幻の王女5
当時は私もまだまだ子供であまり気にしていなかったが、今思うとあれは王家の紋章だったような気がする。
王家の紋章が入っているということは、それは王家の人間の所持品ということで。
そして彼女は……マリーは、確かに「母の形見」と言っていた……。
もちろん紋章が入ったものを下賜されることはある。たいていは人々の前で王から直々に贈られて、その後はその家の中で家宝のような扱いになって大切に保管されることになるだろう。
しかし個人の持ち物としてそういうものを持っていたということは、個人的に王家の人間から贈られたとみるべきで。
あの時の私はまだ子供だった上に「外の世界」にも疎くて、よく考えもせずにただ単にあら珍しい物を持っているのね、それがお母様の形見なら大事なものよね、と快くその紋章を見えないように「隠す」魔法をかけてあげたのだ。
ついでにマリーと相談して宝石の見かけの色とデザインも変えた。
その結果、その高価そうで華やかなブローチは地味なデザインのありきたりな模造品のように見えるようになった。
他人から見たらたいして魅力のない、子供が持っていても違和感のないブローチ。
でもマリーから見たらそれは唯一無二の大切な母の形見。
マリーはとても喜んでくれて、その美しい黄金の髪と黄金の瞳をキラキラと輝かせながらお礼を言ってくれたものだった。
彼女も高い魔力を持つ「魔女」の例に漏れず、とても美しい子だったっけ……。
彼女はたしか、帰るべき先がないとのことでまだあの学院にいたはずだ。
…………あのマリーの方が、本物っぽくない?
年齢もたしか今16歳くらいになっているはずだ。
魔力が赤ん坊の時に認められて親の顔を覚える前からあの学院の孤児院で育つ子は少なくはなかったが、たいていそういう子でも身元はちゃんとわかっていた。どこの家の子で誰が親か。
でもマリーは、たしか捨て子だったはず。
あの母の形見というブローチと共に学院の前に捨てられていたと私は聞いていた。
つまり身元がわからない。
しかしその形見には王家の紋章が入っていて。
そんな物を持っていた人の子だったら探す親族や関係者がいてもおかしくはないのに、そういえばマリーを探しに来たという人は、私の知る限り一度も現れていなかった。
「…………」
一度疑いを持つとなかなか頭から離れないものだ。
もやもやと私が考え込んでいるうちに、そのマルガリータ嬢をオルセン男爵が結婚させようとしているという話が持ち上がったようだった。
あれだけ「王の娘」疑惑を振りまいていたオルセン男爵が、次は何を考えてそんなことを言い出したのか。
私は両親との夕食の席でその話を初めて聞いた。
「そんな話も出ているらしいね。オルセン男爵としてはどこかの高貴な家に嫁に出して格上の家との関係を強めたいのかもしれないと噂されている。もともとあの家は金で男爵位を買った上昇志向の強い家だ。そしてあの令嬢を王女と確信したいくつかの家からすでに打診もあるようだね」
私の父はあまり政治や家同士の抗争に興味はないのだが、それでもそんな話を知っているということは今は貴族たちの中でそういう話題でもちきりなのだろう。
私の母も普段は大人しい女性なのだが、最近は私が公爵と婚約したことで最近ではあちこちのお茶会に引っ張りだこになっているので、そこで話題を仕入れてきているようだ。
「男爵家が保護した平民のお嬢さんが誰と結婚しようが当人同士が良いなら興味はないのですけれどね。ただその相手にアーデン公爵を狙っているという噂があるのはちょっと気がかりね」
「養女にしたマリリン嬢が伯爵家の次男と婚約してしまったから、次こそはという話は聞くね。アーデン公爵とはもううちのエレンティナが婚約しているというのに」
父が不満げに言う。
「そうですよ。でも王家が万が一その方を王の娘だと認定したら、王女の降嫁先として一番良い相手なのは明らかですわ。もしもそうなってしまったら……」
「もしも王家から通達があったら、我が家は遠慮するしかないな。残念だが……」
すでに両親は半分諦めているようだった。
さすがに王から婚約を解消せよと言われたら、私たちにはイエス以外の返事はない。
もしもそうなったら。
私は、また一人になる。それは当初の目的だったもので。
それならば、いいんじゃない?
このままアーデン公爵はその身分に相応しい魔力のない王女を娶り、私は彼の思い出とともに学院に帰る。
それはおそらく、誰も困らない状況。
もしもあのシトリンの瞳のお嬢さんを王宮が王女と認めたならば。
それならば私は何も言うべきではない。私の漠然とした疑惑は王家を疑うことになるのだから。
そうして私は口を閉ざした。
私は「隠す」ことが得意。
隠す方が良いこともあることを知っている。
あのシトリンの瞳のお嬢さんがアーデン公爵と寄り添うところを想像したら、なぜか心の奥のどこかがつきりと痛んだけれど。
でもそれはきっと、一時のこと。あまりにも今まで彼が私と一緒にいたから、だから今はちょっと情がうつってしまって離れがたいだけ。
彼の立場と幸せを思えば、王女と結婚するのが一番だ。
だから、そう。私の寂しさは、隠すべき。
隠すのは簡単だ。
私は「隠す」のが得意なのだから。






