新しい婚約者4
それに私としてもこんなよくわからない人との結婚なんぞ、ますますしたくない。
公爵だなんて、王族並みにプライドが高そうでお近づきにもなりたくない。
そもそもこんなただの庶民のようにある意味のびのび育ってしまった私に、公爵夫人なんていう大役が出来るわけがないのだ。
今の「伯爵令嬢」を演じるのだって肩が凝ってしょうがないのに。
ましてや「公爵夫人」なんてもはや悪夢ではないか。息抜きも出来なそう。
私は早々に結論を出した。
このお話は、残念ながらなかったことにするべきである。もちろんあちら側から断ってくれて構わない。それが双方にとって穏便かつ幸せな決着だろう。
なにもわざわざこんな婚約破棄されたばかりの地味な娘、しかもその正体は「魔女」な女を選ばなくてもいいのだ。
私はため息をついた。
自分の評判なんて、それほど大事ではない。
もうすぐ社交界から消える予定なのだから。
なのにまた婚約なんて、ほんと冗談じゃない。
が、そんなお話をするにもこの簡素な手紙しか送って来ない相手ではどう切り出すか、私には今のところ全く見当がつかない。
たとえばすぐ逆ギレしたり暴力を振るう人だったら怖い。もしかしたら私が知らないだけで、この公爵様にはまともに結婚を申し込んでも普通の令嬢には断られるような難があるのかもしれない。
なにしろ手紙一つで自分の結婚を決めるような人なのだ。
そしてその相手を口説くどころか、会いに来ることさえもしないような人なのだ。
とにかく得体が知れなくて怖い。
ということで。
少なくとも新しい婚約者の顔くらいは拝んで様子を見てから対策を考えようと思った私は、その公爵が出てきそうなパーティーを見繕って出ることにしたのだった。
つまりは、格式の高いパーティー。
あああめんどくさい。公爵様がわざわざ出席しなければならないようなパーティーなんて、最高に肩が凝る世界なのに。
そう思いつつも、それでもよく知らない自分に結婚を申し込むような人をこのまま放っておくわけにもいかないのである。
とにかく敵情視察は必要だ。
どんなに面倒くさい社交の場であろうとも、その一時の我慢で私に結婚を申し込んでくるような酔狂な公爵様を見られるのなら安いものだと自分を鼓舞して、私はとある侯爵様が開いたパーティーに赴いたのだった。
このパーティーの主は今政治的に重要な立場の人のはずなので、だいたいの貴族は顔だけでも出しておこうと考えるはずだというのが私の読みである。
いざ行ってみるとさすがに大物の侯爵様の、その威信をかけた大きなパーティーだったのでとても華やかだった。
沢山の贅沢な料理が所狭しと並び、その間を飲み物を載せた盆を持って歩くお仕着せを着た沢山の使用人たち。美しく飾られた広い会場は隅から隅までとても豪華で、そこに集うのはその豪華さに負けないくらいに華やかに装った令嬢たち、ご婦人たち、そして紳士たち。
そんな会場で私は早速壁にへばりついてその様子を、特に今日は普段見向きもしない政治談義に花を咲かす貴族男性のグループを眺めることにした。
しばらくあちこちのグループを眺め、しかしたいした収穫も無く。途方に暮れた私は次は令嬢たちが見つめる先を探した。
若い独身男性、特に跡取りだったり既に爵位を持っている男性は、常に結婚相手を探す令嬢やその母親たちの注目の的なのだ。
たとえ婚約していても、結婚するまではわからない。
なにしろ今は「婚約破棄」が大はやりだからね!
やれやれ。
もちろん思っていた通り、私とロビンとの婚約破棄の話はすでに知れ渡っていた。
私は会う人会う人になにかしら言われる面倒くささで、その時はすでに少々ぐったりとしていた。
「元気出してね。今度はきっとあなたにももっと素敵な人が現れるわ。こんな流行なんて早く終わるといいわね」
なんて優しく慰めてくれる人もいれば、
「あら、もう次を探しに来たの? 伯爵家の次男でもダメなら、もう次は成金の平民でも狙うしかないんじゃなくて? でもそんな人は、もっと下賤なパーティ-に出るものよ」
なんて勝ち誇ったように嫌みを言う人も。
だいたいそんな嫌みを言ってくるのは家柄と美貌を兼ね添えて、両親の期待を一身に背負った若い令嬢が多い。
そう、ここは戦場なのだ。
よりよい相手をつり上げるための、人生を賭けたまさに戦いの場なのである。敗者を徹底的に潰してライバルにならないようにしたいのか、それともただの親からのプレッシャーに対するストレス発散なのか。少なくとも私のような敗者に同情しているヒマなんてきっと無いのだろう。
おおこわ。
私は今はそれどころじゃあなくてロビンのことなどすっかり忘れていたわけだけれど、わざわざ嫌みを言われたりすると嫌な気分にはなるものだ。早く世間も私とロビンのことなんて忘れてくれないかしら。
まあしかし、私が今日ここに来た目的は、そう、ただ一通の手紙のみで自らの婚約を決めるような酔狂な男を捜して観察をすること。
集中しろ、私。とにかく探すのだ。これだけ重鎮たちが揃っているからにはきっとどこかにはいるはず。
いるよね?