3−64:意地悪な二者択一
――試練にて倒した全てのモンスターのドロップ品か、プラチナ宝箱1つか
――どちらか一方をお選びください
――なお、プラチナ宝箱に罠はありません
……なるほどな。これは、回答に困る難しい2択だな。
プラチナ宝箱から出てくるような、超貴重な品を取るか。試練で倒した全てのモンスターから、本来得られていたであろうドロップアイテムを取るか。そのどちらかを選べ、ということなんだろうが……正直、随分と意地の悪い選択肢を用意したな、とは思う。
まず、ここには俺と朱音さんとヒナタの3人が居るわけで、プラチナ宝箱1つを選ぶと報酬の分配ができない可能性が非常に高い。貴重品が宝箱から複数個出てくるような状況は考えにくいので、中身は1人が総取りにならざるを得なくなる。
そのうえで"宝箱に罠はありません"とわざわざ念を押しているのは、プラチナ宝箱を選ぶにあたっての心理的マイナス要素を少しでも減らすためだろう。こうして選びやすい雰囲気を作ろうとしているのだから、この2択を考えたやつは性格が相当ひん曲がってると思う。
一方で、モンスタードロップ品を選ぶのも確かに憚られるところだ。特殊モンスターが一部混ざってはいたものの、試練で出てきたのは大半が通常モンスターだった。いつかはダンジョンで出くわすこととなるモンスターなのだから、今あえてドロップ品を選ぶのはとてももったいない気がするのだ。
朱音さんも、おそらくそのことには気付いているはず。ただ、それらを加味しても朱音さんならきっと……。
「えっと、ではモンスターの……」
ほら、やっぱりね。朱音さんなら、この状況でドロップ品の方を選ぶと思ったよ。
だが、選択権は朱音さんにあっても、相談や説得をしてはいけないというルールは存在しない。
「待った、朱音さん。ここはプラチナ宝箱を選んだ方が絶対にいい」
「えっ、だけど……」
朱音さんが微妙な顔で俺を見るが、気持ちはよく分かる。試練は3人で協力して突破しているし、大半のモンスターを俺が仕留めているのでちゃんと分配できるように選ぼうとしてくれたのだろう。
……だけどな。
「魔石やら装備珠やらスキルスクロールやら、そんなの手に入るチャンスはたくさんある。モンスターがダンジョンに居る限りはな。
……でもな、プラチナ宝箱は今しか入手できないかもしれないんだ。一度入った試練の間は消えて無くなってしまうようだから、数が限られてて早いもの勝ちかもしれないんだよ」
「………」
「俺のことは気にするな。幸いお金には困ってないし、プラチナ宝箱は既に1回開けている。そのお陰で、俺はヒナタに出会えたわけだしさ」
「う……」
「長い目で見たら、今はプラチナ宝箱を選ぶべきだ」
「………」
俺の言葉を聞いて、朱音さんの表情に更なる苦悩の色が浮かぶ。迷いを振り切ろうとしたところで、更に迷いの森奥深くへと誘ってしまったことは申し訳なく思うが……俺のことなど一切気にせず、朱音さんにはより良い方を選んで欲しいと思ったからこそ口を挟ませてもらった。
もっとも、朱音さんが強欲でないのは大変好ましい気質だと思うが。
……さて、朱音さんがどういう選択をとるのか。決して急かさず、その時をじっくりと待つとしよう。
◇
「……うん、決めたわ」
たっぷり5分、悩みに悩んでいた朱音さんがパッと顔を上げた。スッキリした表情を見るに、どうやら考えがまとまったらしい。
「どうするんだ?」
言わずとも、答えは分かった。それでも、朱音さんの口から直接聞かせてもらいたい。
「私は、プラチナ宝箱の方を選ぶわ」
――承知しました
――久我朱音の選択を尊重します
システムアナウンスが朱音さんの選択を受け入れたようだな。じきに、このフロアにプラチナ宝箱が出現することだろう。
「……ところで、恩田さん」
「なんだい、朱音さん?」
ニコリと微笑みながら、朱音さんがこちらを見てくる……いやいや、なんだその含みある笑顔は。
「共同探索の時の取り分だけどね、少なくとも100回分は私の取り分を全部恩田さんに譲ろうと思うの。ヒナタちゃんも加わったから、私の分は3分の1でって元々話すつもりだったけど……プラチナ宝箱を選んで分配できない物だったら、さすがにこれくらいはしないと釣り合いが取れなくなるから」
しれっと、なかなか凄い提案を朱音さんがしてきた。そういう考えを持ってくれているのは、俺としては大変ありがたいのだが……その手の議論は、どこまでいっても不毛なものとならざるを得ないだろう。
なんせ、プラチナ宝箱なんて狙って手に入れられるものではないし、そこから得られるアイテムの価値などはなから計算不可能だからだ。結局のところは、双方が納得するか否かの問題になる。
……とはいえ、今回は比較的楽に合意できるだろう。俺も朱音さんも、そこまでお金に執着してるわけじゃないからな。
俺は、生きていくうえで必要な分だけお金があればいいし。朱音さんに至っては、探索者としての収入が仮に0となったとしても、何ら問題無いのだから。
「しかし、タダ働きもそれはそれで良くないだろう。探索者は命を懸けてダンジョン探索してるわけだしさ。
……それなら、今後の共同探索全てにおいて、朱音さんの取り分を25%にする方向で手を打たないか? 3人以上で探索する時も、朱音さんの取り分が25%になるまで俺と振り分けるってことでどうかな?」
「ずっと25%、ね……」
朱音さんが考え込んでいるが……実はこの提案、とある条件下においては朱音さんの方が有利になるような仕掛けがあるのだ。それに朱音さんは気付けるだろうか?
……そうして朱音さんが考え込んでいる後ろで、プラチナ宝箱が音も無く出現しているが朱音さんは全く気付いていない。
「朱音さん、プラチナ宝箱が出てきたぞ?」
「えっ、あっ、本当だわ」
白く輝く宝箱に気付き、朱音さんの意識がそちらを向く。騙し討ちのようで気が引けるが、ここは一押ししておくか。
「とりあえず、俺の案でいくってことでいいか?」
「え、ええ、それでいいわ」
「承知した」
よし、これで合意形成だぞ、と。口約束とはいえ、もう簡単には覆せないぞ、と。俺にも利がある合意なので、文句は言わせないぞ、と。
「よし、それじゃあお楽しみの宝箱タイムだ〜! ぱちぱちぱち……」
「わ、わーい、ぱちぱちぱち……」
「きぃ〜〜♪」
……口で言う拍手音が、これほどシュールなものだとは思わなかったよ。と、それはともかく。
俺が開けた時はひどい目に遭ったが、今回はシステムアナウンスにより罠が無いことが確定している。
「朱音さん、開けてみてくれ」
「オッケー。んしょっ……と、開いたわ」
宝箱の中に手を伸ばし、朱音さんが両手で両手で取り出す。そこまで大きな物ではないようだが……?
「……これ、なにかしら?」
宝箱の中から出てきたのは、拳大の丸くて緑色な何かだった。植物の球根のようにも、あるいは植物の種を巨大化したもののようにも見える不思議な外観をしているが、使い方がイマイチよく分からない。これは、一体なんなのだろうか?
「……あ、一緒に紙が入ってるわ。説明書かしら?」
もう一度朱音さんが宝箱に手を入れると、中から白い紙が1枚出てきた。黒色で何か文字が書いてあるようだが……。
「えーっと……『やることは、水分を注ぐだけ! すぐに頼もしい仲間ができるかも!?』だって」
「言葉遣いが軽いな……」
絶対それ、入り口のあの文章を考えたのと同じやつが書いてるだろ。文章のノリが全体的に軽くて、正直聞いていてイラッとする。
まあ、それはともかく。水分を注ぐだけ、とは書いてあるが……。
「ミネラルウォーターなら、アイテムボックスにたくさんあるけどなぁ」
「でも、無駄遣いはできないわね。水は生命線だもの」
おっと、朱音さんも同じ考えのようでありがたい限りだ。
そう、ダンジョン探索において飲み水は貴重品だ。ダンジョン内の水は飲用に適さないらしく、腹を壊した探索者が過去にいたそうだ。
……うん、なんだか思い出してきたぞ。確かダンジョンで汲んできた水を外に持ち出し、色々な方法で洗浄して飲んでみた、という内容の動画を見たことがある。
そこで試していたのは、そのまま飲む・蒸留水を飲む・ろ過水を飲む・浄化剤を使用した水を飲む、の4パターンだった。そのどれもで腹を壊し、その探索者は都合7日間、一切の探索ができなかったとか。
そういうわけで、ダンジョン内で飲み水の補充は一切できない。2リットルPETで28本あるとはいえ、無駄遣いはできないのだ。
水を大量に使う可能性があるのであれば、せめて第1層に戻ってから試してみるか。
「なあ、朱音さん」
「んっ……」
「……? どうした、朱音さん?」
「えっと……」
何やら、朱音さんの様子が少し変だ……って、あ、もしかしてそういうことか?
「ちょっと離れるよ。後ろ向いてるから……」
「あっ、えっと……あ、ありがとう」
ちょうど開けた後のプラチナ宝箱が残っているので、大きさ的にも十分な目隠しになるだろう。
なるべく宝箱から大きく離れて、背中を向けて地面に座る。
「きぃっ?」
「ん? ああ、まあ人には色々あるのさ、ヒナタ」
「きぃ……?」
定位置に乗ったヒナタが『どうしたの?』と聞いてくるが……ヒナタにはまだ、そういう人の機微を読み取って行動するのは難しいか。賢いヒナタのことだから、その内学んでしまいそうな気もするけどな。
それにしても、今まで一度もそういう現象が起きなかったのが不思議だな。もしかして、ダンジョンってやはり特殊な空間なのだろうか――
「――きゃああああぁぁぁぁ!?!?」
「っ!? どうした朱音さん、大丈夫か!?」
突如、朱音さんの凄まじい悲鳴が聞こえた……が、慌てて宝箱の裏に飛び込むような真似はしない。
その場でまずは振り向くと、朱音さんの姿は見えなかった。なので、とりあえず宝箱の近くまで移動する。もちろん、朱音さんの姿が見えてしまわないように注意しながら。
「大丈夫か、朱音さん?」
「……だ、大丈夫よ。ごめんなさい、驚いちゃってつい大声を……」
「いや、大丈夫ならいいさ。ただ、尋常じゃない叫び声だったけど何があったんだ?」
「そ、それは……」
朱音さんがモゴモゴと何かを口籠っているが……なんとなく、言いにくい理由は察した。深くは聞かないでおこう。
「……緑の玉が変化したのか?」
「へ? え、ええ、そうよ」
そうだろうな、と思ったよ。
「それで、どう変化したんだ?」
「えっと……とりあえず、宝箱の裏まで来てちょうだい。もう大丈夫だから」
「了解」
朱音さんの許可を貰ったので、宝箱の裏に回り込む。
朱音さんは、後ろを向いて立っていた。手のひらを上にして前に出しており、どうやら何かがそこに乗っているようだが……。
「……緑の玉はどこだ?」
「ここよ」
「ぱぁ〜♪」
頭から髪の毛のような細い葉っぱがたくさん生えた、妖精のような小さい生き物が朱音さんの手のひらの上にいた。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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