王の紋章3
しかしこの学院の応接室という安全地帯で、私たちは本来の姿で私たちの話が出来る。
それはなかなか得がたい嬉しい時間だった。
魔法の話、魔方陣の話、そして我が国の「魔女」たちへの風当たりの話。
いろいろ日頃感じていることを言い合えるのは私たちが同類だからだ。
思い出話を少しして、とうとう公爵が本題を切り出した。
「ところで、あなたが持っている形見のブローチというのを見せてはもらえないだろうか」
それを聞いてマリーも予想していたのか、私にも見覚えのある一つのブローチを取り出した。
それは、一見模造宝石で作られたありきたりなブローチ。でも。
私はマリーからブローチを預かると、その場で昔子供の頃の私がかけた隠蔽の魔法を解いた。
するとたちまちブローチは姿を変えて、キラキラと美しい輝きを放ち始める。
そしてその裏側に浮かび上がったのは、紋章。
「私が生まれたときに、お母様が私に贈ってくださったと聞いています」
マリーはまるでそのブローチが恋い焦がれる母であるかのように見つめ、少し寂しそうに言った。
マリーは母親の顔を知らない。もちろん父親のことも。
だからこそ、彼女はこの母への唯一の手がかりでもあるブローチをとても大切に思っているのだ。
しばらくブローチの裏にある紋章を見つめていた公爵が言った。
「たしかに、これは王の紋章だ」
「王? 王家の、じゃなくて?」
「他の王族の紋章とはここが……この花びらの数が違う。五枚の花びらは王だけが使う紋章となる」
王の紋章……。
それは、このブローチが王の所有物だったということを意味する。
「王がマリーのお母様に贈って、それをマリーが受け継いだということね?」
「普通はそう解釈するのが妥当かもしれないが」
そう言いながらも公爵は、ブローチの裏に記された紋章を見つめていた。
マリーは……くりくりの黄金の瞳をさらにくりくりとさせながら驚いているようだった。
「王様……?」
「マリー、あなたは今何歳かな?」
「16になったばかりです」
「このブローチの裏には、『マルガリータへ贈る』と記してある。マルガリータという名前に何か覚えはあるかな?」
「母の名前だとばかり」
「私の記憶にある限りマルガリータという名前の女性は、現王と前王の周辺では現王の現在行方不明とされている庶子の一人しかいない。そしてその庶子は今、生きていたらだいたいあなたくらいの年齢になっているはずだ」
「……」
そして沈黙が落ちたのだった。
私の推測はおそらく当たっていたのだろう。
ただし、マリーはそのことを知らなかったのかもしれない。
彼女はそのまま押し黙ってしまった。
「このブローチが16年前からここにあったのだとしたら、おそらくこちらが本物だろう。ということは、オルセン男爵、謀ったな」
アーデン公爵が呟いた。
マリーには両親の記憶はない。
ただ、この学院の前で拾われたのだと聞かされて育ったらしい。
拾われた当時、生母らしい人からの手紙が添えられていて、そこに書かれていたのはただ「自由にそして健やかに」であったと、この前マリーは言っていた。つまり彼女は、決して愛されていなかったのではない。
しかしこの16年間の間、彼女を引き取ると言ってくる親族どころか、面会に訪れる人も全く現れなかったということだった。
しばらくのち、再度学院を訪れたアーデン公爵は、マリーに言った。
「あなたが望めば、王に報告して王女として認めてもらうことができるかもしれない」
マリーは、先日の衝撃からはすっかり立ち直ったかのような落ち着きで公爵の話を聞いていた。
その日はマリーがおそらくマルガリータ王女本人だろうと言う前提で、公爵がその地位と権力を総動員して調査をした結果を知らせに来ていた。
結果からいうと、マリーの痕跡は、それは見事に消されていた。
全くどこにも記録が見つからないのだ。
そしてその調査の結果、皮肉なことにオルセン男爵が保護したというマルガリータ嬢の記録ばかりが集まった。
こうなると、王権によって「隠された」のがどちらのマルガリータなのかが一目瞭然なのだった。
もともとこの学院も世間からは全く認知されないように「隠されている」存在なので、そこで赤ん坊の頃からずっと暮らしているマリー・デトロワという身元不明の女性の存在自体が、公にはこの国のどこにも存在しなかったのだ。
かたやオルセン男爵の保護した令嬢の方は、平民のどの家の生まれで、どこで育って、オルセン男爵にはどこで拾われたのかも判明してしまった。
あのマルガリータ嬢は、明らかにオルセン男爵がでっちあげた王女の偽物だった。
公爵は続けた。
「実は今、我が国は北の強国ルトリア王国から婚姻を申し込まれているのだが、唯一の王女であるマルセラ王女はまだ子供で、そして激しく抵抗していると聞く。それを王妃様も庇っているので王も今のところ王女の年齢を理由に猶予を引き出して結論を先送りにしている状況だ。代わりに差し出せるような王族の女性が他にいればいいんだが、残念ながらちょうど良い王族が今はいない」
「ルトリア……本で読んだことがあります」
「王はルトリアに嫁がせる王族を今とても必要としている。だからそのために、今なら王はあなたを娘と認める可能性が高い。しかしその代わりに、あなたはおそらくはすぐにルトリア王国へ嫁ぐことになる」






