プロローグ1:突然の倒産、突然の失職……でも、言うほど突然でもないか?
全ては、あの憎たらしい紙ペラ1枚を見たことから始まった。
『当社は倒産しました、ごめんね』
普段は開いたままなはずの事務所入り口にシャッターが下ろされており、そこには『当社は倒産しました、ごめんね』と大きく書かれたラミネート加工済のA3用紙が、ガムテープでペタリ。
冗談混じりに語るような話だと思っていたが、まさか我が身にそれが降りかかるとは思わなかった。社長以下、経営陣全員が会社を捨てて夜逃げしてしまったらしい。
シャッターの前で呆然と立ち尽くし、ふと我に返って怒りが沸々と湧いてきて……ついシャッターを思い切り蹴りつけてしまった俺を、どうか見咎めないでほしい。
月に100時間以上は残業していたのに残業代が出ず、最近は給与の支払いすらも滞り……それでも会社のためにと必死に働いてきたのを、裏切られた気持ちになった。その鬱屈した怒りの捌け口を、たまたまシャッターに向けてしまっただけのことなのだ。
とりあえず、どういうことかと社長やら各方面に電話を掛けたが、一向に繋がらず。本当に、何の前触れも無く雲隠れしてしまったようだ。
ただまあ、嘆いていても仕方がないとハロワに失業手当給付の申請をしに行くと、なんと離職票なるものが必要だとのこと。それは会社に発行してもらう必要があるらしいが、連絡が取れないのではどうしようもない……。
一応はハロワも対応してくれるそうだが、内容的にかなり悪質なので折を見て労基署にも相談した方が良いとのこと。それでも、すぐに失業手当の申請はできないとのことだった。
……ホント、貯金が無かったら終わってたなぁ、俺。今この時以上に、自分が物欲の薄い人間で良かったと思えたことは無いよ。
大した成果も得られず、トボトボとハロワを後にしようとした俺は、ふと壁に貼られたポスターに目が留まる。
――君もダンジョン探索者になりマッチョ!! 探索者大募集中!
――独立行政法人 迷宮探索開発機構
なんか最近、滋賀県の特定の場所でよく見かけるような筋肉モリモリのポスターだな……まあ、それはともかく。
ダンジョン探索者、か。
確か、3年くらい前だったか。"謎の迷宮、世界各地に現る!"とかいうニュースが全国を駆け巡ったのは。それからはここ日本でも、確認されているだけで実に100箇所以上にも及ぶ謎の迷宮、通称"ダンジョン"が相次いで発見された。
そして、それらの中はまさにファンタジー世界そのものなんだとか。地下なのに青空が広がっていたり、ホーンラビットやゴブリンといった好戦的な怪物が襲ってきたり、ランダムで宝箱が現れたり……既存の物理法則で説明がつかないような現象が、ダンジョン内ではよく起きるというが……。
「……ん? これは、パンフレットか?」
ポスターの近くに、やけに分厚いパンフレットが据え付けられているのに気が付いた。"初級ダンジョン探索者向けパンフレット"と書かれたそれを手に取り、中を開いて見てみる。
「"ギフト"……"スキル"……へえ、ダンジョンってそうなってるのか」
そのパンフレットによれば、全ての探索者はダンジョンに入った瞬間、"ギフト"と呼ばれる特殊な能力に目覚めるらしい。で、このギフトのことを"固定戦闘職"と呼ぶ人もいるそうだ。
その理由は、ギフト名の多くが【聖剣士】や【狙撃手】、【武闘家】といった、RPGに出てきそうな戦闘職名っぽいことから。そして一度得たギフトは決して変更できず、また複数のギフトを得ることもできないことから、なんだそうだ (もし何度でも転職可能だったなら、転職できるところはダー◯神殿とか呼ばれていたのだろうか……?)。
また、ギフトの効果は十人十色、千差万別らしい。安定して効果を発揮するギフトがある一方で、特定の状況でのみ強く作用するようなピーキーな性能のものもあり、扱いにくいギフトはハズレだのなんだのと言われているそうだ。
一方のスキルは、ダンジョン内で稀に手に入る"スキルスクロール"と呼ばれるアイテムを使って得られるそうだ。各種魔法や【モンスター探知】、【鑑定】といったファンタジー要素の定番みたいなスキルもあるが、特に【火魔法】や【水中呼吸】のスキルスクロールは特定モンスターのドロップとなっており、比較的入手は容易なのだとか。それでも買えば30〜50万円は確実に超えるので、相当高価な物であるのは間違いないようだ。
なお、ステータスウィンドウにあたるものは存在しないらしく、スキルにレベル的な要素があるのかは今のところ確認できていないようだ。ただ、スキルやギフトの使い方は直感的にすぐ覚えることができ、かつ使い込むとどこかのタイミングで"スキルが成長した!"という感覚を覚えるそうなので、ステータスやギフトレベル・スキルレベルなどといった要素は存在する、という論調が主流なんだとか。
見事なシックスパックが強調されたポスターを見て、ふとダンジョン探索者になってみるのもいいかも、と思った。俺もまだ34歳、運動不足ではあるが体もそこそこ動くし、やめようと思えばいつでもやめられる。なにより、ダンジョンが一般開放されてまだそんなに時間が経っていない、というのが魅力的だ。
確か今年の頭頃だったっけか、ダンジョンが一般開放されたのは。それまでは自衛隊員しかダンジョンに入れなかったらしいが、本業ではないから時間も限られていたし、そもそも自衛隊が人手不足なのもあって探索はあまり捗らなかったそうだ。
なので、お国は新たな独立行政法人"迷宮探索開発機構"を立ち上げて、ダンジョンの一般開放に踏み切った。それからまだ2ヶ月も経っていないが、一般人立入禁止状態だった2年半の間と比べても数多くの成果があがっているらしい。
善は急げ、ということでダンジョン探索者になるにはどうしたらいいんだろうか?
……ああ、ハロワで申請するとダンジョン探索者証を発行してもらえるのか。しかも即時発行可能とは、よほどお国はダンジョン探索者の人数を揃えたいらしい。まあ、日本はダンジョン探索で海外にだいぶ遅れを取ってると聞いたことがあるし、その遅れを取り戻そうと必死なんだろうな。
「あの〜、すみません。ダンジョン探索者証の発行をお願いしたいのですが」
「はい、かしこまりました。それでは、こちらの発行申請書に必要事項の記入をお願いします」
「あ、はい、了解です」
渡された申請書を持って、記入台へ移動する。
氏名、恩田高良。年齢、34歳。住所、一応は市内だけど、京都府から書いた方がいいかな?
後は電話番号、職歴っと……志望動機やアピールポイントなんかを書く欄がないからか、時間的にも精神的にも随分楽な申請書だった。
10分程度で書き上げて、再び受付まで持っていく。
「これでお願いします」
「はい、それでは確認いたします……必要事項は全てご記入いただいておりますね。ダンジョン探索者証を準備いたしますので、しばらくおかけになってお待ち下さい。できましたらお呼びいたします」
「分かりました」
備え付けのソファに座って待つ。その間に周りを見ると、相当数の探索者募集ポスターが貼られていることに今更ながら気が付いた。お国の本気度がうかがえると同時に、これだけ目立つものにすら目が行かないほど、ハロワに入ってきた時の俺は心の余裕が無かったらしい。
……ま、今後は気楽に生きていくとしますかね。ずっと仕事、仕事、仕事漬けの毎日だったから、ちょうど良い長期休暇が貰えたとでも思っておけばいいか。
「恩田高良さん、カウンターへどうぞ」
ちょうど5分くらいで名前を呼ばれたので、カウンターへ向かう。離職票のことを丁寧に教えてくれた女性職員が、俺の対応をしてくれた。
「こちらがダンジョン探索者証になります。失くさないように気を付けてくださいね」
「はい、分かりました」
ダンジョン探索者証を受け取る。白いプラスチック製のシンプルな造りに見えて、見る角度を変えると虹色の模様が浮かび上がってくるタイプのちょっと高級感があるやつだ。俺が持っている資格者証と同じサイズだったので、とりあえず財布の中に入れておくことにした。
「そして、こちらは京阪神地区のダンジョン一覧マップになります。ぜひご一読ください」
「ありがとうございます」
京阪神地区ダンジョン一覧マップを受け取り、手近なソファに座って眺める。さて、一番近い場所はどこかな……。
「なるほど、亀岡か」
京都駅から見て北西の方角にある町、亀岡市。山陰本線 (京都駅では"嵯峨野線"、"嵯峨野山陰線"と案内されている)の沿線にある町だが、亀岡市と聞いて分かる人はよほどのレジャー好きやサッカーファン、地元民以外ではあまり居ないのではないだろうか。保津川下りやトロッコ列車 (実は全行程の約半分が亀岡市内)、サッカースタジアムと見どころは結構あるんだけどな。
そしてダンジョンは、亀岡市内にある馬堀駅のすぐ近くにあるらしい。馬堀駅から徒歩5分とは、なかなかの好立地だな。
……でもこの駅、確か快速列車が止まらないんだよなあ。間に山を挟むから、車で行くのも絶妙に大変な場所だし。というか、そもそも車持ってないし。
かといって、次に近いダンジョンは奈良県の北部、平城山駅から徒歩5分のところにある。距離の面でも費用的な面でも、馬堀駅に行く方が遥かに良い。
「行ってみるか、馬堀駅」
ハロワから京都駅の改札へ向かう。その道すがら、多くの人とすれ違ったが……そのうち半分くらいは、明らかに日本語でない言葉を話している。
そういえば、件の嵯峨野線は例のウイルスの影響が後退したことで観光客が戻り、朝夕の大混雑が問題になっているらしいが……果たして、火曜日の午前10時は混雑しているのだろうか?
(2024.2.18)あとがきに追記、プロローグを2分割しました。
(2024.5.18)内容はあまり変わらずですが、大幅な加筆修正を加えました
『平城山駅』。小説本編との関わりは今のところ薄いですが、この駅名をネット検索無しの初見で読めますでしょうか?
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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