新たな問題1
結論として私は、アーデン公爵を別の令嬢と結婚させようという当初の計画を放棄した。
まず第一の理由は、彼の「魔術師」という立場である。
この秘密を、これ以上誰にも打ち明けることはしないほうがいい。秘密を知る人がいればいるほど、その秘密がバレて彼が追放されるリスクが高まるのだから。
そして私は、それを結婚相手に隠し通すのは難しいと常々思っているのだから。
第二の理由は、彼が条件だけで私を結婚相手に指名したのではないとわかったから。
まさかそんな昔から狙われていたとは思っていなかった。
そして第三の理由は。
私が結婚を拒んでいた最大の理由、「魔女」だということを隠さなくてもよくなったから。
でもいいのかしら?
この魔法を拒絶する国の、名門公爵夫妻が「魔女」と「魔術師」ということになるのよ?
いいのそれ?
私はそれでも深い深いため息と共に、アーデン公爵の秘密を共有して生きる覚悟を静かに決めたのだった。
知ってしまったからにはこの人をこのまま野放しにはできない。危険すぎる。
この人をこのまま放って置いたら、いつかバレる日が来る気がしてならない。
少なくとももし一般貴族から輿入れした一般人の妻がいたら、あの魔方陣だらけの部屋は見せられない。でも同じ家に住んでいる妻にあの部屋を隠し続けるなんて、あまりにも危険だ。
というのにあの後聞いたところによると、あの彼のいた広大な魔方陣だらけの部屋は、あの部屋で三つ目らしい。
しかも実は……私の心が言うのだ。このままでいいと。
あのとき思い出した淡い気持ちはあっという間に今の心と融合し、そしてより強いものになってしまった。
これは大変なことになってしまったと思うのと同時に、彼とこれからもずっと一緒にいてもいいんだと安堵している自分が確かにいる。
だからもう、これは運命だと思って受け入れよう。
うん、しょうがないよ、しょうがない。とりあえず今はそれがベストな結論に見えるんだから……。
その後はそわそわと他の二つの部屋も見せようとする公爵に、もう遅いから帰らないと両親が心配するからと言って、約束通りに彼の瞳に隠蔽の魔法だけかけて帰ってきてしまったので、きっと次にあの家に行ったときは他の二つの部屋も私に紹介してくれるつもりだろう。
正体がバレても私があまり引かなかったことに嬉しくなったらしいアーデン公爵は、あの後はずっとすがすがしい笑顔で生き生きとしていた。
かたや私は、家に帰ったらどっと疲れがあふれ出してベッドに直行だ。
なんて危険なことをしているんだ大人になったミハイルは。
あの砂地に延々と魔方陣を描いていたときから何も変わっていないどころか、酷くなっている気がするぞ。
子供の時の私、あなたなんであの時砂地で一人で楽しそうにしている怪しげな人にうっかり声をかけてしまったの。
だって……とっても楽しそうだったんだもの…………。
次に正式にアーデン公爵にお茶に招待されて赴いた私の前には、以前一緒にパーティーに出ていたようにパリッと紳士の皮を見事に被った公爵の姿があった。
「公爵様、今日は素敵な出で立ちでいらっしゃるのですね」
思わずそう私が言うと。
なぜか少々ぶすくれた公爵がちらりとお茶会のセッティングを最終チェックしている執事セバスの方を見ながら言うのだった。
「セバスが、せっかくあなたを招いたのだから綺麗にしないと嫌われるぞと言って無理矢理私の部屋から連れ出したんだ」
「セバス、有能」
「エレンティナ、ひどいな。風呂に入ってちゃんと服を着て髪を整えてなんてやっていたら二時間はかかるじゃないか。私はちょうどあなたに見せる最新の魔方陣を完成させるところだったんだよ。なのにセバスのせいで完成できなかった」
「そんなに急がなくても、魔方陣は今度見せていただきますよ。ところでそれまで何日お風呂に入っていなかったのですか」
「さあ? なにしろあの部屋にいると時間を忘れるから」
「……お風呂は出来たら毎日入っていただきたいですね」
「……あなたがそう言うなら」
とても渋い顔になってはいたが公爵は相変わらず即答してくれたので、私はちょっと驚いたのだった。
どうやら今まで何かと私の意向を汲んでくれていたのは、せっかく手に入れた婚約者に嫌われないためというよりは、もしかしたら素で素直な人なのかもしれない。
ふと見たら執事セバスから、おそらくは感謝のまなざしであろう、非常に柔らかで温かな視線が私に向けられていたのだった。セバスはきっと苦労人なのだろう。
なので思わず「セバス、これからもお風呂、頼んだわよ」、そう視線で合図する私。
そして即座に「もちろんでございます、お嬢様」、そんな視線を返してきたセバスだった。
セバス、なんて有能で心強い執事でしょうか。
私と執事セバスはこの瞬間、おそらくお互いの心の中で、がっちりと固い握手を交わしたのだった。
そして今はそのセバスの采配のお陰で無事清潔感漂う身なりになっている公爵と私は、公爵邸の花が咲き乱れる庭園の東屋で、優雅にお茶を楽しむ時間を持てたのだった。
さすがに公爵家の嫡男として厳しくしつけられたのであろう公爵は、たいへん優雅にティーカップをつまみ、優雅な仕草で軽食をいただいていた。
その様子はもともとの美貌とも相まって、それはそれは美しい一枚の絵のようで私としても非常に眼福のひとときだった。
そう、絵なら、ね。






