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3話 平羅目心

俺が大学生の時の話だ。


夏休みにふと旅をしたくなった。

俺は古風な男で、旅といえば神社仏閣、歴史的建造物や名所などを好む。


お洒落な街を見て回るなんて興味無かった。


そんな俺が選んだのは・・・四国。

八十八箇所のお遍路参りだ。

全てを回る程のこだわりは無いが、観光がてら気ままに巡るのは楽しそうだ。


バイトして貯めたお金で取り敢えずスタートした。


とはいえ、何の知識もなくぶっつけ本番で望んだので、お遍路さんの衣装も着ていないし巡回する順番なども適当だった。


とにかく旅が出来れば良かったのだ。


ある山道を歩いていた時の事。


川沿いの山道を歩いていた。

狭いが一応、アスファルトの道路になっている。

川沿いとはいえ川は見下ろす程下にあった。


今となっては思い出せないが、何やら考え事をしていたのだろう。

すっかり上の空で歩いていると・・・


いつの間にか川にまで降りて来てしまっていたのだった。


ふと我に返った時、目の前が川だったので驚き、何やら薄気味悪い気持ちになった。


すぐに元の道路へ戻ろうとした。


道路は随分上の方だ。


「うわぁ、随分下りて来たんだな」


当然、戻りは登り坂だ。


しかもかなり急だった。


・・・こんな坂を自覚のないまま下りて来ていたなんて不思議だな。


そう思った。


随分登った辺りで、階段に出くわした。200段くらいはあるだろうか?

それを登り切ればもう道路だ。


俺は早足で階段を登る。

真ん中辺りまで来た頃、

ふと背後から・・・


「うううう・・・・・」


と唸りのような声が聞こえた。


しかも近い。


たぶん・・・・・俺の真後ろだ。


俺は勇気を振り絞る前に反射的に振り返ってしまった。


すると、


俺のすぐ真後ろ。


そこに、ボロボロの僧衣を着た男が立っていたのだった。


・・・まずい!!


多分、この世のモノじゃない。


俺は急いで階段を駆け上った。


「はぁ、はぁ・・・」


息を切らせながら階段を登り切った俺はまたもや反射的に背後を見てしまった。


幸い、もう何も見えなかった。


でも・・・


この坂に隠れる場所なんて見当たらない。

それなのにどこにも見当たらないって事は・・・


やはりこの世のモノじゃなかったのか・・・!


俺は心に恐怖を貼り付けたまま早足で歩き出した。

直ぐにでもこの場から離れたかったのだ。


暫く歩くと遠くからこちらへ誰かが近づいて来る。

相手は木の杖をつき、お遍路さんの衣装っぽい服を着た中年男が一人。

だんだん近づいて来ると、違和感があった。

男性の衣装はお遍路さんに似てはいるものの少し違ったのだ。

それは、明確には分からないがどこか修験者を思わせるような衣装だった。


ただのお遍路さんじゃない。


そう直感した。


すれ違いざま、俺は意を決して男(以後、修験者)に話しかけた。


「あの・・・そっちには幽霊が出るかもしれないですよ?」


修験者の足が止まった。


「幽霊?・・・遭遇されましたか?」


「はい。実は・・・」


包み隠さず話した。


なぜいきなり見知らぬ人に声をかけてまで話したのか?

多分、怖かったからだろう。

この恐怖を一人で抱えたく無かったのだ。


黙って話を聞いていた修験者はこう尋ねて来た。


「その者は此奴(こやつ)ですかな?」


そう聞いて来た。


「は?」


修験者は答えずにブツブツと何かを唱え始めた。


そして・・・


「はっ!!」


ガシャリ!


気合いと同時に杖を打ち付けた。


すると、


「うううう・・・・・」


俺の背後からあの声が聞こえて来たのだった。


修験者は言う。


「時間がない。振り返って確認してください」


今度は反射より恐怖が先に立った俺は怖すぎて振り返りたくなど無かったが、修験者に急かされて仕方なく振り返った。


すると・・・


居た。


まさしくさっきのボロボロの僧衣の男だ。


ゾッとした。


前の2回は反射的に見てしまった為に一瞬で視線を外した。

しかし今回はまじまじと見てしまったのだ。

相手の顔も見えた。

無精髭を生やしたボサボサの髪をした精悍な顔の男だ。

そして顔に大きな傷がまるで刀でバッサリ切られたかの様に顔を斜めに横断していた。


「特徴は?」


修験者が聞いて来た。


「え?目の前に居ますけど?」


「私には見えないのです」


それを聞いて更に恐怖が増した。

自分にしか見えないというのがこれ程恐怖だとは・・・


「・・・顔に大きな傷があります」


「違うか・・・」


修験者はポツリとそう呟いた。


「何か文字は見えませんか?僧衣に何か書かれてはいないですか?」


僧衣には・・・何やら漢字が書かれていた。


平羅目心?


なんて読むのか分からない。


「たいら?それに羅生門の羅・・・」


「ヒラメシンですか?!」


「・・・そうですね。そう読めます」


平羅目心はどうやらヒラメシンと読むらしい。


て事は・・・


この修験者はコイツの正体を知っているのか?

てか平羅目心って何なんだよ?!


「これ以上はまずい・・・」


修験者はそう言うと、再び杖で地面を突いた。


すると刀傷の男はスッと消えてしまった。


「あの・・・さっきの男は一体?」


平羅目心(ひらめしん)です。まあ、呪いの様なモノですね。あなた、憑かれてますよ?」


「嘘・・・でしょ?」


俺の問いに答えず、修験者は再びブツブツと唱え始めた。

今度は長い。

実際の時間は10分程だったが、俺には30分にも1時間にも感じられた。


念仏が終わって、修験者はフッと息を吐くとこう言った。


「祓いました」


途端に俺は、肩に重くのしかかって居た何かが取れた気がした。


「あ・・・ありがとうございます!」


聞くと、平羅目心というのは、人を呪う際に現れる憑神の一種らしい。


その姿は見る人によって違う。

ボロボロの僧衣を着た男というのは共通なのだが、顔がその都度違うという。

修験者が見た事のある男には刀傷が無かった様だ。

そして必ず僧衣に『平羅目心』と書かれているらしい。


『平羅目心』が何を意味するのかは不明だそうだ。

仏教用語にも無いし、名前にしては(いびつ)だ。

姓が平羅目、名前が心と読めなくも無いが無理やり感は否めない。


とにかく、コイツに憑かれると不幸が起きるらしい。


俺はさっき無意識に道路から外れて川にまで下りてしまった事を伝えた。


修験者曰く、


「川へ引きずり込まれかけていたのかもしれませんね」


本当にゾッとしっ放しだった。


「さっき、川から道路へ戻る途中で一瞬だけ男の姿が見えて、それで気付いたんです。どうして一瞬だけ姿が見えたのでしょうか?」


そう聞いてみた。

すると、


「その場所へ行ってみましょう」


戻るのは怖いけどモヤモヤしたままなのはもっと怖い。

そう思ったので一緒に来た道を戻った。


男が見えた場所に着くと、すぐに修験者は階段の脇へ視線をやった。


「こちらのお陰でしょう」


見るとそこには小さなお地蔵様があった。


「ここを通った際に、お地蔵様が憑神の存在を示されたのでしょう」


俺はお地蔵様に手を合わせて心から感謝を告げた。


そして修験者にも深々とお礼を言った。


「お気になさらず」


そう言ってくれた。


別れ際に聞いてみた。


「最後にもう一つ質問良いですか?」


「どうぞ」


「あなたと出会ったのは・・・偶然ですか?」


そう聞くと、修験者はニヤリと笑った。


そして一礼し、何も言わずに去っていった。

Twitter(物語の更新情報などを主に呟きます)

https://mobile.twitter.com/Kano_Shimari

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