死ぬよりも怖いこと
翌日。ルーは仕事が忙しく帰宅が遅くなった。鉱山から出て空を見上げると星が綺麗な満月の夜だった。
「おい」
誰かの声がする。採石場のほうからだ。歩きながらキョロキョロ周りを見渡すと、何者かが満月をバックにこちらを見下ろしていた。
「おまえルー・クロノスだな?」
顔は影になってよく見えない。だがつるはしを持っている。月の光に反射してギラギラと輝く『銀色のつるはし』。
ここは採石場だ。つるさしならその辺にたくさん置いてある。だがあれはそれとは違う。ただのつるはしではない。
見た瞬間、ルーにはわかった。
こいつは『リングス』だ。
「俺はガレ。おまえを探しにここへきた。なぜかわかるな」
逃げなくては、自分の中の原石が全身に訴える。ルーは持っていた荷物を捨てて一目散に逃げ出した。
「逃げるのか」
ルーは声を無視し一心不乱に逃げた。採石場を抜け、どこへともなく全力で走った。
後ろからリングスが追ってきているのがわかる。しかも速い。足音すぐ後ろまできている。
追いつかれる…!
そう思って振り返った瞬間、銀色のつるはしが振り下ろされルーの胸を貫いた。
ガッ
という音と共にルーの原石が強制的に体の外に弾き出された。
「ガハっ…!ゲホッゲホッ」
ルーは衝撃で軽く吹っ飛ばされた。胸が激しく痛み、息も苦しい。咳が止まらない。
「これがおまえの原石か」
ガレという少年は強引に弾き出したルーの原石を拾い上げ眺めた。
「情報通りブラックオパール…これを探してた」
ガレはにやりと笑った。
「でも石ころの部分が多すぎるな。少し削るか」
ガレは銀のつるはしをルーの原石に突き立てガリガリと削った。
「ぐぁえああ!!!」
ルーの胸に激痛が走った。心臓を握りしめられているような痛みだ。頭痛もする。視界が歪み、鼻血がでて息も苦しい。
そんなルーにはおかまいなしにガレはさらに原石を削ろうとしている。
こいつ俺の原石を勝手に!
いったいなんなんだ!!
ふざけるなよこの野郎!!!
ルーは血管が切れそうなくらいの怒りを感じガレに思いっきりタックルした。
ガレは不意のタックルに姿勢を崩し原石を落とした。ルーは原石を拾うと鉱山の出口へ向かった。怒りのせいか、体は痛いのにさっきより速く走れた。
ルーは逃げる途中で採掘現場に落ちた壊れた斧を拾い、自らの原石をつけ即席の石斧を作った。
しばらくするとガレが追い付いてくる気配がした。ルーは石斧を片手に逃げ続けた。後ろからガレの声がする。
「どこへいくんだ」
ルーは叫んだ。
「どこへいくだって!?どこにも向かってねえよ!!おまえから逃げてるだけだ!!!」
瞬間、後ろから銀のつるはしが振り下ろされた。ルーは石斧で攻撃を防いだ。
石斧にくくりつけたブラックオパールの原石は発光していた。ルーも始めてみる現象だった。
「落ち着け。俺はペアを探してるだけだ」
「っだからなんだ!!ふざけるなよこんなこと…!」
「こんなふうに発光する原石は初めて見た」
「なにを他人事みたいに…!!お前が無理やり取り出したからだろうが!!!」
「悪かった」
「悪かったじゃねえ!!警察につきだしてやる!!!」
「…警察ねぇ。おまえ、ジェムスであること隠してこそこそ生きてんだろ?見つけるのに苦労したぜ」
「…!」
「警察にいくのは勝手だが俺のことを話せばおまえがジェムスだってのも当然バレるぞ」
「…っ!」
確かにガレの言うとおりだつった。警察にいって事情を話せば間違いなくルーの原石をみせなくてはならなくなる。ジェムスであることがバレる。
ガレは銀のつるはしを引っ込め、一歩さがった。
「今日はおまえの原石が本物か確かめにきただけだ。本物だとわかった以上争う気はない。手荒な真似をして悪かった。また来る」
「!おい!」
呼び止める暇もなくガレは走り去ってしまった。ガレが去った採掘場は不気味なほど静まり返っていた。
ルーは緊張から解き放たれ、その場に膝をついて息を整えた。頭がくらくらする。鼻血を拭い立ち上がってなんとか帰宅した。
家に帰り、飯も食べずにシャワーを浴びてすぐにベットにはいった。
明日仕事が休みでよかった、そう思ったのを最後に泥のように眠った。
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「よお」
翌日の午後。半日まるまる寝て過ごしたルーは昼食を作る気になれず街へ出たがそこで声をかけられた。そこには昨日ルーを襲撃した張本人、ガレがいた。
「お、おまえ!」
「ロストダリアって都会なんだな。いろんな飯屋があっていいところだ」
「何しにきた!?」
「何しにって…昨日また来るって言ったろ」
「お前まさかまた昨日みたいに」
「なにもしねーよ。こんな人の多いところで騒ぎはごめんだ」
ルーは警戒しながらガレを観察した。
昨日見たときは暗くてわからなかったが、銀髪に銀色の瞳で顔の彫りはどことなく浅い。ロストダリアではあまり見ない容姿だ。ロストダリアには褐色肌の黒髪から金髪まで様々な人がいるが、銀髪はみたことがない。ガレはこの大陸の人間ではないのかもしれないと思った。
「俺はカレトリアから来たんだ。知ってるか?ニウ・カレトリア島」
「!知ってる…ラジオで聞いたことがある。すごく綺麗な島だって」
「天国みてーな場所だぜカレトリアは」
ガレはそう言って笑って見せた。ガレの態度にルーの警戒心も少し薄れた。
「島を渡ってきた手前、俺はここではよそ者だ。騒ぎを起こしたら俺だってヤバイ。だからもう昨日みたいなことはしねえよ」
ガレは周囲を見渡し、カンガルーミートの看板の店を指した。
「あそこで飯食いながら話そう!カンガルーの肉ってどんな味なのか気になってたんだ」
「…金持ってるのか?」
「持っとるわ!失礼なやつだな」
「いきなり襲ってきたやつに失礼とか言われる筋合いはない」
「おまえけっこう根にもつやつだな」
そんなこんなでガレとルーは一緒に昼飯を食べることになった。ガレはカンガルーのステーキとマッシュポテト、ルーはミートパイを頼んだ。
「想像してたより旨い!!クセもないし牛よりカンガルーのほうが好きかもしれん」
「……そりゃよかったね」
ガレはカンガルーを食べるのは初めてのようですごくテンションが上がっていた。
「…そろそろ本題に入ってもいい?ガレさん?でいいのか」
「ガレでいいぞ」
「じゃあガレ。改めて聞くけどあんたは『リングス』なんだよな?」
「あぁ。俺が心にもつ金属は銀。昨日のつるはしは銀で出来てる」
「俺の原石を確かめに来たって言ってたけどペアになることが目的なのか?」
「そうだ」
「ジェムスなら探せば他にもいるだろ。カレトリアにだって一人くらいはいるはずだ。なんで俺なんだ?」
「お前の原石がブラックオパールだから」
「?」
「ブラックオパールは原石のなかでも珍しい。試してみる価値がある」
カンガルーステーキを食べ終えたガレは真剣な顔つきで話し始めた。
「この世には相性のいいジェムスとリングスが7つある。7つの輪が揃ったとき世界を覆す力を手にするだろう」
「……セブンリングス伝説」
「知ってるよな、当然」
「それを確かめるためにペアを探してる?」
「そうだ」
「… ただの作り話だろ」
「そうかもな。けど俺は信じてる。そのためにここにきた。セブン・リングスの存在は夢であり希望の光だ」
ルーはミートパイを片手にうつむいた。
「…わるいけど、俺はあんたの夢や希望には付き合えない。俺はそういうのが一切ない人間なんだ。ただ適当に…なるべく苦痛の少ない人生を送りたい、それだけの奴だ」
自分で言っていて情けないと思ったが、それがルーの本心だった。
ルーは今での人生を振り返る。小さい頃から生気のない子供だった。今でも周りからよく言われる。夢はないの?やりたいことはないの?もっと人生を楽しみなよ、と。
母親と父親の顔が浮かんだ。
どうかルーには幸せに生きてほしい
両親はルーによくそう言った。
でも俺は……
「俺には夢もないしやりたいこともない。楽しいことだってない。でもそれの何が悪いんだ。夢がなきゃ生きてちゃいけないのか?楽しくなくちゃ生きてちゃいけないのか?夢も希望もなくても死にはしない。俺は自分にとっての幸せが何かもわからない。俺はただやり過ごすように人生をおくってる…」
ガレは黙ってルーの話を聞いていた。
「だからあんたみたいに、夢や希望のために人生をかけるような人間じゃないんだ。他を探した方がいい」
「苦しむのが怖いか?」
「苦しみ続けるのが怖いんだよ。最悪死ぬまでずっと苦しむことになるんだぞ」
「苦しんで死ぬのが怖いのか?」
「怖くない人間なんていないだろ」
ガレはルーをまっすぐ見て言った。
「俺には死ぬことよりも怖いことがある」
ガレは無表情だった。夢も希望もない、乾いた眼差しだった。
「この世には苦しんで死ぬことよりもずっと怖いことがあるだろ」
店内のBGMが止められラジオニュース速報が入ってきた。電波が悪いのか、所々ノイズ混じりのラジオニュースが流れ始めた。
※※※※※ロストダリア公共放送※※※※※
速報です。昨夜ロストダリア南東部で発生した亡霊により男性一人が意識不明の重体、二人の死亡が確認されました。そのうち一人は子供とみられーーザザッ
ーザッーー専門家は亡霊の発生についてこう話しますーザザッーージェムスやリングスがペアをつくらないまま死亡するとおよそ4割の確率で亡霊と呼ばれる存在になります。ペアのいないジェムスやリングスは原石や金属をもつ故に死んでも心の石が朽ちず、この世を彷徨う亡霊となり無差別に人々を襲うのです。もちろん彼らジェムス、リングスには人権が保証されていますので、ペアになるならないは本人の意志が尊重されます。しかしながら近年亡霊は増え続けており、このような事態を防ぐためにも政府は早急に対策を打ち出さねばーザザッッー
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ラジオはそこで途切れた。ガレとルーの間には重い沈黙が流れていた。
ふたりは店をでた。ルーが先に口を開いた。
「…亡霊になるのは全体の4割だ。ならないかもしれない」
「自分は絶対にならないと言いきれるか?」
「…そもそも望んでジェムスに生まれたわけじゃないんだ。自分が死んだあとのことなんて知ったことじゃない」
ガレはルーをまっすぐ見つめた。
「おまえ、自分のためだけに生きて自分のためだけに死ぬのか」
ガレの言葉にルーはなにも答えることができなかった。
「また来る。亡霊には気をつけろよ。ジェムスやリングスは亡霊に狙われやすい。もし万が一遭遇したら原石で応戦しろ」
ガレはそう言うと去っていった。
ルーは最悪な気分のまま帰宅し部屋に閉じ籠った。そして自分の原石を取り出し思いっきり床に投げつけた。胸に強い痛みが走った。
「くそっ…!!」
ルーは泣き出したかった。
「こんなもん欲しくてもってる訳じゃない!!」
でもそれは俺だけじゃない。
きっとみんなそうなんだ。
母さんも父さんも、欲しくてもってるわけじゃない。でも生まれの理不尽を受け入れて不幸を承知でペアになった。
自分以外の誰かのために。
俺はどうだ?
『自分のためだけに生きて自分のためだけに死ぬのか』
ガレの言葉が繰り返し脳裏によぎった。