3−65:花の妖精、現る
「ぱぁ〜♪」
そっと重ね合わされた、朱音さんの両手のひらの上。そこに、腰まである緑色の長い髪をフリフリと揺らし、ご機嫌に踊る小さな生き物がいた。
身長は約20センチほど。朱音さんの手のひらに乗ってしまうほど小さく、そして軽い。人間の女の子をそのまま小さくしたような見た目をしているが、背中に生えた2対4枚の透明な羽が彼女の特別感を一層際立たせる。
身にまとう服はワンピースタイプで、トップスからスカートまでグラデーションがかかった縦長の桃色の花びらを、少しずつ横に重ね合わせたようなデザインをしている。髪の毛に見えるものも、よく見ると非常に細長い茎と葉でできているようだ。
その容姿は、妖精は妖精でも植物の妖精……いや、まさに"花の妖精"というイメージそのものの姿であった。
「か、可愛い……♡」
あ、これは朱音さんのスイッチが入ったな。手のひらを顔に近付けて、花の妖精 (仮)を恍惚の表情で見つめている。
……こう言っては朱音さんに失礼かもしれないが、絵面が完全に子供をガン見する不審者のそれだな。とろけるような朱音さんの表情も、花の妖精 (仮)を捉えて離さないその視線も、その全てが色々と怪しすぎる。
「ぱぁ? ぱぁ〜♪」
ただ、花の妖精 (仮)は全く気にしていないらしい。むしろ、朱音さんがじっと見つめていることに気付いた花の妖精 (仮)が、嬉しそうに朱音さんの方へと駆け寄っていく。
……そのまま手のひらの縁でフワッと飛び上がり、朱音さんの右肩にフワフワと下り立った。
「ぱぁ♪」
――ピトッ
「ゔゔゔお゛お゛お゛ん゛ん゛!?」
花の妖精 (仮)に抱きつかれた朱音さんが、女性が出してはいけない感じの声を出して固まった。可愛さメーター (?)的な何かが振り切れてしまったのだろうか、その表情は引き締まったり緩みきったり、まるでスロットのように忙しなく変わっていった。
「ぱぁっ♪」
「………」
……ところで、今のやり取りで少し気になったことがある。
花の妖精 (仮)が飛んだ時、羽が全く動いてなかったことだ。単に飛んだ距離が短かったからなのか、あるいは別の……例えば、魔法的な作用によって空を飛んでいるからなのか。
どちらかは分からないが、少なくとも羽を使わずに滑空できる能力があるのは確かだ。いくら花の妖精 (仮)が軽いとは言っても、無風の空間で降下速度が落ちるほど軽いわけではないだろうから。
「でゅへへ……♡」
って、朱音さんの顔が凄いことになってるな。そろそろ現実世界に引き戻さないと、本気でヤバいんじゃないのか?
「お〜い、朱音さ〜ん戻って来〜い」
「はうぅ……かわひぃ♡」
「だ〜めだこりゃ」
声を掛けても、朱音さんは自分の世界から帰ってこない。
仕方ない。朱音さんが元の世界へ自力帰還するまで、待つしかないか……。
◇
「恩田さん、ごめんなさい……」
たっぷり30分ほど、花の妖精 (仮)を夢中で愛でまくっていた朱音さんだったが……ようやく我に返ったらしい。とても申し訳なさそうな様子で、頭を下げて謝ってきた。
「いや、大丈夫だよ。ちょうどいい休憩にもなったしさ」
まあ、俺としてはちょうどいい休憩時間になったので、むしろありがたかった。試練を経て魔力が枯渇寸前だったが、この30分間で魔力残量は30%くらいまで回復したからな。ただ、この後の探索も考えるともう少しゆっくりしたいところだ。
……ふと時計を見ると、ちょうど午後0時を少し回ったところだった。ここはモンスターポップも無いみたいだし、せっかくだから昼食休憩にしてもいいな。
「いい時間になったし、向こうの方で昼休憩にしようか?」
「あ、ホントね……ごめんなさい、恩田さん。ぜひそうしましょう」
「気にするなって。ヒナタも、君も、それでオッケーか?」
「きぃ!」
「ぱぁ!」
ヒナタと花の妖精 (仮)も頷いてくれたので、階段状になっている場所まで移動して座る。
そうして、全員がホッと一息ついて……そういえば、かなり重要なことを確認しておく必要があることに思い至った。
「その子だけど、何を食べるんだろう? とりあえず水をあげたらいいのかな? それとも、ヒナタと同じように魔石を食べるのか?」
「ぱぁ?」
花の妖精 (仮)が首を傾げる。どうやら、俺の言葉がうまく伝わっていないようだ。
そんな俺に代わって、朱音さんが花の妖精 (仮)に話しかける。
「ねえ、あなたは何を食べるのかしら?」
「ぱぁ? ぱぁぁっ!」
「……魔石も欲しいけど、まずは水と日光が欲しいって」
「水と日光か……」
どうやら、朱音さんは花の妖精 (仮)が話していることがなんとなく分かるようだ。
……まあ、繰り返しになるが水はたくさんある。得体の知れない物体相手に使うのならばともかく、俺たちに対して明らかに好意的な生き物が水を所望するのであれば、迷いなくあげるべきだろう。
ただ、日光の方はなぁ……。
「水はあげられるけど、日光はちょっと難しい……あ、いや、もしかしたらいけるかも?」
日光とはつまり光であり、それなら光魔法で再現できるかもしれない。攻撃魔法ではないので、魔力消費もそこまで多くないはずだ。
魔法名は……そうだな、やはりここはシンプルにいこう。
「"サンライト"」
陽射しが穏やかな季節の陽の光をイメージして、魔法を行使する。
……柔らかな光を放つ小さな珠が俺の右手から飛び出し、花の妖精 (仮)の前まで飛んで止まった。
太陽は直接見ると目を痛める程に強い光を放っているが、この珠の光はそこまで強くはない。光源を直視しても大丈夫な感じの、少し散らされたような白い光を辺りに放っている。
「ぱぁ〜〜♪」
それでも、花の妖精 (仮)はサンライトを気に入ってくれたようだ。光の珠に向けて両手を掲げ、満面の笑みを浮かべて体をフリフリ、心地良さそうな声をあげている。
……そうしていると、ふと気になった。
「なあ、朱音さん。この子の名前、どうするんだ?」
いつまでも"君"とか"この子"とか"花の妖精 (仮)"では、なんだか可哀想だ。できればちゃんとした名前で呼んであげたい。
ただ、その名付け親は朱音さんであるべきだろう。ヒナタの時もそうだったが、名付け親がそのまま主人になるわけだから、俺が安易に名前を付ける訳にはいかないのだ。
「うーん、そうねぇ……」
俺の言葉に、朱音さんが悩む。
……しばらくウンウンと唸っていたが、どうやら良い名前が思い付かないらしい。ボソボソと名前候補らしき名詞を口走っては、なんか違うと首を横に振っている。
花の妖精 (仮)はキラキラとした瞳を朱音さんの方に向けているが、朱音さんは残念ながらまだ彼女の期待には応えられないようだ。
「すぐに思い付かないなら、まずは腹ごしらえするか? 食べながらゆっくり考えよう」
「……うーん。そうね、そうするわ」
「了解。で、今日は何を食べる?」
「あ、私ひじきご飯とそばのカップ麺を――」
◇
「……ふう、食べた食べた。腹八分目くらいかな」
「なんだかピクニックみたいよね」
「きぃ……」
のんびりとした食事を終えて、4人でまったり一休みする。ヒナタは俺の肩でグレイウルフの魔石を頬張っていたが、道中でも魔石を食べていたので2個だけでお腹一杯になったようだ。
「ぱぁ……♪」
そして花の妖精 (仮)は、お椀に張られた水をちびちびと飲みながら、サンライトを浴びて上機嫌だ。長い髪をフリフリと揺らしながら、見てもMPが下がらない感じの……むしろ元気が湧き出てくるような、不思議な踊りを披露している。
「あっ、そういえばこの子の名前だけど……」
「ん? いい名前が決まったのか?」
「……いいかどうかは分からないけど」
武技に付けている技名から考えても、朱音さんのネーミングセンスはかなり良い方だと思う。そんな朱音さんの名付けなら、悪いようにはならないと思うけどな。
1つ深呼吸をした朱音さんが、遂に花の妖精 (仮)の名前を発表する。
「この子の名前は、アキにするわ」
「アキ……ああ、なるほどな。すごく納得したよ、確かにピッタリだ」
見た目がなんだかコスモスの花みたいだものな。漢字で書けば"秋桜"……まさに、この子にピッタリの名前だ。
「貴女の名前は、アキちゃんよ!」
「ぱぁ〜〜〜!!」
瞬間、花の妖精改め、アキの体が光り輝き始める。確か、ヒナタの時も同じ現象があったな……。
……1分ほどで、発光現象は収まった。肝心のアキは後ろで両手を組み、楽しそうに体を揺らしている。
「……なんか、アキが正式な使い魔になったってアナウンスがあったわ」
「ああ、それは……」
そこもヒナタの時と同じだな。ということは、アキもモンスターなのか。
……植物のモンスターで女の子といえば、やはりアルラウネかな。それでいて見た目がコスモスっぽいから、"アルラウネ・コスモス"辺りが種族名としてちょうどいいかな。
「よろしくね、アキちゃん」
「ぱぁ♪」
朱音さんの頬に、アキがひしっと抱きつく。朱音さんはデレデレな様子でアキの頭を撫でまくっているが、さすがに自分の世界へ旅立ってしまうようなことはもう無いようだ。
「さあて、そろそろ外に出ようかね。この試練の間から奥に行く道も、特に無いみたいだしさ」
「ええ」
「きぃっ!」
「ぱぁ!」
パッと時計を見てみると、午後1時ちょっと前を指している。昼休憩中に魔力は9割方回復したので、午後の探索も万全の調子でいけそうだ。
休憩して体力も回復したのか、朱音さんの顔色もだいぶ良くなったようだ。
「んじゃ、探索再開しますかね」
4人連れたって階段を上っていく。
さて、午後はどんな探索になるかな。今日中に、せめて第7層への下り階段くらいは見つけたいところだな。
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