魔女のお披露目1
アーデン公爵が、俄然強気になったのは言うまでもない。
そして、マルガリータ王女をお披露目する計画が水面下で進んでいったのだった。
「マリー、いいえマルガリータ王女、王宮での受け入れ体制が整うまでのしばらくの間は、このアーデン公爵家に滞在していただくことになりました。まずはここで王族としての基本を学んでいただくことになるそうです」
「まあお姉様。どうか今まで通りにマリーとお呼びください。私、学院の外に出るのは生まれて初めてでとても心細いのです。お姉様がいてくださって本当によかった。私はここでお世話になりますが、お姉様もたくさん会いに来てくださいね……!」
そう言って縋ってくる美少女のなんと可愛らしいことでしょうか……!
私はできるだけ毎日来ようと心の中で改めて決めたのだった。
「もちろん来ますわ。マリーのお勉強の後にはぜひ一緒にお茶をしましょうね」
そんな風に手と手を取り合う私たちを見て、執事セバスがニコニコとしていた。
ちなみにマリーはもうあの魔方陣の部屋たちを、得意気なアーデン公爵いやミハイルによってすでに見せられていた。
マリーは「まあすごい……こんな部屋、学院にもありません」と驚いた後、その場でまた蕩々と語り始めて全く終わる気配を見せない公爵に困惑して私に助けを求める視線を送ってきたので、私が公爵の説明をさりげなく切り上げさせてお茶に誘ったのだった。
うん、なんだか最近こういうのに慣れてきた気がするよ……。
今日も日当たりの良い公爵家のサロンで私たち二人がこれからの生活を語り合っていると、珍しく公爵がやってきて小さな石のついた指輪をマリーに渡した。
「マルガリータ王女、これをおつけください。私が開発した最新の魔方陣がこの指輪の石に刻まれています。この魔方陣ではエレンティナの隠蔽魔法と同じ効果を出せるようにしたんですよ。だからこの指輪を嵌めている間は、あなたの瞳は何があっても黄金の色を失って、元の色のままとなるでしょう。ちょっとしたお守りです」
そう、得意気になって公爵が言った。
なにやらまたあの部屋に籠もっているなと思ったら、どうやらそんなものを作っていたらしい。
マリーが言うには自分はあの学院から出る予定がなかったので瞳の黄金を消す訓練をサボってしまい、そのため実は今でも瞳の色を隠すのが苦手だとこの前言っていたのだ。
しかしそれではこの国では危険だと公爵も判断したのだろう。
マリーがその指輪をはめると、たちまちマリーの黄金の瞳は輝きを失って澄んだ碧い瞳に変わった。
それは、王と同じ瞳。
「まあ、なんて綺麗……」
キラキラの黄金の髪に澄んだ碧い瞳がとても美しく見えて、私は思わず感嘆の声を上げた。
マリーはしみじみと鏡の中の新しい瞳の色を眺めていた。
魔力が瞳に現れて黄金色に見えるのだけれど、その魔力が出ないように調整すれば、元々の生まれたままの瞳の色が見えるようになる。
彼女の瞳は綺麗な綺麗な、碧だったのだ。
しかしマリーはパーティーやお茶会などには一切出席していないというのに、その「アーデン公爵家の美しい客人」の噂が広がるのは早かった。
公爵は周囲には聞かれるたびに「一時的に遠縁の娘を預かっている」とだけ説明していたから、ますます誰なのかという憶測を呼んだようだ。
遠縁……そうね、そうとも言うわね。王家と公爵家は確かに血縁ですからね……。
しかしそのせいで、最近は噂好きな例のご婦人たちが連日我が家に来ては「アーデン公爵家に住んでいるらしい美少女」の話をしに来るようになってしまった。
とにかく毎日探りを入れようと誰かしら来るようになって、なかなか家にいても落ち着かない。
逆にそれとほぼ同時に、マリーのあまりの若さと美少女ぶりを知ったらしい、今までアーデン公爵を追いかけては気を引こうと頑張っていた令嬢たちが次々と黙ってしまったのはちょっと面白かった。
まあね、なにしろマリーは公爵家に住んでいるからね。勝ち目がないと思うのは普通だろう。
でもね、私に同情の視線を送ってくるのは余計だと思うのよ。
きっとみなさん私が二度目の婚約破棄をされる日は近いと確信しているのだろう。
私は今まで通りの限りなく地味な容姿を保っていたから、もはやマリーとは天と地、全く勝ち目なんてなくて、もうざまあを通り越して可哀想にという視線が常にグサグサと突き刺さるようになった。
わかるよ。確かに公爵とマリーが並ぶと目が潰れるような美しさだから。ああ眼福。
そんな状況でそのいろいろと煩わしいことから私が逃れた先がアーデン公爵家だったから、マリーとは本当に毎日のように会っていた。
そしてたまには私がマリーにも封印魔法をかけて私と同じような地味な容姿に姿を変えて、一緒に町へお買い物に行ったりお茶をしに行ったりもして楽しんだ。
彼女にとってはおそらくこれが最初で最後の、この国での自由な時間となるだろうから。
本当にこれでいいのかとついつい私が聞く度に、マリーはもちろんと答えた。
そしてマリーは大いにお買い物を楽しみ、お茶やお菓子や珍しい食べ物を堪能し、本屋を巡り公園や町並みを散歩してはこの国の王都を目に焼き付けていた。
王宮が幻のマルガリータ王女をお披露目するという噂は前から出ていた。
だから、王宮が王太子の誕生日を祝うパーティーの招待状を配りはじめたあたりから、そこでお披露目されるのではないかとのもっぱらの噂だった。
その通りである。
そこで、マリーは王女としてデビューする。
そして同時に、ルトリア王国との婚約も発表される段取りとなっていた。
裏方はもう大騒ぎである。
まずはマリーの輿入れをルトリア王国から了承してもらう。
その後マリーのデビューの細かな段取りと後方支援の方策を極秘で詰める。
今まで何かと渋っていた我が国が前向きになったことで、国同士の婚約はあっという間に成立した。
もちろん、本人同士は最後まで面識はないままに。
これは政治の問題であり、お互いの好みや愛情なんて関係のない話だから。
それでもマリーはそれを粛々と受け入れていた。
私が本当にいいのかとついまた聞くと、マリーはにっこりとして、
「はい。もともと私は一生をあの学院の敷地内で終えるはずだったのです。でも今は外に出て広い世界を見れるのが嬉しいのです。今まで知らなかったたくさんのことをこの目で見て知ることができるのが楽しいのです。そして、私に役割があることも嬉しいのですわ」
金色の髪をキラキラふわふわさせながら、目を輝かせて言うマリーはもうすっかり覚悟を決めているようだった。
「マリー。何かあったら、私が全力でお手伝いするからね……!」
私をお姉様と呼ぶ小さい頃から知っているかわいいマリーに苦労なんてさせたくないのよ私は……!
「お姉様……!」
それが、王宮へと居を移したデビュー前のマリーとの最後の会話だった。






