魔女と魔術師3
「それは私が『魔術師』だとわかったから?」
「まあ、関係あるかと……」
「あなたが我が家まで駆けつけてくれるくらいの事情というものには興味がありますね。何がありました?」
今までの完璧な紳士の見た目の時と何ら変わらない態度は、見た目が少々くたびれていても中身は私の知っているアーデン公爵なのだとなんだか妙に納得できたのだった。
「あの、今噂のマルガリータ嬢が本当に王女で、降嫁するならあなたが相手の候補だと聞きまして」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。全く知りませんでしたか?」
「全く。私はあれからずっとあの部屋に籠もりきりだったもので」
「ああ……」
その公爵ののほほんとした返答に、この人みたいにあまりに俗世に興味がないと、気がついたらいつのまにか嫁が変わっていてびっくりなんてこともありそうだな、とぼんやり思った私だった。
「でも、私はあなたと結婚する予定ですから無理な話ですね」
にっこりとしながらしれっとそんなことを言う公爵。危機感は無いらしい。
「でもそのマルガリータ嬢が王女として認められたら、その時は王女の降嫁先としてあなたが一番適当だと、誰もが思っていると思うのですが」
「王がそれをお認めになるとは思えません。それにもし王があのお嬢さんを王女と認めた暁には、おそらく彼女は北のルトリア王国の王子と政略結婚という運びになるのではないでしょうか」
「そうなんですか?」
「おそらく。今ルトリアから申し込まれている婚姻を、我が国はあまり拒否したくないのですよ。正直に言ってしまうとルトリアを怒らせたくない。だから、今マルセラ王女より結婚に相応しい年頃の王女がいたら、王はその王女を差し出すことになるでしょう」
「王は彼女を王女と認めるでしょうか」
「それはわかりませんね。オルセン男爵の差し出した証拠次第でしょうが、それも一つだけだとしたら真偽の判別に時間がかかるかもしれません。なにしろ我が国は……魔法で判別することが出来ない」
「魔女や魔術師だったら、真偽を判別する魔法が使えるかもしれないのに」
「その通りです」
「……では、たとえばそのマルガリータ嬢が偽物で、実は他の場所に本物の王女がいたとしたらどうなりますか」
「本物?」
その瞬間、アーデン公爵が突然鋭い視線を返してきたことに私は驚いた。
それは魔方陣について語っていた時とは違う、強い、射るような視線だった。
それは、仕事の顔。おそらく。
「マルガリータ王女は生まれた時に『魔女』だと思われたんですよね? ならば生まれた時に『魔女』の黄金の瞳だったと思われます。それも、赤ん坊の頃にわかるくらいにはっきりと」
「そう聞いていますね」
「でもあのマルガリータ嬢の瞳は『魔女』のそれとは違います。彼女は『魔女』ではない。と、思ったのですが、今考えてみたら、あなたの瞳も違う色ですね。もしや、『魔女』や『魔術師』として生まれても、瞳が黄金の色ではないことがあるのでしょうか?」
「あなたは……本当に何も覚えていないんだね……」
「はて?」
なぜそこで悲しげな遠い目を?
私が思わず首ををひねっていると。
「これは私があの学院を『卒業』するときに、あなたにかけてもらった魔法で変えているんだよ」
「んんん?」
あの学院ということは、私がまだまだ子供だったとき……?
「私は家の事情で瞳の色を自力で隠すのがまだ苦手な状態で『卒業』が決まったんだ。だから、その最後の日に、あなたに瞳の色を封印してもらったんだけれど、本当にあなたは何も覚えていないんだね……」
と残念そうに言ったのだった。
「最後の日……?」
私にはさっぱり記憶にないのだが。
「今では私も、自分で瞳の色を隠せるようになったからもう封印を解いてもらってもいいんだけれどね。でもこれはあなたからのプレゼントだと思っているから、とても気に入っているんだよ」
って、うっとりされても記憶のない私にとっては何のことを言っているのやら?
「すみません、私、全然覚えてなくて……。あ、もしかしたらその瞳の封印を解けば思い出すかもしれませんね?」
「ええ……だから私はこの魔法を大切にしたいんだよ。あなたとの思い出がなくなってしまうのは嫌だな」
「思い出なら他にも出来たでしょう。公園とかお買い物とかパーティーとか。だから一度解いて、それからまたお好きな色に変えてあげましょう。だから一度解いてみませんか?」
私にとって、それはとても簡単なこと。
それに、一度彼の「魔術師」たる証拠も確認してみたい気がしていた。
俄然やる気になって身を乗り出す私に、アーデン公爵は渋々と言った感じで言う。
「あなたがそんなに言うなら、しょうがないな……でもここでは危険だから、ちょっとこっちに来て」
そうして私はまたあの魔方陣で埋め尽くされた部屋に連れられたのだった。
「ここですか?」
「そう。ここは魔法の痕跡を完全に隠せるように、何重も封印の魔法を重ねがけしている一角なんだ。だからここでなら魔法を使っても大丈夫」
たしかに、うっかり魔法を使ったのがどこかにわかってしまったらその瞬間から追放者となってしまうのだから、こうして念には念を入れてあるのだろう。さすが魔術師が家長の家。
「では」
そして私は、解除の魔法をかけたのだった。






