いを覚悟しながら武器を構えると、朱音さんの右肩の上でアキが両手を大きく前に突き出す。
――シュパッ!
その手から黄色い霧状の何かが発射され、ラッシュビートルに向けてまっすぐ飛んでいった。
――パシャァッ!
――ブ……ブ……?
その黄色い霧をまともに浴びたラッシュビートルの様子が、一気におかしくなる。羽の動きが明らかに鈍くなり、加えてガクガクと激しく左右にローリングし始めた。もはや墜ちる寸前の飛行機状態だ。
「た、退避、退避!」
「え、ええ!」
同時に突進速度も落ちたので、轢かれる前に軌道上から急いで大きく退避した。
――ズザザザザザァァァ!!
やがて、ラッシュビートルの羽が完全に動かなくなり、飛行姿勢を保てずに地面へと派手に墜落した。
しかも、墜落の衝撃でラッシュビートルの足が6本とももげてしまった。背中を攻撃された時とは違い、着地態勢をまともに整えられなかったせいだろうか。これは、もはや戦闘不能状態と言っても過言ではないだろう。
……もしかしてコレ、麻痺の状態異常か? 明らかにラッシュビートルの体の動きが鈍くなってたし、アキが魔法か何かでラッシュビートルを麻痺の状態異常にしたのだろう。
――モゾ、モゾ……
「………」
「………」
未だ体が思うように動かせず、モゾモゾと身動ぎすることしかできないラッシュビートル。麻痺の状態異常の影響か、羽がピンと開いたままなので弱点の背中が完全に丸見えだ。
「どうする? 俺がトドメ刺そうか?」
「ええ、お願いするわ」
「了解、"ライトニング・コンセントレーション"」
――ゴロゴロゴロ……
――カッ!
――ドドドドドドドドドド!!
もはや動けないラッシュビートルに向けて、連続雷撃を叩き込む。10発ほど雷が直撃したところで、ラッシュビートルは魔石と装飾珠に姿を変えた。
「"アイテムボックス・収納"」
「すごいね、アキ♪」
「ぱぁ〜♪」
アイテムボックスにドロップ品を収めながら、朱音さんに撫でられてご機嫌なアキに目を向ける。
俺と朱音さんとヒナタが力を合わせて、なお倒すのに苦労したラッシュビートルがこれほど簡単に撃沈するとは……やはり、戦いの相性というのはすごく大事な要素なんだな。
その功労者であり、俺のエラーキャンセルをしてくれたアキに近付いていく。
「助かったよ。ありがとうな、アキ」
「ぱぁ〜♪」
髪をフリフリ、手をフリフリ、アキがご機嫌な様子を見せている。
……ほんと、元気だよなぁ。なんだかこちらも元気が出てくるような、そんな気がしてくるよ。
「そういえば、アキって状態異常魔法が使えるのか? あれって麻痺の状態異常だろ?」
「ぱぁ! ぱぁ、ぱぁ……」
「……うん、そうみたい。"パラライズ・ミスト"っていう名前の水属性魔法なんだって。あと、回復・味方強化・敵弱化魔法も得意だって言ってるわ」
回復、バフ、デバフ、状態異常か……あれ?
「攻撃魔法は、あまり得意じゃない感じかな?」
「ぱぁ、ぱぁ!」
「攻撃魔法は嫌いだから、できれば使いたくないって」
「なるほど……」
"苦手"とか"できない"とかではなく、"嫌い"というところがミソだろう。本当は攻撃魔法も使えるが、敵を直接傷付けるのは気が進まない、といったところかな? それでいて状態異常魔法やデバフ魔法を行使するのに躊躇いが無いのは、多分だが"直接相手を傷付ける"という行動に忌避感を感じるから、なのかもしれないな (なら"毒"の状態異常はどうなんだ、というような話にはなってくるが……)。
ま、それならそれで構わないさ。本人がやりたいことで大いに貢献してもらえるなら、こんなに良いこともないだろうし。
人によっては"ワガママだ!"と言うかもしれないが、奇襲してきたラッシュビートルに対して麻痺魔法を躊躇無く放っていたし、その後の俺の追撃にも特に拒否反応を見せなかった。俺たちのパーティ内で戦力として貢献できることは確定しているし、モンスターを倒すことに対する"かわいそう"みたいな反応が無いのだからそれで十分だ。
「……うん、分かった、アキはそのままで大丈夫だよ。これからよろしくな?」
「ぱぁ!」
「『任せて!』だって」
アキの言葉が分からない俺でも、その雰囲気はなんとなく伝わってきた。ニコニコ笑顔なところを見ると、どうやら対応としては正解だったみたいだ。
……それにしても。俺たちの言葉は、ちゃんとヒナタとアキの2人に伝わってるのに……2人の言葉が、俺と朱音さんのどちらか片方にしか伝わらないのがなぁ。なんか申し訳ない気持ちになるよ。
「……そういう魔法なり、装備品なりがあればいいけどなぁ」
「ん? どうしたの?」
おっと、口に出てたか。まあ確かに、前振りも無しにそんなことを言っていれば、そういう反応にもなるか。
「ああ、アキの言葉は俺にはちゃんと伝わらないし、ヒナタの言葉も朱音さんにはちゃんと伝わらないだろ? そういう垣根を無くせる装備品なり、魔法なりあったらいいよなぁ、って」
「あ〜、確かに……」
「ま、緊急性が高いものでもないからさ。じっくり考えてくよ」
付与魔法辺りを使えば実現できそうだけど、効果が切れて掛け直すたびに魔力消費が嵩みそうだからな……。費用対効果を考えると、そこまでして実現すべきことでもないだろう。
ま、そんなことよりも、真っ先に改善すべきなのは……。
「"ビューマッピング"。地図化してなかったわ、この辺」
「あら、そうなの?」
「ああ。そして、そういう場所はオートセンシングの索敵精度も落ちてしまうんだよ」
オートセンシングの索敵の肝は"比較"だ。オートセンシング自体は障害物までの距離を測ってデータ蓄積するだけの魔法なので、この比較という作業が索敵においてはかなり重要になる。
そして今回、ラッシュビートルを見落としてしまったのは地図情報の不足が主原因になる。ビューマッピングで写し取れる地図は立体地図なので、例えば今回のようにラッシュビートルが木に止まっていたとすれば、幹の形状がオートセンシングの測定結果と一致しないことでラッシュビートルの存在が検知できるようになる。今回はその基になる地図情報が無かったので、木に止まっていたラッシュビートルの発見が遅れてしまったわけだ。
試練の間への入り口を見つけた時に、そっちばかりに気を取られてビューマッピングを使うのを完全に忘れてたよ……本当に、反省しなければ。
「………」
ビューマッピングは魔力をそこそこ使う。ほぼライトニング・ボルテクスと同じくらいに魔力を食う割に、使用頻度はかなり高い。
第5層以降は幸いなことに可視範囲が広いので、ビューマッピングの使用回数も少なく済んでいるが……第6層はラッシュビートルが出現する以上、魔力が減った状態で探索するのはより危険性が増す。アキがパーティに加わってくれたお陰で安全マージンは間違いなく増えたが、それはそれである。
ダンジョンでは何が起こるか分からないのだから、余裕を見すぎるということは無いだろう。命あっての物種なのだから……。
で、それも加味して考えると、第7層への階段を見つけたら今日の探索は終了かな? 少しだけ第7層を覗いてもいいが、まあその時の状況次第だろうな。
「さあ、今度こそ行こうか。ラッシュビートルは近くに居ないみたいだから」
「ええ」
「きぃっ!」
「ぱぁ!」
巨木の上部に蠢く大量のラッシュビートル共を警戒しつつ、その場を離れる。
……やっぱり、巨木の上にもなんかありそうなんだよな。今は上に行く方法も、ラッシュビートルを蹴散らす実力も無いが……まあ、いつかその時が来たら、探索してみよう。何かしら、面白い発見がありそうだ。
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