渕内先生は手を招く
学校一つ一つには生徒の心のケアをする部屋があるという、いわゆる相談室だ。
そこには、様々な悩みを抱えた生徒や、クラスに行くことすらままならない生徒もやってくる。
学校の改革として、今まで数学教諭をしていた私が今年からこの相談室の担当教諭になった。
相談を聞くことが苦手な私に、生徒の心のケアなどできるのだろうか。不安になりながら教室に向かうと、そこには泣いている少女がいた。
『どうした⁇なんで泣いているんだ。』
と声をかけてみたが、泣いてるだけで何も言わない。
『泣いているだけじゃ分からない。何があったかだけでも話してくれないか⁇』
再びそう声をかけてみるも何も反応がなく、とりあえず背中でもさすって気を落ち着かせようと触れたその時であった。
少女の背中に触れたその手から今までに感じたことのない気迫や負の思い、殺意がひしひしと伝わってきた。咄嗟に届き手を離してしまった。
すると少女が顔を上げ、かすれた声でこういった。
『伝わったんだ。ふふ、その手に感じた事、覚えておいた方がいいよ。これから楽しいことが起こるからね。』
さっきまで泣いていたはずの少女の顔はどこか微笑んでるようにも見えた。
相談室の椅子に座り先程、少女が発していたことについて考えていた。この左手に感じたあの重圧的な感情はなんだったのだろうか不思議でならなかった。ただその感情はどこかとても共感でき気持ちの良いものであった。
コンコンとドアが叩かれる音がした。
『どうぞ。』
私がそう声をかけると1人の少女が入ってきた。
少女の手首には明らかにカッターのような刃物で切った傷が数箇所あり、瞳はまるで生きていないかのような無の表情を見せていた。
『その手の傷は自分でやったのかな?』
私がそう声をかけると小さく頷いた。
話を聞くため少女を椅子に座らせた。
『ちょっと傷を見させてもらってもいいかな、失礼。』
左手で少女の手首に触れ、傷を見ようとしたその時だった。
先程まで何も感情のない表情だった少女が、急に瞳孔を開きものすごい勢いで自分の手首にポケットから出したカッターを刺したのである。
『なにをしているんだ!!やめなさい!!』
そう声をかけても少女は何度も何度も刺し続けていた。大量に血を流しそのまま倒れ込んでしまった。
『きゅ…救急車!!呼ばないと!!』
私は慌てて救急車を呼んだが、少女は明らかに死んでいた。死んだ少女の顔は、どこか微笑んでいた。
『伝わったんだ。ふふ、その手に感じた事、覚えておいた方がいいよ。これから楽しいことが起こるからね。』
あの時少女が言った言葉が頭によぎる。
私のせいでこの少女は死んでしまったのかもしれない。