新しい婚約者3
「エレンティナ! なんと失礼な! ちゃんと公爵家の紋章で封された正式な手紙だったし、その手紙だってちゃんと公爵家の正式な使いが持って来たのだよ! 間違いなどあるはずがない!」
「でも、そうとしか思えません。私には全く会話した記憶さえありませんもの」
「いやいや、きっとお前の可憐な容姿が気に入ったのだろう。もしくは大人しそうな娘が好みなのかもしれん」
「まさか」
そんなはずはないでしょう。今の私、お父様譲りの平々凡々地味の権化のような容姿ではありませんか。親馬鹿フィルターってすごいわね?
私は思わず呆れて半眼になって父を見つめた。
「とにかく、喜んでお受けすると返事は出しておいたから。こういうのは時期を逃してはいかん。先方の気が変わる前に早く固めてしまわなければ」
「だからお父様! それ絶対に騙されてますって! 早まってはいけません! ちゃんと確認して!」
ちゃんとそう言ったはずだった。
しかしそんな娘の言葉なんてまるで聞こえていなかったらしい父はその後猛然と話を進め、結果、やっと私が数々の努力の末にやっとあのロビンと縁を切ることに成功したというのに、なぜかまた違う男との婚約が成立してしまったのだった。
なぜ……。
もちろんこの父たる伯爵の行動は、この貴族社会では非常に常識的、そしてまっとうな反応ではある。
あるのだが……残念なのは私が全く貴族令嬢としてはまっとうではないということだ。
外では猫かぶりの地味な伯爵令嬢、しかしその実態は、感覚が平民と何ら変わらないただの小娘しかも「魔女」。
それなのに、そんなたいそうなお家に嫁ぐなんてとんでもない!
もしも私が「魔女」とバレた暁には、一体どんな惨状になるのだろう? もう怒りのあまり私ごとこちらの一族が全員葬り去られてもおかしくない気がするよ。なにしろ「魔女」追放を主張している親玉たる王様の親戚だよ?
なのになぜ父はそうも素直に私が秘密を守りきると思えるのか。
ほんと私の心の負担も考えてほしい。
しかし今回、父は「公爵家」という威光にすっかり目がくらんでいるようだった。
たしかに普通に考えれば、この縁談を断るような貴族の家なんてないだろう。
でもこの父には、私が普通ではないことをもう少しちゃんと認識してほしいと心から思う。
今は一見「魔女」には見えないかもしれないが、だからといって忘れていいことではないのだ。
私は! 嫌です!
しかし悲しいかな、そんな私の叫びは両親には届かなかった。
ならば他にどうやって将来の結婚を避けるべきか。
おそらく今回の最大の問題は、相手が格上も格上の公爵家、しかも当主だということだ。
私から婚約破棄? 無理。
ロビンとの婚約だって破棄させてはもらえなかったし、そもそも今回は立場的にも下であるお父様の方からは言い出せない。
じゃああちらから破棄してもらうように本人に直談判する?
でも相手がどんな人かもわからないのに、それ、言っても大丈夫なの?
そもそもこちらは相手の顔も思い出せないというのに、どうして向こうは私を認知しているのか。
どこかで挨拶でもしたんだろうか。
でも、私は特に印象に残るような容姿でもないはずだし、ドレスも一般的な令嬢が着るようなものしか着ていない。しかも出来るだけ似合わない色を選んでいたというのに。
一体そんな私のどこに気をひくような要素があったというのだろう。
しかし現実的には貴族同士の婚約なんて、お互いの家の当主同士が婚約同意書にサインをしたら決定である。
当家側は私の父。そして向こうは公爵家当主、つまりは本人。
本人!
正気か?
しかし結果的にはあっという間に同意書に両家のサインが入り、その上「たいへん喜ばしく思っている」という意味のお手紙までが届いて……。
正気か……?
しかしその結果、私は顔も定かではない男の婚約者となってしまったのだった。
いやいやいや。
なんで喜ばしいのか全然わかりませんが。少なくとも私は嬉しくなんてありません。
しかもそんなことを言っておきながら、ご自分の婚約者になったはずの私に一度も会いにも来ないとはどういうことだろう?
私は考え込んでしまった。
私に来たのは一通の手紙だけ。畏れ多くもアーデン公爵家の家紋入りの上質な紙に綴られた、たった一言。
なにこの義務的な手紙。まるで渋々書かされた、喜んでいる振りをさせられているのではと思えるくらいには簡素かつ殴り書きのような筆跡。
しかしこの一通の手紙で、ようやく私もこの話は詐欺ではなかったようだと理解したのだった。
この貴族社会で、このアーデン公爵家の紋章を偽造をする度胸のある人なんていない。自殺願望でも無い限り。
ということは、相手の真意はわからないけれど、本当に形だけは婚約が成立したということだ。
公爵家に「魔女」がお嫁入り。
って、お父様本気なの? これ、まずいどころじゃないでしょう。
一体なんで喜んでいられるの!?