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それからは、しばらく2人とも黙って星を見た。
静かで、だけど少しの喧騒と、風の音、虫の鳴き声、夜のにおい。
私の頭の中には、さっきの彼の言葉が反芻されていた。
“僕って、なんなんだ”
正直、全然わからない。何故そんな疑問が出るのか……というところから。
ぼんやりと、でもどこか苦しそうに街ゆく人を眺める彼の目には、これまで一体、何がどんなふうに映ってきたのだろう。
いろんなことを回想しているように感じたけど、やっぱりてんでわかる気がしなかった。
「……分かんないけどさ」
唐突に沈黙を破って、そう切り出す。同じように街並みを眺めたまま。
……うん、やっぱり私にはわからない。私の目には、いつもただ、賑やかな街並みと楽しそうな人々が映ってきた。
サーカスにいた頃から、ずっと。
彼の頭の中や心の中、これまで経験してきたこと、今の気持ち。想像できないし、別にしなくていいや、と、そう思った。
「わかんないけど……その答えって、必要?」
「……?」
「別にどんな血だろうと、あなたはあなただし。しかもだいぶ個性的な人だし。そんなこと考えるくらいなら、血、とかにとらわれすぎないで、君らしくいられる手段を考えた方がいいじゃん」
とらわれすぎちゃったら、それこそ“血”の、思うツボって感じじゃない?なんて適当にそう呟いたその時。
一瞬、ひどく時間の流れが遅くなるように感じた。ゆっくりと、大きく見開かれる彼の目。ちらりと彼を見やった私の目と、ばち、と合った視線。
「……」
「……」
たった、一瞬だった。
そのスローモーションの時を終えて、頭の中に戻る夜の音。
街に視線を戻して、今のは何だったんだ?と首を捻る。初めての感覚だった。まるで世界の時が10倍遅くなったような。
誰かどこかで魔法でも使ったのかな、なんて考えながらもう一度彼の方に顔を向けると、彼はまだ、固まっていた。目をパチリと見開いたまま。
「え?」
「いや、」
まるで時間そのものを忘れていたかのようにパッと顔を戻して、彼は言った。
「いや、うん。びっくりした。ありがとう」
「?なんか今、変だったよねぇ、」
「いや大丈夫。うん。なんでもない」
「え?」
いまいち会話が噛み合っていない気がしたけれど、まぁいいか、と立ち上がった。
「そろそろ寝よっかな…………どしたの」
隣の彼は、はぁ……と大きなため息をついて自分の膝に突っ伏していた。
「ねぇ、僕さ」
「ん?」
「ちょっとずつそんな気はしてたんだけど」
「なに?」
「……君のこと、好きみたい」
「は!?」