偵察することにした3
「もちろんそれは知っていますよ。しかし新聞広告はまだ出ていないので、あなたはご存じなかったようですね。実は私たちは先日正式に結婚の約束を取り交わしました。もし疑うなら彼女のお父上に確認していただいてもかまいません」
非常に事務的に告げられる言葉。
この隣の人は、冗談を言っているようには見えなかった。
そのためさすがにロビンも疑うことにしたようだった。
「はあ……? エレンティナ、本当なのか? いくらなんでもつい最近まで僕と結婚の約束をしておきながら、それが反故になったとたんに他の男と婚約なんて……君にそんな都合の良い話があるものか。それともまさか心当たりなんてあるのか?」
ロビンが非常に疑わしそうに私を見た。
でも私には心当たりが、あった。
たしかに、大いにあった。
あるからこそこの場にいるのだが。
しかし、その相手がこの隣に立つ男なのかは全くもってわからない。
誰にも言っていない、そしてこの男が言うようにまだ新聞広告にも出ていない、つまり正式発表もまだな、私自身さえも実感のないこの婚約を知る者は非常に少ない。おそらく当人と私の両親くらいなものだろう。
なのに婚約について言及するということは、当人という可能性はある。
だけれどこの人は、もしかしたら、単に困っている私を助けるために咄嗟にでまかせを言ってくれただけの可能性も否定できなかった。
つまりはそんな事実なんて知らなかった赤の他人の可能性もないわけではないのだ。
私は一瞬迷った。
でも考えてみれば。
それならそれで、ちゃんと調子を合わせないといけないわね?
そこまで結論してからやっと私は、こくこくと頷いたのだった。
そんな私を見てロビンが驚愕の表情をした。
「なっ……! なんて君は慎みがないんだ! そんなコロコロと相手を変えるなんて……ああそうか。きっと君は僕に振られて自暴自棄になってしまって、そのせいでこんな怪しげな男でもいいからとにかく結婚できればいいと思ってしまったんだね。可哀想に。でもそんな選択をして将来君が後悔しないといいけれど」
そして、なぜか同情的な目で私を見始めたロビン。
「……」
私は言い返す気も起こらなかった。
何を言っているんだ?
自暴自棄? ロビンのせいで? どうやったらそんな思考になるんだろう?
しかしロビンは私のその「はあ?」という表情は読み取れなかったらしい。
同情たっぷりの態度のまま、私の隣の男にも言ったのだった。
「ああ、君、どこの誰かは知らないが、エレンティナはこの前までこの由緒あるアンサーホリック家の僕と結婚すると思っていたんだよ。この常に流行の最先端をいく立派な出で立ちの僕の隣に生涯立つつもりだったんだ。なのに現実がそのセンスの君では、きっと彼女も悲しい思いをしてしまう。仮にも地味とはいえれっきとした伯爵令嬢と結婚するつもりならば、せめて髪や髭を整えて、そのセンスのかけらもない服をどうにかしたまえ。君もやっと捕まえた婚約者に呆れられたくないだろう?」
そうして自分の着ている服を自慢げに見せるように胸を張った。
「服……?」
対して戸惑う私の傍らの男。どうやら彼には少々服装がおかしい自覚はなかったらしい。
「そう! さすがに僕ほどとはいかなくても、せめて最低限のコーディネートくらいはしてくれたまえ。服に失礼だろう。流行を取り入れるのも紳士のたしなみだよ。ちなみに今一番流行っているのはボヤージュの店だ。少々他よりは高いかもしれないがそれだけの価値はある。なにしろ彼のセンスは超一流だからね。彼に任せたら、きっと君でも素晴らしい紳士に見える服を仕立ててくれるから、せめてこういう場のために一着は仕立てたまえ。ちなみに僕は三着持っていて、今もさらに二着注文して……ああ! しかし彼は客を選ぶんだった。これも縁だ、よろしければ僕が紹介してあげようか?」
そういえばロビンという男は、流行の服の話や自慢話となると突然熱く語り出す男だった。
今のロビンは、輝いていた。
「……」
対して隣の男はそんなロビンに気圧されてなにも反論は出来ないようだ。
そして私としても、たしかにその服のセンスはさすがにないだろうと思っていたので、弁護のしようもないのだった。
そんな黙り込む私たち二人の様子を見てますます饒舌になるロビン。
「エレンティナ、君がこんな選択をしなければならなかったなんて僕は残念だよ。しかしもう婚約してしまったのならしかたがない。これからは君がこの男を支えなきゃね。でもだからといって、そんな紳士としての服も満足に着こなせないなんてこの男は平民なのかな? なら平民を貴族のパーティーに連れてきてはダメだ。人にはその立場に相応しい場所というものがあるんだから。自分の男に少しでも箔をつけようとする君の気持ちはわからないでもないが、だからといって大切な身分の壁は越えてはならないんだよ。ここは政治的に重要な人物のパーティーというだけでなく、侯爵家のパーティーなのだから」