アーデン公爵家2
私の館に公爵がパーティーのエスコートのために玄関先まで来たことはあったが、反対に私が公爵邸に行ったことは今まではなかった。
大抵会うときは公園で散歩かお店でお買い物か、またはお店でお茶をするかパーティーに行くか。いわゆる一般的なデートしかしたことがなかったから。
でもそれだけでも結構人柄ってわかるものなのね。そして今思うと結構楽しかったわね。
最初の緊張して全然話さなかった頃に比べたら、最近は随分と私には気を許してくれるようになったし。
なんというか、懐いたというか。
幻の耳を寝かせて尻尾をフリフリとしているのが見えるような、そんな風情の上機嫌でたたずむ美貌の公爵を眺めているのはなかなかほっこりとした気分になったし、そんな公爵が私の視線を捕らえる度ににっこりと微笑んでくれるのが好きだったな。
長い付き合いにはならないと思っていたのに、気がつけばなんだかんだと一緒に過ごした時間が結構あって、そしてそのどれもが居心地もよかったし楽しかった。
王女と結婚なんてことになったらもう会えなくなるだろうから、それまでの時間を大切に楽しもう。
そしていざというときには、ちゃんと笑ってお祝いを言うのだ。
私の疑惑が間違いならばそれでいい。
彼は魔力のない妻と幸せな人生を送る。
私はそれを見届けよう。
私は一度だけ忠告をする。それだけ。
後悔のないように。慎重に見極めてほしい。必要なら再調査もしてほしい。
そして納得のいく決断をしてほしい。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、公爵邸に着いたようだった。
先触れもなく突撃をすることにちょっと緊張しながら馬車を降りると、そこには巨大で壮麗な建物がそびえ立っていたのだった。
え? これ、個人のお家なの……?
田舎の邸宅ならまだしも王都の、つまりは人口の多い都市部でこの大きさ……?
私はちょっと戸惑いながらも、だからといって今さら怖じ気づいて帰ることも出来ず、ドキドキしながら威厳たっぷりの呼び鈴を鳴らすと執事らしい老紳士がドアを開けたのだった。
「突然の訪問をお許しください。わたくしエレンティナ・トラスフォートと申します。今、アーデン公爵はご在宅でいらっしゃる?」
とりあえずは精一杯の淑女らしい微笑みを浮かべつつ自己紹介をする。
本当の淑女ならばこんなに突然紳士のお家を訪ねたりはしないのだろうけれど、そこはまあ、見ないことにして。
しかしてこのおそらくは公爵家の老執事、さすがのプロで全く驚きを顔に出さずに完璧な対応をしたのだった。
「……トラスフォート様、ようこそいらっしゃいました。只今主人を呼んで参りますのでお入りくださいませ」
そうして通されたのは、やはり壮麗というか豪華というか、大名家アーデン公爵家の威光がこれでもかと詰め込まれた応接室だった。
これに比べると我が伯爵家なんてあばら屋かも知れないわね……。
私は一人になったとたんに、思わずキョロキョロしてしまった。
そして思った。
うん、この館の女主人なんて、無理。
こんな超がつきそうな高価な品々がゴロゴロしているような館を把握して管理しろなんて、とてもじゃないが私には出来る気がしない。
わが伯爵家だってそれなりにしつらえられているけれど、いやはやこんな気の遠くなるような高級品で威圧的なお部屋なんて存在することも知らなかったよ。レベルが違った。
これはよっぽど高貴な女性、たとえば王女様くらいの人でないとこんな所に当たり前な顔をして暮らせないのでは。
この実は平民とあまり変わらない育ちの伯爵家の娘なんて全くお呼びではない。
なんとなく、そう思ってちょっと寂しくなったけれど。
降嫁してきた王女がこの部屋に庭で摘んだ花を生け、それを見た美しきアーデン公爵が花の香りに微笑む、そんな映像が私の頭の中に流れて疎外感を感じるなんて、そんなはずは。
しかしあの基本人に興味の無さそうな男でも、さすがに自分の家の中で自分の奥さんにだったら微笑んだりもするだろう。
最初は慣れなくても、何年も一緒に過ごしていたら、さすがにあの男も慣れる。
そうしたら、きっと今の私に懐いたように、いやそれ以上に自分の奥さんに懐いてまっすぐに愛するに違いない。
美しい奥様と麗しい公爵の姿。
思わず浮かんだ絵になるその想像上の二人のうちの一人は、あのシトリンの瞳の「王女かもしれない令嬢」ではなく、かつて学院で知り合った美しいマリーの姿だったことに私はふと気がついた。
そうよね。だって、あの子が王女ではおかしいもの。
王家が隠したとはいえ「王女」が、いくら生母が亡くなったからといって放置されるわけがない。
それにたとえそうだったとしても、ならばそれを一介の男爵がそう簡単に見つけられるとも思えない。
そんなことを考えていたら、扉が開いて先ほどの執事が入って来た。すっと上品にお辞儀をして言う。
「お嬢様、申し訳ありません。主人は今、手が離せないようでして。申し訳ありませんが主人の所まで一緒に来ていただいでもよろしいでしょうか」
「あら、よくてよ」
あの引きこもりの男は、今何をしているのだろう?
思わずそんな興味が湧いて、二つ返事でいそいそとついて行くことにした私だった。






