2話 近所の友達
小さい頃、近所に『よっちゃん』という子が住んでいた。
俺より1つ年下の子だ。
俺は時々、よっちゃんと遊んでいた。
近所の空き地や公園で走り回り、コマ付きの自転車を乗り回していた。
よっちゃんは、よく喋る子だった。
逆に俺はあまり喋らなかったので、上手くバランスが取れていたと思う。
その日もいつものように近所の公園で砂遊びをした。
けれど、その日は違和感があった。
何故かよっちゃんが何も喋らないのだ。
しかし俺が話しかけると笑顔で頷いたりしてくれるので、意思疎通に問題は無かった。
元々俺自身、あまり喋らないので、2人して黙々と遊ぶ事に何の支障も無かったのだ。
その後もちょくちょく、よっちゃんとは2人で遊んだ。
ある日、俺はいつものように遊びに出かけた。
コマ付き自転車に乗って、みんなが集まる公園に向かったのだ。
そして交差点に差し掛かった時、前方によっちゃんが立っていた。
しかもまるで俺の行く手を阻むように通せんぼしていたのだ。
俺は何をしているのか尋ねようと自転車を止めた。
その瞬間、交差点の脇からトラックが猛スピードで飛び出してきた。
「うおっ!」
俺は本能的に、危機が回避された事を理解した。
だってその時、俺は何も考えずに交差点に飛び出そうとしていたのだから・・・
よっちゃんが通せんぼしてくれなければ、俺は間違いなく交差点に飛び出し、猛スピードのトラックに轢かれていただろう。
俺はよっちゃんを見た。
しかし、よっちゃんの姿はどこにも無かった。
その日の夜、親からこんな話を聞いた。
「近くで大きな工事が始まって、トラックが近くの道を頻繁に通るようになるから気をつけろよ」
多分、俺が轢かれかけたのはそのトラックだろう。
そう思って、猛スピードのトラックを見たと話した。
轢かれかけた事を話すと怒られそうだから、飛び出そうとしてよっちゃんに止められた事は内緒にした。
すると父は一瞬驚いた後、神妙な顔をしてこう言ったのだ。
「いいか?先月、近所でお前くらいの小さな子がトラックに轢かれて亡くなったんだ。お前も気をつけなきゃダメだぞ?」
・・・そうなんだ。
子供心にそう思った。
『亡くなった子が居る』
そう言われても、俺自身まだ小さすぎてあまり実感が湧かなかった。
しかし、続く父の言葉を聞いた時、俺の心は一気にゾワゾワッと、まるで冷や水を浴びせられたかのように冷たく騒ついた。
「お前には敢えて黙ってたんだが・・・実は亡くなったのは、よっちゃんなんだ。お前もよく遊んでたよな?最近よっちゃんを見かけないだろ?それは・・・そういう訳なんだ」
・・・え?よっちゃんとは、いつも遊んでるんだけど?
それにさっきトラックから守ってくれたのも、よっちゃんなのだ。
しかし、そんな事で父が嘘を付く筈がない。
そういえば、あれだけおしゃべりだったよっちゃんが先月の途中から、何故か全く喋らなくなった。
俺はその事に漠然とした違和感を持っていたのだが、父の話を聞いてその疑問に合点がいった。
そして理解した瞬間、俺は全身鳥肌が立ち、心の底から得体の知れない恐怖心が湧き上がって来た。
その夜、俺は恐怖で布団に潜り込んだまま、顔を出す事が出来なかった。
翌日、道端でよっちゃんを見かけた。
よっちゃんも俺に気が付き、笑顔で近づいて来た。
その時、俺は昨日の父の言葉を思い出し、再び恐怖が全身を突き抜けた。
そしてよっちゃんに背を向け、全力で逃げ出したのだった。
その日の夜、俺は夢を見た。
その夢には、よっちゃんが出てきた。
よっちゃんは相変わらず喋らなかった。
そして、いつもの楽しそうな笑顔じゃなくて、酷く寂しそうな顔で少しだけ微笑んでいた。
その時の俺は夢の中だったからか、特に恐怖も無くよっちゃんに話しかけた。
しかしよっちゃんは返事をせず、ただ寂しそうな笑顔で佇むだけだった。
夢の最後、よっちゃんは俺に手を振っていた。
まるでお別れの時間が来たかのように。
その夢を見て以来、俺の前によっちゃんは現れなかった。
・・・・・・・・・・
あれから随分と年月は過ぎた。
そして大人になった今、俺は思う。
「あの時、トラックから俺を助けてくれてありがとう。それから、よっちゃんの事、怖がってゴメン」
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