王の紋章1
ちなみにその後公爵から執事のセバスに魔方陣の部屋にかけた魔法について説明したときには、セバスも「ようございました」と珍しく満面の笑みを見せていたから喜んでいるようだ。
公爵は、
「セバスも今見てくるといい。実に見事だから。もうお前があのドアを開けても何にも見えないぞ。ただの空の部屋なんだ。本当に見事だから今すぐ行ってこい」
と少々興奮気味にまくしたて、セバスも「では行って参ります」といそいそと応接室から出て行ったのだった。
多分おそらく、これでアーデン公爵の趣味が露見する可能性はさらに減っただろう。
そして私は図らずも、これでさらにアーデン公爵家の秘密の共犯となったのだった。
やれやれ……。
これでこの男が将来の夫となるのが確定してしまったのだろう。もう逃げられない。
私は私のかけたあの部屋の魔法を、責任をもってちゃんとずっと管理し続けなければならないのだから。
公爵家の豪華なソファに座りながらちょっと遠い目になった。
まあ、いいけれど。
かつて女の子の例に漏れず夢見た「男らしくて頼りがいがあってさわやかなイケメンの王子様」とは違うけれど。
ほんと顔以外は全然違うけれど。
うん、かわいい人だし。
頼りになる夫というよりは、素直で純粋な忠犬のような人だけれども、まあそれでもこの人となら楽しくやっていけるだろう。
今も先ほどかけた私の魔法を早速魔方陣で再現したくなったらしく、ソファに座りつつも上の空でそわそわしている。
それはまるで、待ての命令中においしそうな骨を見つけてしまったワンコそのものみたいな雰囲気で。
どうしてそれほど魔方陣に魅了されているのか。
その結果、なんて無防備に危ない橋を渡っているのか。
ほんとなんて危なっかしいんだ……。
しかしそうなると、私は話し合わないといけないことがあった。
なにしろ彼に、「魔術師」の彼に、「魔力のない王女」が輿入れするかもしれないという話があるのだから。
「公爵様」
「…………ん?」
楽しげに空中を漂っていた公爵の視線が私に向いた。
「……魔方陣は逃げませんよ。でもお気持ちもわかる気がするので私も今回お話したいことを簡潔にお話しようと思います。ですから今は私のお話を聞いてくださいます?」
魔方陣は、私が帰ったあとに存分に没頭していただこう。
この人、放っておいたら楽しく魔方陣にばかり夢中になっていて、気がついたらよく知らない王女との結婚式の当日の朝だったなんてことになってもおかしくなさそうだ。
「ああ、もちろん。何かな?」
機嫌を悪くもせずに素直に聞いてくれるのはとても助かる。
「今、世間で王女かもしれないと話題のマルガリータ嬢は、偽物かもしれません」
そうして私は、自分が抱いた疑問について話をしたのだった。
マリーは、あの「砂地で魔方陣ばかり描いていたミハイル」が学院を卒業していったころは、まだ幼稚部にいたはずだった。
幼稚部だと学院に併設された孤児院、つまりは全く別の建物の中で生活をするから、おそらく接点はほとんど無かっただろう。そして接点があったとしても、おそらく彼は当時から魔方陣以外にはあまり注意を払わなかったのではないか。
「魔女」はみな容姿が美しいので、マリーがどれほどの美少女だったとしても学院や幼稚部の「魔女」ばかりの中では特に人目を引くというほどにはならない。
そう思って確認したら、やはり当時の「ミハイル」もマリーについての記憶は無いようだった。
「金髪の綺麗な顔の子なんてたくさんいたからね」
そう、その程度の認識になるのだ。
「でも、たしかに今思い出す限りあれは王家の紋章でした。他に『魔女』なのにそんなものを持っている人なんていないと思うのです」
「そうだね。調査した方がいいね」
そう言って、公爵も全面的に協力してくれることになったのだった。
その結果私は、久しぶりに懐かしのデ・ロスティ学院の前に降り立った。
アーデン公爵と共に。
学院にいたときには雲の上の存在で滅多に顔を見ることもなかった学院長が、アーデン公爵の前では非常に丁寧な態度でペコペコするのが不思議な光景だった。
たしかこの人、いっつもとっても偉そうにしている人ではなかったか。
いや、本当に偉い人なのではあるのだけれど。
そんなことをぼんやりと考えていたら、
「エレンティナ様、このたびはアーデン公爵とのご婚約、誠におめでとうございます」
と、なぜか私にまで妙に丁寧な言動をする。
はて? と思いつつも、まあ一応は返すのだけれど。
「まあ、ありがとうございます」
にっこり。
これぞ貴族の令嬢のお手本の微笑みである。
私もこの学院を卒業してからは、実家で厳しい家庭教師によるお行儀やしきたりなどのお勉強をたたき込まれたのだ。今日はその成果を思う存分披露しようではないか。
もう私はただのおてんばなここの学生ではないのよ、ふっふっふ。
「これでアーデン公爵家も将来安泰でございますね。アーデン公爵家にお頼りしているこの学院の子供たちも、みな公爵様に日々感謝しているのでございますよ。理事の方々も理事長の慶事にみな大変喜んでおります」
「へ?」
あっさりと化けの皮が剥がれた私だった。
学院長、不思議な顔で私を見ないでいただきたい。
理事長? だれが?
私はそっと隣に立っている公爵の方を見た。
「えっ、なに? ……あ、言ってなかった?」
なにそれ「きょとん」って。
そんなつぶらな瞳で私を見ても、私の驚きは少しも緩和されませんが?
「理事長って?」
「うん、今は私のことだね。この学院は我が家の先祖が設立したから、代々公爵位を継いだ人間が理事長職にもつくのが伝統なんだ」
「へ、ええええ~〜……」
そういう情報は前もって言ってくれないと、もしここで対応を誤ってしまったらどうするんだ!
先に言っておいて!






