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セブン・リングス  作者: しおばな
12/30

メアの幸せ

「そうよね?ガレ」


無邪気に質問するメアにガレは冷たい声で答えた。


「ああ」


ルーは驚きを隠せなかった。ジェムスの人身売買。そんなことがロストダリアでも?


「ちょっと待ってくれよ!俺はロストダリアで生まれ育ったけどそんなこと聞いたことがないぞ!ラジオでも新聞でもそんなこと一度も…」


リリーは怒りを含んだ声で言った。


「当たり前でしょ。そんなことラジオや新聞で報道する意味ない」

「どうして…」

「どうして?それが皆のためだからに決まってる。成立過程がどうであれ、ジェムスとリングスがペアをつくることは社会にとって歓迎すべきこと。だってそうなりゃそのぶん亡霊は減るんだからね」


ルーは口をつぐんだ。リリーは続けた。


「みな口には出さないだけでジェムスやリングスを見るたびに思ってることがある。『あいつペアを作らない気か?身勝手に一人で死んで亡霊になるのだけはやめろよ。社会の迷惑だ』ってね」


リリーはルーをみた。


「だってそうでしょ?誰だってそう思って当然だ。ジェムスやリングスがペアを作らないまま死んで亡霊になれば自分や家族が殺されるかもしれない。殺されなくても怪我をしたり家を壊されるかもしれない。そう考えたとき、自分達の不幸か、ジェムスやリングス達の不幸か。天秤にかけたら誰だって自分達を選ぶ。ジェムスやリングスが我慢すれば済むことだってね。ジェムスに生まれたあんたでさえ一度はそんなふうに考えた。だから今ここにいる。違う?」


リリーの言うとおりだった。そうだ。ロストダリアでガレとペアになったあの日。


『自分のために死ぬか、誰かのために生きるか!どっちがおまえの幸せで、どっちがおまえの不幸だ!?』


ガレにそう問われて答えを決めた。


いつも楽ばかりしようとしてきた俺が、楽になるのが幸せなんだと思っていた俺が。楽に死ぬより苦しくても生きることを選んだ。


リリーは黙るルーをみてなお話を続けた。ガレは指環を触っていた。メアはつまらなそうに窓の外を眺めていた。


白い砂浜、青い海。輝く太陽の下、人々は汗を流し日常を送っている。時に泣き、笑い、お互い支え合いながら懸命に生きている。


窓の外にある世界はいつも綺麗でどこまでも俺達を追い詰める。


「ジェムスやリングスが生まれることは社会全体にとって大きなリスクよ。しかもリターンは何もない。あるのはお伽話みたいな馬鹿げた伝説だけ。だから本当は疎まれてる。ジェムスやリングスが生まれたとわかったら捨てる親はたくさんいるのよ。正真正銘の社会のお荷物を育てるなんてしたくないもんね。世間の人達ってのは案外みんな優しいからジェムスやリングスが道を歩いてても罵倒されたり殴られたりはしない。でも見て見ぬふりはしてくれない。ジェムスやリングスが不幸になるのをしっかり見てる」


リリーは少しため息をついた。


「ジェムスの人身売買や宝石商の実態が報道されないのもその一環。みんな知ってる。ちゃんと見てる。けど決して口には出さない。ジェムスやリングスはそうあるべきだって社会の誰もが思ってるから」


ルーは目を伏せた。ガレは表情を変えず黙っている。


「そうだよな」


ルーは泣きそうになっていた。


いまリリーから聞いたことはずっと前から知っていた。ラジオからも職場からも家族からでさえも。どこからだっていつだって聞こえてきた『みんな』の本音なのに。


泣くようなことじゃないのに、泣きそうになってしまう。


「…俺は今までジェムスであることを隠して生きてたから知らなかった。売られたり買われたりそんなの最悪だ。理不尽だと思う。でも…そういうことがあっても仕方ないのかもしれないって…」


そこまで言ってルーはハッとしてメアをみた。メアはキョトンとしていた。


リリーはルーに怒鳴った。


「何が仕方ないの!?仕方なのないことだからやり過ごせっての!?そんなのあたしは絶対に嫌だ!!」


リリーの声は僅かに震えていた。


「…メアを初めてみたときね。メアの原石は傷だらけだった。何度もペアにされて。捨てられて…こんなこと許せないと思った。だからメアを買ったの。これ以上取引されないように。ジェムスだって立派な人間よ。人間は売ったり買ったりするものじゃないはず。どんな原石を心に持ってたとしてもその人は石ではない。そうでしょ?」


そこまで話すとリリーは目を閉じ、落ち着きを取り戻した。


「いろいろあってあたしとメアも結果的にペアになった。それも幸運なことにセブン・リングスの可能性のあるペアに。あたしはね、ルー。セブン・リングスを揃えて世界を覆したいの。それがあたしの夢。馬鹿げた夢に聞こえるかもしれない。世界中の人々は世界を覆す必要なんかないって言うかもしれない。この世界には問題はあるけど解決策はわかってる。真剣に考える必要はないって。でもあたしは…考えるべきだし変えていくべきだと思ってる」


リリーは一息着いて、テーブルの水を飲んだ。


「話が長くなったね。しかも脱線しまくりで肝心なこと話し合えなかった。あたしの悪い癖。許して」


「いや…リリーの話を聞けて良かった。俺は今まで他のジェムスやリングスと話したことがなかったから。何を考えてるのか、どんなふうに生きてるのか何も知らなかったから」


父と母とはこんな風に話したことはない。

もちろんガレとも。


「ねえリリー、話終わった?」


メアが口を開いた。リリーはメアを愛おしそうにみつめ、頬を撫でた。


「ええ。待たせたね。あんた達も。まだまだ話せてないことはたくさんある。亡霊のこともパパの研究のこともね」


リリーは席を立った。


「あたしの家に来て。どうせまだ宿泊先決めてないんでしょ?しばらく家に滞在しなよ。客室は1つだから同じ部屋で寝てもらうけどいい?」


「ありがとう。そうさせてもらう」


ルーは顔をあげて言った。ガレはリリーをみつめて言った。


「お前たちと出会えたことは俺達にとっても幸運だ。ありがとう」


リリーは少し笑ってガレと握手を交わした。


4人はレストランをでた。


そして南に向かい歩いた。道中、ルーはなんとなくメアの隣を歩き話しかけた。


「ねえ、メア。聞いてもいい?」

「なぁにルー?」

「…言いたくないかもしれないけど…メアはジェムスに生まれて辛いことばかりだった?」

「うーん」


メアは空をみて少し考え込んだ。


「別にそうでもないかなあ」


それはルーにとって意外な答えだった。


「あたし、宝石商からいろんなリングスに売られたけど…ペアの誓いが終われば召し使いしてたから。あたしの原石翡翠はね。とっても頑丈なんだよね」


そつ言うと胸に手を突っ込み翡翠の原石を取り出した。薄い緑と乳白色が混ざった綺麗な表面のつるりとした楕円形の原石だった。


「ちょっとは原石に傷がつくけどさ。体が痛いとかは無いの。ペアの誓いを立てたらリングスとも会うことも殆ど無かったし。金持ちのリングスが所有してるどっかのレストランとか別荘で毎日料理だしたり掃除したりして。たまーにエッチなことしたり。でもご飯も食べれるし綺麗なベッドで寝て。言われたことしてるだけでよかったし、楽だなって思ってた」


メアは掌の翡翠の原石をくるくると回した。


「でもある日ね。リリーがきたの。リリーがあたしを買いたいって。大金もってね。あたしはその日からリリーと過ごすことになった。暮らし始めた最初のころリリーはなんか怒ってたんだよね。なんで怒ってるのかわかんなかった。料理とか掃除とかが気に入らないのかなって色々頑張ってやってみた。けどね、そんなあたしにリリーはなんて言ったと思う?」


メアは嬉しうに笑った。


「何にもしなくていいっていったの。何もしなくていい、ペアにならなくてもいい。あなたは幸せになっていい。ただ自由にあなたのしたいことをして過ごしてって言われたの。あたしは言われた通り何もせずに過ごした。掃除もしない料理もしない。ただ家でボーッとした。したいことはあんまり思い付かなくて。海で泳いだり。散歩したり。浜辺に寝転がって思いっきり日焼けしてみたり。そんな毎日が続いた」


メアは翡翠の原石を胸に戻した。


「そしたらね。なんだか、自分の心に大きな穴が空いてることに気がついたの。あたしは空っぽなんだって。思い付くことだけしてみたけど、あたしが本当にしたいことなんて何もないんだって」


メタは胸に手を当てた。


「それをね。正直にリリーに話したの。したいことをしていい、自由になっていい、幸せになっていいって言われたけどあたしには何が自分の幸せなのかわからないって」


ルーはガレと出会ったときの自分を思い出していた。


「そしたらね、リリーはあたしを抱き締めてくれたの。あなたはどうかわからないけどあたしはあなたがここにいてくれることが幸せよって」


メアは愛おしそうに前を歩くリリーをみた。


「リリーに抱き締められたとき、あたしはなんでかママのことを思い出したの。あたしを捨てたママのこと。ママはあたしを宝石商に売る前優しく抱き締めてくれた。そのときのママの胸の暖かさとリリーの胸の暖かさが似てたの。それでね、涙がでて、わんわん泣いたの。一晩中ね。リリーはずっとあたしを抱き締めてくれてた」


ルーはその光景を目に浮かべた。


「次の日ね、目を覚ましたらあたしは何が自分の幸せかはっきりわかった。あたしの幸せはリリーといること。リリーが何か望めばそれに答えてあげること。リリーがセブン・リングスになって世界を覆したいならそれを叶えてあげたい。それがあたしの幸せ。だからあたしとペアに成ってっていった。セブン・リングスかどうか試してみる価値はあるでしょ?って。例え違って原石が傷付いてもそれがあたしの幸せよって」


メアは目を閉じた。


「リリーはOKしてくれて教会で誓いを立てた。立会人はリリーのパパ。そしたらびっくり。姿が変わって。力が溢れて。リリーの心がわかった。そのとき、あたし達はセブン・リングスだって感じた」


ふたりは歩き続けた。丘をこえ崖が見えると一軒家みえた。


「だから辛いことばかりじゃなかった。今のあたしには何が自分の幸せかハッキリわかるの。リリーとペアになったから」


メアはルーに問いかけた。


「ルーはどう?」


そう問われてルーはガレの後ろ姿をみた。


「俺は…まだわからないかも」


「そっか」


メアはクスクス笑った。


前方でガレとリリーが呼んでいる。メアとルーは走り、4人は一軒家に入っていった。

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