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 魔物の森から一日で街へと着いた。私の足では遅いということでアルに抱きかかえられてここまできたわけだが、半日ほど私を抱えて走っていた癖にアルは全く息切れしていない。人間とは思えないスタミナである。


 私はアルの家にあった粗末なローブを被って、顔を隠していた。私の髪の色は街中だと目立つからな。


「顔、隠したままでいいのか?」

「ああ。もし私が街中で襲われたら周りにもいらぬ被害が出るかもしれないからな」

「ま、確かに人様を巻き込むのはよくねえわな。ってそんなにしつこいのかよ、お前を狙っている奴らって。確かにねちっこそうな連中だったがよ」

「奴らは私がどこにいても嗅ぎつけてくるんだ。だから大衆の前で顔を晒すわけにはいかない」

「大変だよな、お前も」


 そう言ってアルはポンと私の頭に手を置いた。


「今日は俺が守ってやるから、何があってもドンと構えてろ」


 そう言ってニカッと笑ったアルの顔を見て私は思わずドキッとした。


 うむ……やはりこの男、顔が整っている。それに身長も高いし体格もいい。その上性格も……いや性格はどうだろうな、好みが分かれるか。とにかくそういう男に守ってやるとか言われると、流石に照れる。やり口がズルいぞ、この男。


「お、照れてんのか? 顔が赤くなってるぜ」

「うるさいぞ」


 ニヤニヤするアルを睨みつけると、彼は両手を上げて降参ポーズをとった。


 街の中に入って二人でしばらく歩く。こんな風に街中を歩くのは度重ねた人生でも初めての経験だ。殆ど城と自陣営に何とか取り込んだ貴族の屋敷を転々としていた私には新鮮な体験だった。


「さっきからキョロキョロしてるみたいだが、珍しいもんでもあったか?」

「そうだな、初めて見るものばかりだ。どれもこれも興味深く感じる」

「そうか」


 私が感心したように言うと、アルはその様子を見て微笑んでいた。


 それから私たちは色々な店に入ったり、露店を見て過ごした。最初は私の服を買いに行くという目的だったのが随分と脇道に逸れたな。しかしこういう時間を過ごせるのはとても貴重なことだと思う。


「そろそろ暗くなってきたな」


 アルが空を見上げて呟く。もう夕暮れ時になっていたようだ。


 試着だの、下着だのとアルとのひと悶着はあったが服を買うことができた。アルに買ってもらったのだが、こいつの収入源はいったいどこからきているのだろうか。無理をしてないといいのだが。


「じゃあそろそろ宿に向かうとするかね」

「……宿?」


 なんだそれは。泊まるなんて聞いていないぞ。


「おいおい、まさか日帰りのつもりだったのかよ。いくらなんでもそりゃあ無茶ってもんだろ」

「何を言っているんだ? 私なら大丈夫だぞ」


 私がそう答えると、アルは呆れたような表情になった。


「一日中歩いてたんだ。俺は帰っても構わねぇが、お前はゆっくり休んだ方がいいだろ。安心しろ、宿に行っても襲ったりはしねぇさ」

「そういうところは疑っていない。お前は意外と紳士だからな」


 私は素直に思ったことを言ったのだが、それを聞いたアルはなぜか苦い顔をしていた。


「なんだ、その顔は?」

「紳士ってのは柄じゃねえからな。安全な男と思われるのは癪だ」


 そんなことを言うものだから、私は思わず笑ってしまった。


 まったく、こいつは本当に面白い奴だ。


 結局、私はアルの言葉に従うことにした。宿へと向かう道中、私はアルの隣を歩く。アルは私が隣にいることが自然体であるかのように、何も言わずにそのまま歩き続けていた。


 街の中心から離れていくにつれて徐々に人気が少なくなっていく。どうやらかなり街外れの方にある宿に向かおうとしているらしい。


 そしてたどり着いた場所は、周りの建物に比べて明らかに古びている木造の建物の前だった。


「ここが今日の宿だ」


 アルが指差したのは今にも崩れ落ちそうなほどオンボロな宿屋だった。看板にはかろうじて『星の灯』と書かれているのが見える。これが宿名なのだろう。


「この辺りの店は安い割に飯が美味いんだぜ。星の灯も落ち着ける場所で俺は気に入ってる」

「……」


 私は言葉が出なかった。今まで生きてきた中でここまで酷そうな環境の中、寝泊まりしたことは一度も無い。アルの家も似たようなものだったが、あの家はまだ清潔感と過ごしやすさがあった。正直少し不安だったが、文句を言える立場でもないしな。アルは私の気持ちなど知る由もなく、扉を開けるとその中へと入っていった。


 ギィッと耳に嫌な音が鳴り響く。私は意を決し、アルに続いて中に足を踏み入れた。


 内装も酷い有様だった。床は軋むし、壁にはひびが入っている。埃っぽい臭いが鼻をつくし、天井からは蜘蛛の巣も張っていた。


 アルはカウンターの奥にいた老婆に声をかける。


「婆さん、部屋は空いてるか?」

「おや、アルじゃないか。久々だね」

「ああ、暫くぶりだな。元気そうで何よりだ」


 二人はどうやら知り合いのようだった。それにしてもこんな場所に宿を構えているのに客が入ってくるとは。老婆がこちらを見た。


 私は思わず身構える。この人が私を狙っているフェリクス派と繋がっていたとしたら厄介だ。しかし、私の警戒は無駄に終わった。彼女はニッコリと笑って話しかけてくる。この笑顔がとても演技とは思えない。それにアルとは前からの知り合いみたいだしな。


「おや、可愛らしい子を連れているねぇ。もしかしてあんたのコレかい?」


 そう言ってアルに向けて小指を立てる仕草をする老婆。


「違うっての。ただの連れだよ。それより今日は二人部屋にしてくれ」

「はいよ」

「助かる」


 どうやら私に気を遣ってくれていたようだな。


「ほれ、行くぞ」


 アルに促されて宿の階段を上る。そして通された部屋の光景を見て、私は絶句した。そこは一言で表すなら牢獄のような場所だった。


 ベッドは一つしかないし、しかも壁には穴が開いている。


 窓も小さいものが申し訳程度についているだけだった。アルが荷物を置いて一息つく。


 こんな場所で寝るのか……?


 いいや文句は言えまい。アルは私のために色々と配慮してくれている。ここは大人しく従おう。


「悪いな。金には困ってないから高級宿でも良かったんだが、こういう場所の方が俺には落ち着くんだ。嫌だったらお前だけでももう少し綺麗な宿を都合するぜ」


 私の心情を悟ったのか、アルがそう提案してくる。私は首を横に振った。


「いや、ここで構わない。むしろこういうところの方が私も気が楽な気がしてきたよ」


 隠れ家感があっていいかもしれないと私も思い始めてきた。それにアルの顔見知りの店だしな。


「そうか。ならよかった」


 アルが笑顔を浮かべ、そう言った。


「とりあえず晩飯でも食いに行くか」

「そうだな。そうしよう」


 私たちは宿を出て、少し歩き食事処へと向かった。


「やっぱうめぇな」


 目の前ではアルが大きな声を上げながら肉料理を食べている。


「アル、お前はいつも美味そうに食べるな」

「まぁ、実際うまいからな」

「確かにこれは美味い」


 私はスプーンを口に運ぶ。スープに入っている具材と米が混ざり合い、口の中で良い感じに調和している。味付けも濃すぎず、薄すぎずちょうどよい塩梅になっている。


「だろ? こっちのサラダもいけるぞ」


 アルは自分の皿に乗っている野菜と肉が一緒に盛り付けられているものをフォークで刺して、私の方に差し出してくる。


「いや、自分で食べられる」

「遠慮すんなよ」

「……」


 ニヤニヤしながら、こちらを見てくるアル。こいつ分かっててやってるな。


「はぁ。じゃあ貰うぞ」


 まぁ乗ってやってもいいか。少し気恥ずかしいが。


「おう」


 私は差し出されたものを身を乗り出して素直に食べた。


 うん、これも美味いな。新鮮な食材を使っているのだろう。みずみずしい食感と、ドレッシングの酸味が程よくマッチしていて食べやすい。


「こういう、食べさせあうみたいな事は恋仲の二人でするものだろう」

「なんだ? 意識してんのか?」

「うるさい」


 私はアルから顔を背けて食事を続けることに集中した。


 そんな様子を見て、アルは面白そうに笑っている。


 全くこいつは……。


 それから私たちの会話は弾み、食後もしばらく談笑していた。宿に戻る道中、ふと空を見上げた。そこには満天の星空が広がっている。私はその美しさに目を奪われてしまった。アルに案内されるがままについてきたが、こんな景色が見られるとは思っていなかったな。


「綺麗だな」


 私が呟くと、隣にいるアルも同意するように答えた。


「ああ、この星空は俺の人生の中で俺が二番目に綺麗だと思ったものだ」

「へぇ、じゃあ一番綺麗だと思ったものは何なんだ?」

「言えるかよ」


 アルは私を見て苦笑いをしながらそう言うと、それ以上は何も言わなかった。


 きっと、彼にとってその一番目は大切なものなんだろう。


 いつか話してくれる時が来るといいのだが。

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