新たな問題2
ちょっと音声も入れてしまうと小鳥のさえずりやカチャカチャと優しく触れあう茶器の音以外には、ひたすら公爵の開発中の最新の魔方陣についての説明というか講釈というかなんというか、つまりは彼の一人語りで埋め尽くされているのだが。
どこかのはるか遠い国ではこんな風に趣味にのめり込む人を「オターク」とか言うらしいと聞いた気がする。
私は、まさしくこの目の前の人はそういうタイプの人なのだろうとちょっと遠い目をしながら悟った。ということは、こんな人がどこか他にもいるのねきっと……。
キラキラとした瞳で熱く語る彼が言うには、どうやら最新の魔方陣は、特定の魔法をかけた鳥の目に映る風景を魔方陣の上に映すことが出来るらしい。
「ではそれが実現したら、家に居ながらにして旅行に行けますわね」
「そうだね、楽しそうだ。それに良くない疑惑のある人物の監視もある程度できるようになる。是非とも完成させたいね」
……たまにこの人はそういえば政治家だったなと思い出す。
「でもそれは魔方陣を使わなくても、人をつかって探ることが出来るのでは?」
「もちろん普通ならそうするのだろうけれど、向こうも警戒していた場合は失敗する可能性もあるだろう? しかし魔法なら、基本この国には『ない』ことになっているから、相手も警戒していなくてやりやすい」
それは、いけないオモチャを手に入れたいたずらっ子の顔だった。
せっかく美しい顔なのに、表情が子供と同じだよ……。
「でももしもバレたらどうするんですか。即刻追放ですよ。なんて危ない」
「私は公爵だよ? それにもちろんバレても握りつぶせる相手にしかやらないよ」
「でも万が一王家に密告されたら終わりでしょう」
「王家はうちのことは知っているから、もちろんそっちを握りつぶすに決まっているだろう」
「は?」
知っている?
王家が?
どういうこと……?
非常に怪訝な顔になった私に、余裕たっぷりの表情で公爵が説明してくれた。
「……かつて、王家に生まれた双子の男の子のうち、片方が黄金の瞳を持っていたんだ。そこで王は悟った。王家に、すでに魔力を伝える血が入っていたのだと。王妃が『魔女』ではないとその後も再確認されたことから、もう王はその事実を認めるしかなかった」
「初耳ですが」
「もちろん王家の極秘事項だよ。でもあなたも我が家の一員になるのだから、知っているべきだろう? ……当時の王はその魔力のある子をとっさに隠した。もうかつての『邪悪な魔女』を排除した王から何代も経ていて王にも昔の『邪悪な魔女』への個人的な恨みなんて無かったから、ただ伝統にのっとって我が子を追放することを躊躇したんだ。親としての情もあっただろう。しかしそれだけでなく、その追放された子が成長した暁には何かの拍子にもう一人の跡取りと敵対する可能性があった」
「自分も王の子だから王になる権利はあると言い出すかもということ…?」
「その可能性もあるから安易に追放して万が一にも見失うわけにはいかない。しかし当時は今のあのデ・ロスティ学院のようなしくみもなかった。それでもどうしても殺したくもなかった王は、その王子を体が弱いことにして表に出さずに密かに育て、瞳の色を自力で隠せるようになってからお披露目されたんだ。そしてその王子が、我が公爵家の始祖となった」
「え、じゃあ初代から『魔術師』だったってことじゃないですか」
「その通り。そしてその秘密を守るために『魔女』と結婚することが多かったせいで、生まれてくる子供が金の瞳を持っている確率もどんどん高くなっている」
「なんてこと……」
天下の歴史ある公爵家の真実が、まさかそんなことだとは。
「結果的に我が家は血筋的にも非常に強力な魔力を持つことになり、そしてその魔法で密かに王家を支えている」
「支えて……? え?」
「……何百年も王家が存続するためには、多少の幸運や不思議な現象が必要になるときがあってね」
にっこり。
「王家、なんという……」
開いた口が塞がらないとはこのことだった。
その王家の始祖が「魔女」の追放を決めたのではないか。
なのに自分だけはその能力をしっかり取り入れて活用していたとは。
「だから王家は我が家を粗雑には扱えないし、もちろん追放も出来ない。だからあなたも安心して我が家でのんびり暮らすといいよ」
美しい庭園で、美しい婚約者にそう言われたら、普通は喜ぶ……のだろうけれど。
「そんな私だけ安穏と暮らせませんよ……他にもたくさん追放に怯える『魔女』たちがいるのに」
私の脳裏には、あの学院で幼いころから親元を離されて寂しくて泣いていた沢山の幼い「魔女」たちが思い出された。
王家が「魔女」の追放をやめたら、あの沢山の「魔女」たちはもう泣かなくて済むのに。
王家がただ「もうやめた」と言えば、不幸な人がこれ以上生まれないのに。
「あなたの気持ちはわかるよ。私も同じように思っている。でも、『魔女』を邪悪ではないと認めてしまうと、王家の始祖が『邪悪な魔女』を殺して王を名乗った手前、王家としての正当性が揺らいでしまうと考えていて今まで王家はなかなか動こうとしなかった」
「『魔女』を認めると悪を殺した英雄から、一人の女性を殺した単なる殺人者になるのね、王家の始祖が」






