片山家③
「ではワシは風呂入って寝るから、後はよしなに。
そこの小童、孫に手を出すんじゃないぞ、有希も鍵を掛けて寝る様に。」
「襲わねーよ、犯罪じゃねーか!
よしなにって(笑)」
「おやすみなさーい。」
彼女が食器の後片付けをしているので、後ろから話し掛ける。
「一段落ついたらちょっといいかな、明日の話をしたいんだけど。」
「はい、ちょっと待ってね。」
タオルで手を拭いた彼女がダイニングの椅子に座った。
「明日学校に行くっていう事は証拠が揃ったと判断していいのかな。」
「そうだね、ちょっと確認してもらっていい?
これでいいかどうか。」
彼女が別室からボイスレコーダーとスマホとクチャクチャになったノートを持って来た。
「…確認するね。
バックアップは取ってあるかな?
パソコンとかSDカードとかに。」
「うん、動画も音声も。
ノートもコピーを取ってあるよ、ノートは念の為に画像にも残してある。」
「…暴力行為の動画はどんな方法で?」
「…体育館裏に呼び出して、過去のイジメの話をして、止めて、と頼んだら暴行を受けたから、植込みに隠してたスマホで録画しておいた、その時の音声もボイスレコーダーで録音してあるよ。」
「その時の怪我の診断書は取ってある?」
「うん、コピーも取りました。」
「婆さんは先生に話をしようとするとはぐらかされる、と言っていたけど、それで間違いないかな。」
「うん…何度も話そうとしても、証拠はあるのかとか、勘違いじゃないのかとか、声を掛ける度に忙しいとか…。」
「その先生とのやり取りは録音してある?」
「してる。」
「フム…そのイジメっ子の主犯の情報は何かないかな、多額の寄附を学校にしているとか…。」
「よく判ったね、白石さん…主犯は白石さんていうんだけど、白石さんはどこかの会社の社長さんの娘で、お父さんが多額の寄附をしてるとかいう話は聞いた事がある。
あと、白石さんはお父さんと校長先生は友人だと前に言ってた気がする。」
「ナルホドね…。」
俺が画像を確認していると彼女は、
「あの、遠山さん…さっき食事の時に家庭料理は久しぶりって言ってたけど、独り暮らしなの…?
お父さんとお母さんは?」
「家はもう両親死んでるから、独り暮らしっていったら独り暮らしなのかな。
あんな旨い手料理は久しぶりだったよ、御馳走様。」
それを聞いた彼女は思い詰めた顔をしながら、
「……あの、私、遠山さんに黙ってた事があるの…。
あの…大涌谷で、イジメで死にたいって言ったけど、実はイジメの事だけじゃなくて…
以前、私はお父さんとお母さんと3人で住んでたの。
お父さんは昔からお酒を飲むと人が変わった様に暴れて手に負えなくて。
私は子供だったから、お母さんが私を庇ってくれて、いつもお母さんだけ暴力を受けてて…。
私が小学3年生の頃、お母さんが『買い物をして来るね。』って言って家を出て行ったっきり、家に戻って来なかった…。
その後は私がお父さんに暴力を受けて…洗濯の仕方もあまりよく分からなくて汚れた格好で学校に行ってたら学校の先生がその事に気付いて、身体にあったアザも見つかって、私は児童相談所に保護されたの。
その後色々あったんだけど、最終的にはお母さんのお母さん、家のお婆ちゃんに保護者になってもらって、ここに引っ越して来たの。
お母さんはまた違う男の人とどこかで暮らしてるみたい。
あの日私を置いて出て行ったっきり、1度も会ってない。
私が悪い子だからお父さんが暴力を振るって、私が悪い子だからお母さんも帰って来ないんだと思って一生懸命勉強して、良い子になろうとしたんだけど…
お婆ちゃんがね、お前が悪いんじゃないんだよ、って言ってくれて、私をここまで育ててくれたの…。
でも、イジメられて…もう疲れちゃった…。
それで、死にたいと思ってたら、大涌谷で遠山さんに声を掛けられて、笑われて…
それで、ふと我に返ったんです…。
あの、本当にありがとうございました…
アレ、涙が…止まらない……。」
俺も泣いていた。
余りにも苛酷な過去を持つ彼女を抱き締めたい衝動に駆られたが、グッと我慢した、代わりに頭を撫でて、
「生きててくれて、ありがとう。
俺と出逢ってくれて、ありがとう。
俺は、君を助ける事が出来て、本当に、本当に嬉しいよ。」
そう伝えたら、彼女は、
「あの、すみません…ちょっと肩を貸してください…」
と俺の肩に顔を埋め、暫くの間泣き続けた。