旅立ちの日
旅立ちの日。
ルーは荷物をまとめていた。着替え、ラジオ、お金。何が必要なのかわからないがとりあえず思い付くものをバックに詰め込む。
その右手の薬指には指輪がはめられていた。
銀色のリングに歪な形の黒い石が嵌め込まれた指輪。
ルーは指輪を眺めた。
金属と石で造られているのに冷たくはない。触ると人肌のような温もりがある。常に誰かと手を繋いでいるような不思議な感覚。
彼もこんな風に感じているのだろうか。
そう考えながらルーは支度を終え、バックを肩にかけ家を出た。
きっと長い旅になる。
「いってきます」
ルーはいつも仕事にでるときのように言った。見送ってくれる父と母に。
「いってらっしゃい」
「気を付けてね、ルー」
両親がふたり並んでいるところを見たのは何年ぶりだろう。ふたりの指にも指輪がある。
濁って光を失った冷たい指輪。
俺の指輪もいつかああなるのだろうか、それとも…
ルーは前を向き歩きだした。
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ロストダリア南東部/ニューダズウェル州
乾いた気候と豊かな資源と独特の生態系をもつ大陸の端にあるその場所はルーの故郷。
港も多く、採掘された資源のほとんどは船に積まれ他の地域に輸出される。
ルーは待ち合わせの港へ向かった。
港へ近付くと波止場のポールに1人の少年がもたれかかって空をみていた。
肩にかかるくらいの長さの銀髪に銀色の瞳。彫が浅く美しい顔。太陽の下にいると睫までキラキラと銀に輝いて純銀製の銅像みたいに見える。
この辺りでは滅多にみかけないその容姿の少年はルーの待ち合わせの相手だった。
シルバーの金属を心に宿すリングス。
ルーのペア・リングス。宿命の相手。
これから共に旅をする相棒、ガレだ。
「きたか!」
ガレはルーに気がつくと手をふった。
「お待たせ」
「来ないかと思ったぜ」
ガレはニカッと笑ってみせた。上品そうな見た目とは裏腹に中身は気さくな少年だ。くだけた口調で喋り、歯をみせて笑う。
ガレはルーに言った。
「とりあえずジーランド諸島に向かおう」
「ジーランド?なんでジーランドなんだ?ロストダリアよりかなり田舎だってラジオで聞いたことあるぞ」
ガレはニヤリと笑ってみせた。
「ルー。おまえラジオ聞きまくってるわりに大事なこと聞き逃してんじゃねえか?ついこの前ジーランドでビックニュースがあっただろ」
「ビックニュース?」
ルーは少し考えてからラジオニュースを思い出した。
『次のニュースです。隣島ジーランドでセブン・リングスの可能性をもつペアが成立したとの情報が入ってきました。2人は女性とみられ…』
そうだ。いろいろありすぎて忘れていた。ものすごいニュース。
「セブン・リングス…!ジーランドで見つかったってニュースになってた」
「そう!俺たち以外のセブン・リングスがジーランド諸島のどっかにいる。まずそいつらに会いにいこう」
「…そうだな。他に手がかりもないし。ジーランドへはフェリーもでてる。行こう」
「え!?ぉ…おお!」
妙に歯切れの悪いガレが気になったがとりあえず二人はフェリー乗り場に行き、手続きをすることにした。
ルーは身分証明書をみせた。
ロストダリアとその周辺地域では16歳でほぼ成人と同等の権利を得る。渡航にも保護者の許可はいらず、大抵のことは許可がおりる。
ルーがフェリー乗り場のお姉さんとやり取りしている間、なぜかガレは横でずっとソワソワしていた。
身分証明書を出す素振りもみせずただ居心地悪そうにズボンのポケットに手を突っ込んでいる。
「?何してんだよ」
「え?」
「身分証。はやく出せよ。乗り遅れるぞ」
「ああぁ…身分証な!どこだっけかな」
ガレはポケットのなかを探すふりをしているが、さっきまで手を突っ込んでいた場所に身分証なんてあるはずがない。
「…………」
明らかに挙動がおかしい。
「ちょっとこい」
「えっちょっ!」
不信に思ったルーはガレを引っ張ってフェリー乗り場をでた。
「お前、ニウ・カレトリアからロストダリアに来たって言ってたよな?身分証は?」
「あ、アルヨ」
「なんで出さない?」
「えー…あー…それは…」
「言えない理由か?えぐい犯罪歴があるとかか?」
「ねえよ!!」
「じゃあ出せよ」
「うっ…」
ガレはおずおずと胸ポケットから薄い財布をだしそこから身分証明書を取りだした。
ルーはガレの身分証明書を確認した。
住所
ニウ・カレトリア
フレップ島
カナリアス通り11-4
本名
ガレ・ルフェーベル
生年月日
2194.6.25
属性
リングス/金属:シルバー
年齢 14
「…………14!??」
ルーは思わず声を上げた。
「14歳なのかおまえ!?」
「ま、まあな」
「俺より年下じゃねーか!」
ものすごい衝撃だった。ガレはルーより背が高いのもあるが初対面からの堂々とした態度で同い年かなんなら年上だと思い込んでいた。
「たった2つだろ。誤差じゃねーか。ほとんど同級生みたいなもんだろ?」
「そうだけど…いやいやいやそうじゃない!そういう問題じゃなくて!おまえどうやってロストダリアに来たんだよ!?」
ルーは混乱した。14歳ならフェリーだろうが漁船だろうが保護者の同行がなければ渡航はできない。ニウ・カレトリアもロストダリアも法律は同じだはずだ。
「親と一緒にきたのか?」
「違う」
「じゃあどうやって…」
「それな。そこをさ、お前に話そうと思ってわざわざ港を待ち合わせ場所にしたわけよ」
「??」
ガレはルーに左手の薬指に嵌められた指輪をみせた。
指輪はルーのものと同じ。シルバーのリングに、歪な形のブラックオパール。
二人がペア・リングスとなる誓いを立てたとき形成された指輪だ。
「お前は今までジェムスであることを隠して生きてきたから知らないと思うけど」
ガレはニヤリと笑った。
「俺のような『リングス』やお前のような『ジェムス』には元から特別な力があるんだ。すげえことができるんだぜ?」
「すげえこと?」
「俺はその力を使ってロストダリアへ来た」
ガレはルーの右手を握った。
「でも今俺たちはペアだから」
握られたルーの右手の指輪と握るガレの左手の指輪が触れ反応する。指輪が熱を持ち光りだした。
「もっとすごいことができる!今から試そう」